「スラグホーンのパーティーに**を誘えばいいじゃない。もう六年生よ? いったいいつになったら想いを伝えるの?」

 心底ウンザリしたような顔のハーマイオニーに、ハリーは「ロンとの両片想いをこじらせて険悪ムードの君が言うかい」という言葉を呑み込んだ。ハーマイオニーを下手に刺激して激昂させるのは賢明とは言えない……彼女が**と同室で親友ならなおさらだ。ハリーは電光石火で言葉を変えた。

「そうしたいのは山々だけど、**は僕のことを意識してなさそうじゃないか。パーティーに誘うのはともかく、気持ちを伝えて気まずくなって友達でもいられなくなるなんてイヤだよ」

 思い当たる節があるのか何なのか、ハーマイオニーが渋面で黙り込んだ。僕がフラれる系の思い当たりなら今のうちに話しておいてほしい。覚悟できるから。祈るように見つめていると、ハーマイオニーがゆっくり口を開いた。

「少なくとも、あなたに好意を寄せられて嫌悪を感じて離れるってことはないと思うわ」

「でもビックリして距離を取ろうとする可能性はあるんだろう?」

「……否定しきれないわね。なにしろ**は、あなたと自分は親友の立場にあると思ってるわけだし」

「親友って言ってるけど実は僕のことが好きとか、そういうおいしい展開はないかな」

 軽い絶望を感じながら投げやりに言ってみる。ハーマイオニーはむずかしい顔で「悪いけど、**って肝心なところが読めない子だから分からないのよね」と返してきた。……知ってた。ため息をついたとき、近づいてくる足音が耳に入った。

「やっと見つけた、ハリー」

 **がにっこり笑った。ハリーの指が「上級魔法薬」の本から滑りかけ、ハーマイオニーが肩をすくめてレポートに集中し始める。ハリーはなんとか平静を装って「どうしたの?」と尋ねた。**がハリーの隣の椅子に滑り込む。

「ロミルダ・ベインが、ハリーが誰とパーティーに行くのか知りたいんだって。私なら教えてもらえるだろうから聞いてくるよう頼まれたんだけど、なんて答えればいい?」

 自分が誘われるかもとは微塵も考えていないゆえの質問だった。内心で落胆するハリーに、ハーマイオニーが心から同情している目を向けてきた。切ない。

「えーっと……**、一緒に行かない?」

「いいよ。でもハリーはそれでいいの? せっかく女の子を誘うチャンスなのに」

 半ばヤケくそで誘ったらオーケーをもらって喜ぶ間もなく、鋭利なものが心に突き刺さった。**は至極まじめな顔をしていて、余計にツラい。

「……誘いたい女の子が君なんだけど」

「そうなの? ありがとう。優しいね、ハリー」

 優しいって言われた……うれしい。と頭の片隅で思ってしまった自分は末期かもしれない。努めて笑顔を繕うハリーを見かねたのか、その後ハーマイオニーがレポートの作成を手伝ってくれた。

**

 パーティ当日、待ち合わせ場所に現れた**を見たハリーは、生きててよかったと思った。ドレスローブ姿の**は本当にかわいい。四年のときのダンスパーティで、なぜ**を誘わなかったのか。過去の自分が本気で信じられない……。グルグルせわしなく発生して渦巻く想念を無理やり押し込んで、ハリーは笑顔を**に向けた。

「**、すごくきれいだ」

「……ありがとう。ハリーもすごく素敵。あなたのことが好きな女の子たちにほんと申し訳ない……」

 周りにいる女の子たちをそわそわ気にする**に、たとえば「僕のことだけ考えて」とか、そういうカッコいいことが言えたら。心底そう思ったが、こんな公衆の面前でうっかりフラれでもしたら立ち直れないので却下した。せいぜい「僕が決めたんだから、**は気にしないで」と呟いて、足早にスラグホーンの部屋へ向かった。

 パーティで、**といい雰囲気になれたらいいなあという自分の考えは悲惨なまでに甘かったらしい。スラグホーンと彼の著名的な知人たちにしょっちゅう絡まれながら、ハリーは人知れず歯噛みした。ぜんぜん**と二人きりで話せる時間がない。みんなもっと僕に無関心でいてくれていいのに。

「……ハリー、具合悪い? ちょっと外の空気でも吸う?」

 いろいろと考えていたら、**が心配そうな顔でのぞき込んできた。いろいろと話していたスラグホーンが、はたとハリーの様子に気づいて、バルコニーに出たらどうかと勧めてきた。あくまで帰してくれる気はないらしいが、ハリーはこれ幸いとうなずいて、**の手を引いて歩き出した。

 バルコニーは寒いのではと懸念したが、さすがスラグホーンというべきか、温度調節は完璧だった。これなら**に風邪をひかせることもないだろう。ハリーはホッと胸をなで下ろした。

「……よかった。顔色、だいぶよくなってる」

 不意に**が呟いた。見下ろすと、安心した表情でハリーを見上げている**が目に入る。ハリーの心臓が飛び上がった。思わず両手を握ると、片方の手のなかのものがビクッとした。ビックリして手の力を緩めつつ、ハリーはそれが何か思い当たった……**の手だ。その途端、名残惜しくなってまた握りしめる。今度はしっかり加減して。

「ご、ごめん。痛かったよね」

「……だ、大丈夫」

 そわそわとハリーから視線をそらして、**がぎこちなく笑った。気まずい沈黙が降りる。飲み物とか軽食を持ってくればよかった……。ハリーは後悔しつつ、話題を探した。

「えっと、あ、さっきはありがとう。スラグホーンたちの話には飽きてたから、抜け出せてこられてすごく助かった」

「あ、ううん、私もそんなに楽しくなかったから……、ごめん。せっかく誘ってもらったパーティなのに、ダメな感想言っちゃった」

「ぜんぜん大丈夫だよ! 僕だってそもそも来たくなかったし。ドレスローブの**と二人きりになれることを期待して参加しただけ……」

 今なんかとんでもないことを口走った気がする。懸命に脳内でリフレインしながら、ハリーはなんとかごまかそうとして、思考を巡らせたのち、やめた。いっそ一思いにと**に向き直って、……目が合った瞬間、また揺らいでしまった。

「……キスしたいって言ったら、僕のこと軽蔑する?」

 一瞬の躊躇の末、やっぱり現状を壊すのが怖くて、弱気な質問をしてしまった。巷で「選ばれし者」とか騒がれておいて、このザマである。情けないと内心で思うハリーの手を、**の手がそっと握り返してきた。

「……誰でもいいからキスしたいっていう好奇心? それとも、」

「**だけだよ」

 ぎゅうと手に力を(加減して)込めて、ハリーはまっすぐに**の目を見つめた。数秒見つめ合ったのち、**がふんわり笑った。

「……うれしい。私も、ハリーとキスしたい」

 生きててよかった。本日二度目の感想を、ハリーは抱いた。

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 ベランダ以降のシーンが何度書いても気に入らなくて、最終的にこの形に。夢主をもっと明るくてはつらつとした子にすればよかったのかもしれない。と今になって思った。



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