「**、今日は髪型を変えたんだな。かわいい」

「ありがとう」

 にっこり笑ったビルは、今日も優しい。泊まりにきている末弟の友人ってだけの女の子相手にここまで優しくできるなんて、よくできた人だ。ジニーやウィーズリーおばさまが褒めちぎるのも分かる。

「ビルの恋人は幸せになれると思う」

「じゃあ、**、なってみる?」

「そういうこと軽々しく言っちゃ台無しだよ……」

 ため息をつく。誰のことも差別しない優しさはビルの美徳だけど、平等な優しさっていうのも考えものだ。女の子は嫉妬深い生き物だって誰かが言ってた。ハーマイオニーとジニーもため息をついてたから、きっと私と同じようなことを考えてたと思う。

「これだから**は」

「ビルもたいへんだな」

 なぜか実家に泊まりにきてる双子が、わざとらしく肩をすくめた。片方(たぶんフレッド)は意地悪い顔で私を見て、もう片方(たぶんジョージ)は困り顔でビルを見てた。この二人はさし合わせてるのかってくらいに息ぴったりの行動をする。どういう仕組みなのか気になる。

 じっと双子を見てたら、ビルに名前を呼ばれる。視線を向けると、パチリと目が合う。ビルはまじめな表情をしてた。

「俺は『そういうこと』は軽々しく言わないよ」

「うん。そうしたほうがいいと思う」

 私の言ったことを理解してくれた上、今後ちゃんと気をつけてくれるらしい。本気でよくできた人だ。双子やロンとは大違い。ほんとに兄弟なんだろうか。ビルの爪の垢を煎じて彼らに飲ませたい。

 敬意を前面に出してビルに笑いかけたら、なんでかビルがうなだれた。深々としたため息が聞こえる。ちなみにビルだけじゃなくて、私以外のみんながそうだった。仲間はずれ悲しい。

「なんでみんなため息つくの?」

「……あなたの鈍感さに呆れてものが言えないのよ」

 いつだって質問に真っ先に答えてくれるのがハーマイオニーだ。今日もとても頼りになる。ただ「私の鈍感さに呆れる」っていうのがどういうことなのか意味をつかみあぐねて聞き返したのに、それには答えてくれなかった。ほかのみんなも同じく。みんな私に厳しい。

「……まぁ、そんな**もかわいいからいいけど」

「君のそういうとこ、俺たち本気で尊敬してるぜ」

 顔を上げて笑いかけてきたビル。たぶんフレッドが珍しい真顔で相づち。ほかの人たちも似たような顔でビルを見てた。私も空気を読んでビルを見たほうがいいのかな。よく分からないまま、とりあえずビルを見る。手を振られた。なんとなく振り返す。

「……手ごわいな」

 ビルが呟いた。主語をハッキリ普通名詞か固有名詞で言ってくれないと困る。自慢じゃないけど私は自他共に認めるバカなのだ。

**

 WWWで人手が足りないらしくて、お手伝いとして双子に呼ばれた。ロンも来たそうだったけど、ハーマイオニーとジニーに何やらまくし立てられて、大人しく家に残ることを選んでた。いったいどんな話をしたんだろう。私は双子に説明を受けてて聞いてなかったから、すごく気になる。

 ぼんやり思い出してたら、双子に呼ばれた。駆け足で倉庫から出ていくと、一人(まじめにどっちか分からない)に手を差し出される。何か持ってこいって言いつけられてたっけ? 思い出せなくて見上げたら、「手だよ」と笑われた。

「昼飯、テキトーにどっか食いにいこう」

 もうお昼だったのか。ビックリしてるうちに、手を取られて店から出てた。戸締まりをした一人が、「ビルがいないからって、あんまり**に触るなよ」と片方を見て、私側の片方が「なんだったらフレッドもつなぐか?」と言って、やっと二人の判別ができた。こっちがジョージか。と思ったら、フレッドが「いや、フレッドはおまえだろ」とため息をついて、まじめに分からなくなった。もうどっちでもいいや。


 カフェのテラスでパスタを堪能してたら、ふと見覚えのある赤毛が目に入った。ビルだ。すごくきれいな女の人と歩いてる。

「す、すごい、見て、ビルが美人さんと歩いてる」

 わたわたと指差すと、双子が途端に無言になった。こういうとき冷やかしそうなイメージなのに、珍しい。頭の片隅で思いつつ、前のめりでビルと美人さんを見つめる。

「かわいい、きれい……ねえあれ人間? 同じ人類に見えない。超絶美人。ビルうらやましい……」

「そっちかよ」

 双子の片方がバンとテーブルに拳を打ちつけた。そっちって何。ほかにどっちがあるの。言おうとしてやめる。それより美人さんが見たい。視線を戻すと、美人さんが髪をなびかせてビルを見上げた。とびきりかわいい笑顔でビルの腕に触れる。女の私でもドキドキするかわいさだ。ビルの顔は見えないけど、きっと、

「……」

 小さな音がした。手元を見る。フォークが手から滑り落ちて皿にぶつかったみたいだった。慌ててフォークを持ち直す。なんとなくもう外を見る気分にはなれなくて、パスタを巻くことに集中する。フォークを持ち上げたら、パスタがほどけた。

**

 怖い。すぐ真上にあるビルの目を見て思った。全力で逃げたい。しかし後ろは壁、顔の左にはビルの肘、頭の少し上あたりにたぶんビルの拳があって、右手首はビルの左手に握られていた。そして私を見下ろすビルは笑顔だけど目が笑ってない。怖い。そっと目をそらす。

 ていうかなんでこんな状況になってるんだっけ。何を話してたっけ。びっくりしすぎてすぐに思い出せない。ビルが迎えにきてくれて、美人さんとのデートはいいのかなって思って、聞いたらビルが恋人じゃないって言うから、……なんか色々言った気がする。ほとんど何も考えずに喋ったから詳しく思い出せない。そういえば双子はどこに行ったんだろう。助けてほしい。

「……**は」

 ビルが言った。完全に不意打ちで思わず変な声が出た。身体もビクッとしたみたいで、ビルに握られてた右手首が少し痛かった。そんな私にビルはびっくりしたのか、言葉が途切れて沈黙になる。気まずい。ビルのため息が聞こえた。

「……悪い。怖がらせるつもりじゃなかったんだ」

 ビルの身体が離れる。手首は握られたままだけど。そっとビルを見上げれば、苦笑に近い表情をしていた。するっと頬に何かが触れる。ビルの右手の指だろうか。

「俺は**を恋人にしたいんだよ。フラーじゃなくて、**を」

 唇をなぞられるような感触と、軽いリップ音。キスされたのは鼻先だった。ポカンと間の抜けた顔をしているだろう私を見下ろして、ビルが目を細める。ゆっくり動く唇がやけに綺麗に見えた。

「泣かせたくないから一応聞くけど、唇にキスしていいかい」

 鼻先同士が触れ合いそうな距離に気づいて、びっくりして後ろの壁に頭をぶつけてしまった。痛い。ビルが楽しそうにくつくつと笑う。じわりと潤む視界でビルを見たら、ビルが固まって、直後に私の視界が真っ暗になった。

「心臓に悪いな、**は……」

 目を覆っているものに左手で触れる。小さく動いたそれは、たぶんビルの手だ。なんとか退かせられないかな。そっと彼の指先に触れると、右手首がぎゅっと握りしめられる。あ、そっか、まだ手首を離してもらってなかったっけ。なんだか唐突に、ビルとお互いの手に触れ合ってるんだと意識してしまって、恥ずかしくなった。どうしようか迷った末、ビルの手から自分の手を離す。

 ふにっと柔らかい感触がした。唇の、端っこに。パッと視界が明るくなる。パチパチ瞬きを繰り返す私のすぐ目の前で、ビルが笑う。

「……い、今のって」

「キスだな。端っこだけど。本当はもっと真ん中にしたいけど、**から許可をもらってないからな」

 やけに楽しそうに笑うビルがカッコよすぎて動悸がしてきた。心臓の音がすごい響く。それでもビルが「顔、真っ赤」とクスクス笑う声はとても鮮明に聞こえるのだから、私の耳はどうかしている。

「……しても、いいよ」

「じゃ、ありがたく」

 思考回路までどうにかなったみたいで変なことを口走った気がするけど、合わさった唇にすごく幸せな気分になったので、気にしないことにした。

****
 せっかくなので「世界」主とは違うタイプの鈍感を書いてみたかっただけなのに、なんだかアホっぽい子になってしまった。最後のオチをどうするかすごく悩んで、まぁたまには何も考えずに流されちゃう感じの子も新鮮でいいんじゃないかなと思いました。たぶん付き合ったら砂吐くくらいの甘さを振りまく二人になります。




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