(この本、セドリックも好きそう)

 読書の途中、リンはふと思った。次に彼との会話で本の話題が出たら、勧めてみよう。そうしたら、きっとまた別の本を勧め返してもらえるかもしれない。彼とは嗜好が似ているので、とても助かる。

 期待を胸に、ホクホクしながらも、本は読み進める。あと数章で読破してしまうが、次は何を読もうか。以前セドリックが読みたいと言っていた本を探してみようか。

 つらつら無表情下で考えるリンを見て、スイが小さく尻尾を振る。それを視界の端でとらえて、リンはなんとなく手を伸ばし、温かい身体をぽふぽふと撫でてみた。そのあいだも、目は活字を追っていたが。

「……器用だね、リン」

 柔らかい声が届いて、リンは顔を上げた。先ほどからずっと頭の片隅で思い浮かべていた人物がそこにいた。数冊の本を腕に抱えて、距離を詰めてくる。リンは会釈をした。

「こんにちは、セドリック」

「やあ。読書の邪魔をしてごめん」

 にっこり笑いながら、セドリックがかすかに眉を下げた。リンは「そんなことないです」と否定してから、ふと頭に浮かんだ言葉に小さく笑った。

「噂をすれば影が差すみたいですね」

「噂?」

「セドリックのことを考えながら読書してたので」

 言ってから、リンはあれ?と思った。実際には噂をしていなかったわけだから、今の表現は微妙に間違っているのか。まぁいいか、派生形ということにしておこう。ことわざと現状とが完全に合致することなんてまずない。

 リンが自己完結したところで、沈黙が破られた。

「……僕を連想させるようなこと、本に書いてあったのかい?」

 少し硬い表情のセドリックがリンを見ていた。リンはセドリックと目を合わせ、首をかしげる。

「連想させられたというか、読んでる途中で自然とセドリックが好きそうな本だなぁと感想を抱いて。ちなみにこれなんですけど」

 そっと本を差し出してみる。セドリックは一瞬の硬直のあと、妙に硬い動きで本を手に取った。タイトルとか表紙のデザインが気に入らなかったんだろうか。そこまでは気が回らなかった。反省点である。

「たしかにおもしろそうだね」

 数ページ目を通したあと、セドリックが顔を上げて微笑んだ。その反応を見て、リンが頬を緩める。

「でしょう? セドリックの好みはだいぶ分かってきましたからね」

 彼に対するオススメの的中率というか質はバッチリだと自覚している。元々好みの傾向が似ているので、それほど苦労もない。とはいえ、やっぱり当たるとうれしい。内心でホクホクするリンの前で、セドリックは「……そう、なんだ」と呟いた。

「分かってきてほしいのは好みじゃないんだけどな……」

 リンは瞬いた。好みを知られるのは苦手なんだろうか。それとも、自分の好みに合致するものより、未知のものを知っていきたい派なのか。後者かもしれない。だって自分だったら、新しく好みが増えるほうが楽しい。

「すみません、セドリック。今度は、セドリックが今まで読んだことのない系統のなかから、おもしろそうなものを探してみますね」

 反省に基づく決意を胸に、セドリックに微笑みかける。バシッとスイに尻尾で腕をたたかれた。見下ろすと「そうじゃねえよ」と言わんばかりの顔を向けられていた。何か今の言動に問題でもあっただろうか。礼節を欠いたりはしていないはずだが。……いや言われてみれば若干、上から目線というか、押しつけがましかったかもしれない気はする。

「ありがとう、楽しみにしてる」

 セドリックの反応を探るべく一瞥した瞬間、セドリックから微笑みかけられた。「リンからのオススメなら何でもうれしいからね」とも付け加えられる。いい人すぎる。ちょっと感動しながら、リンは笑顔でうなずいた。

「私も、セドリックからのオススメ楽しみにしてますね」

 期待をこめた目でセドリックを見つめた途端、なぜか顔ごと目をそらされた。口元も手でおおわれて、完全に表情が読めなくなってしまう。表情を読むことすら拒まれるなんて、今度こそまずい対応だっただろうか。

 とりあえずスイを見下ろして、視線だけで助言を乞うてみる。心底呆れた顔を返されてしまった。尻尾でたたく気すら起きないらしい。だからといって見放すのはやめてほしい。

 どうするか考えていたら、セドリックが顔の向きを戻してきた。

「リンは……なんていうか、手ごわいね」

「……ごめんなさい?」

「いや、それがリンだって分かってるし……そういうところも好きだから大丈夫」

 さすがハッフルパフの良心。後輩の短所も前向きに受け入れるほどの懐の深さ。頭が上がらない。リンの胸に敬意が広がった。リンも他人の短所にとやかく言わないほうだが、どちらかというと懐が深いというよりは淡泊と自覚している。

「……セドリックはすごいですね」

「? そうかな」

「はい。人間としてすごく尊敬します」

 基本的に身内以外に興味を持たないジンが、時おり気にかけている理由が分かる。そんなセドリックに苦労をかけているエドガーは自重したほうがいい。つい先日の出来事をぼんやり思い返して、リンは今度ああいった現場に遭遇したら全力でセドリックを援護しようと決めた。

「……人間としてか……」

 不意にセドリックが呟いた。リンは瞬きをして、セドリックに意識を戻す。なんとも複雑そうな顔で、伏し目でため息をついている。地味に絵になる光景だ。ベティたちが「憂いを帯びた横顔がこれ以上なく色っぽい」云々と影で騒ぐだけある。色っぽいというにはよく分からないが。

 つらつらとりとめのない思考を無理やり断ち切って、リンはセドリックの名前を呼んだ。目が合ったタイミングで、頭を下げる。

「ごめんなさい、お気に障る言い方をするつもりはなかったです」

「いや、違う。大丈夫だよ。気に障ったわけじゃないから」

 顔を上げるよう促されたので、身体を起こし、じっとセドリックの目を見つめる。察したらしいセドリックが、眉を下げて「ほんとだよ」と苦笑した。それならいいけど……と思うリンを見下ろして、セドリックが目を細めた。

「リンは優しいね」

「……好意や敬意を持ってる相手にだけですよ」

 誰にでも優しいのは、むしろセドリックのほうだと思う。ふだんの彼を想起していたら、パスッと腕をたたかれた。視線を滑らせると、スイが半眼でリンを見上げている。なんだかよく分からないが、これだからリンは。という顔なので、きっとまた何か彼女を呆れさせることをしてしまったんだろう。

 なんとなくセドリックへと視線を移して、リンは瞬いた。顔半分を手でおおい、急角度でうつむいている。どうやらセドリックから見てもアウトな行動をしてしまったらしい。

 どうしたらいいんだろう。悩むリンを見上げて、スイがため息をついた。

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 「無意識押せ押せ」むずかしい。敬意寄りの好意っていうのが上手く伝わっているか不安です。セドリックも戸惑うというか、ただただ面食らって照れてるだけに見えてしまう。セドリック視点で書いたほうがよかったかもと思いつつ、後の祭り。



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