「………」


「…………」


 じっと相手と見つめ合いながら、スイは尻尾を揺らした。目の前に立つ女性も、本を抱えたまま、眼鏡の奥から視線を送ってくる。なんとなく威圧的で、スイは無意識に逃げ腰になった。


 時間の経過とともに、女性の眉間に皺が寄っていく。場の空気も、よりピリピリしたものに変わっていく。なにこれ怖い。スイが思ったとき、不意に、相手の眼光が柔らかくなったように見えた。


「……思い出しました。たしかスイでしたね。ミス・ヨシノがそう呼んでいたはずです」


「………」


 もしや、名前を思い出そうとして、あんなに威圧的な緊張感を放出していたのだろうか……スイは呆然と思った。まじめな彼女らしいが、なんと精神衛生に優しくない空間だったことか。


 はぁ……と、重い溜め息をつくスイに、女性が歩み寄ってきた。ちなみに、いまのスイは窓枠のところに座っている。いつものように日向ぼっこをしているのだ。


「私の研究室にビスケットがあります。もしよければ、いらっしゃいませんか?」


(……なんですと……?!)


 あんぐりと口を開けて呆然とするスイを見て、何を思ったのか、ミネルバ・マクゴナガルは小さく溜め息をついた。




「どうぞ」


 机の上でそわそわするスイに、マクゴナガルが、ビスケットの乗った皿とミルクを注いだコップを差し出した。スイがコップを使用することを知っているらしい。教員テーブルから見ているのだろう。


 なんだか複雑な気分を感じながら、スイはミルクをいただいた。ちょうどいい甘さだった。なかなか動物心が分かっている……ああ、そういえば動物もどきだったか。


 ビスケットを頬張って考えていると、マクゴナガルがスイの前に腰を下ろした。スイは咀嚼しながら彼女を見上げた。なにやら疲れているような表情だった。


「ミス・ヨシノは、あなたを大切にしているようですね」


 じっとスイを見て、マクゴナガルが呟いた。スイは首を傾げた。なぜマクゴナガルが彼女を話題に出すのか分からない。彼女はハッフルパフ生で、マクゴナガルはグリフィンドールの寮監で、接点は見当たらない。「変身術」の授業くらいだ。


 モゴモゴと口を動かしつつ見つめ返す。マクゴナガルは、また静かに口を開いた。


「ミス・ヨシノのご両親の二人ともを、私は知っています。ですから、ミス・ヨシノが心配です……父親があんなことになって、母親と二人で残されて……あの子は、ナツメとうまくやれているのですか?」


(……それは……どっちかと言うとノーだな……)


 なにせ、娘は母を慕っているが、母は娘に無関心なのだ。険悪ではないが、円満からは程遠い。


 スイは、迷ったあと遠慮がちに首を振った。縦ではなく、横に。マクゴナガルは「やはりそうですか……」と、少しだけ視線を下げて溜め息ついた。スイに言葉が通じていることには疑問を抱いていないらしい。


「私は、正直、ナツメのことは、あまり……好きではありませんね」


 鼻の穴を膨らませて机を睨み、マクゴナガルが呟いた。本当は「好きではない」レベル以上の単語を言いたかったが我慢した、という様子を見て、スイは尻尾を振った。そんなスイに、マクゴナガルが視線を向ける。


「……ですが、あの子はナツメがいいのでしょう……私にはよく分かりませんが」


(同感。ボクも分からない)


「やはり血のつながりが大きいのでしょうかね」


(それだよなあ。あと、刷り込み的な?)


「ナツメが少しでも心を動かせば解決するというのに、あの頑固者は……!」


(まったくだ!)


 全面的に同意して、スイは尻尾で机を叩いた。すっかり意気投合である。そこで、マクゴナガルがはたと我に返った顔をした。


「いえ、いけませんね。私としたことが……他人の悪口を影で言うとは卑怯です」


 咳払いをして頭を振り、マクゴナガルは深呼吸をした。スイもコップに手を伸ばし、ミルクを喉に流し込む。心地よい甘さに、苛立ちが収まった気がした。


「ああ、そうです。何が言いたかったかというと」


 マクゴナガルが話し出したので、スイはコップを机に置いて顔を上げた。真剣な目が、スイを見ていた。


「あなたはミス・ヨシノの家族です、スイ。ですから、しっかりと彼女を支えるのですよ」


 何かあったら、遠慮なく私を頼って構いません。


 シャンと背筋を伸ばして言うマクゴナガルに、スイが「先生……!」と心中で感動した。勢いあまって涙まで流し、マクゴナガルをたじろがせたことは、おそらく二人だけの秘密だ。



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