「今度のホグズミードは、僕と二人きりで行ってくれませんか?」

 祈るような目で嘆願され、断れなかった。それが事の発端である。


「リン、これどう思います?」

「………」

 グラドラグス・魔法ファッション店にて。きれいなストールを手に振り返るジャスティンに、リンは瞬いた。ライトに照らされ、ストールのラメがきらめいている。どう見ても女物だ。

「一応聞くけど、だれが着るの?」

「リンですよ?」

 首を傾げると、ジャスティンから首を傾げ返された。さも当然と言わんばかりの彼の様子に困惑してしまう。視線をストールへと戻す。

「………」

 きれいだと思う。だが、こんなキラキラしたもの、果たして自分に似合うだろうか。ふだん自分が着るものは機能性重視のシンプルなものが多い。ストールなんておしゃれで女子力が高いもの、持ったことがない。

「好みではないですか?」

「……それ以前に、自分がこれを着てるところ、想像つかない」

「では試着してみたらいかがです? あそこに鏡ありますし」

「え、」

 唐突な提案に瞠目するリンを、ジャスティンは引っ張っていく。乱暴さはないが、意外と力がつよい。リンが制止するも、なにやら上機嫌なジャスティンは聞く耳持たずだ。話聞こうよ、私のこと尊敬してるんじゃないのか。つい内心でツッコミを入れる。

 そうこうしている間に、鏡の前に着いた。ニコニコ笑顔のジャスティンからストールを渡され、リンは諦めることにした。ストールを受け取って軽く羽織る。鏡を見ると、意外なことに変ではなかった。

「やっぱりお似合いです!」

 リンは華奢で色白ですから、云々。つらつらとまくしたてるジャスティンの言葉は聞き流す。テンションが高いときのジャスティンの話は無駄に長いので、いちいち聞いていても仕方がない。長い付き合いで学んでいる。

「ところでジャスティン、なんでストールを勧めてきたの?」

 ストールをたたみながら問う。ジャスティンはきょとんとして、一拍置いて頬を薄く染めた。意味がわからない。いまの質問のどこに赤面する要素があったのか。怪訝な顔をするリンのまえで、ジャスティンはそわそわした。

「本で見た“テンニョ”が、ストールのようなものを身につけていたので」

「……え?」

「こちらでいうミューズですよね、“テンニョ”って。そんな存在が身にまとっているものなら、まさにリンにぴったりだと思いまして」

「あ、うん、そうなんだ。へぇ」

 そわそわ照れながら笑うジャスティンの思考回路に微妙についていけず、リンはぎこちない相槌を打った。「先ほどのリン、ほんとうにミューズみたいでした」と目をキラキラさせるジャスティンに、とりあえず「ありがとう」と返す。世辞だが感謝の言葉を返しておいたほうがいいだろう。

「……その本って、なに? だれに借りたの?」

「え? ああ、タイトルは知らないのですが、ケイとヒロトが貸してくれたのです」

「………」

 あとで二人を詰問しておこう。心に決めて、リンはストールを手近な棚に置き、ジャスティンに向き直った。置いたばかりのストールを間髪入れず手に取る彼の行動はスルーしておく。

「今日私を誘ったのは、ストールを着せるため?」

「……ええ、まあ。せっかくですし試着していただきたくて。いえ、リンにストールが似合うであろうことは確信していたのですが」

「そう。でもべつに二人じゃなくてもよかったんじゃないの?」

 ストールの試着くらいなら、ハンナたちと一緒でもよかった気がするのだが。そう首を傾げると、ジャスティンは口を「へ」の字に曲げた。ふいと視線を逸らす。

「いやです。とくにベティとなんて。ぜったい『リンがミューズとかウケるわー』とか『バッカじゃないの?』とか言うに決まってます」

「君らなんだかんだ言ってお互いのことよくわかってるよね」

 声音はちがったが声のトーンやイントネーションはかなり正確に再現できていたことは、言わないでおこう。たぶん嫌がる。そんなことを考えつつ、リンはほかのメンバーと来店した際の様子を想像してみた。

 ……やめよう。想像だけで疲れてきた。ぜったい着せ替え人形みたいな扱いをされるにちがいない。休日の服装ですらいろいろと口や手を出されるのだ。ファッション店に来たらどうなるか。怖い。

 ふるりと頭〔かぶり〕を振って、リンは意識を現実に戻した。目のまえではジャスティンが、ベティと互いのことをよくわかってるという発言に対してブチブチ異論を唱えているところだった。聞いていなくとも問題ない話でよかったと安心する。

「……ベティの話はいいとして。そのストールはどうするの?」

「買います」

「え、着るの?」

「ええ、リンが」

 適切な時期にプレゼントとして渡しますので、ぜひ着てくださいね。あ、もし不要であればタンスの肥やしでも構いませんから。などと笑いかけられて、リンは焦った。

「え、いいよ、悪いし」

「お気になさらず。僕が好きですることですから」

「でも、」

「もしかして、迷惑……ですか?」

「え、いや、そんなことはないけど、」

「そうですよね、安心しました! じゃあ買ってくるのですこしだけお待ちを」

「え、待っ……速いな……」

 あっという間にレジへと消えたジャスティンに、リンは行き場をなくした手を下ろした。なんだろう、うまく乗せられた感じしかない。溜め息をついたところで、またもや素早くジャスティンが帰ってきた。ほんとうに速い。瞬間移動か。

「では、次のお店に行きましょうか、リン」

 上機嫌なジャスティンが、生き生きと店のドアを開け、リンを先に通すべく脇へ退く(いつものことである)。礼を言ってそこを通り、ジャスティンを待つ。続いて出てきたジャスティンは、ふと静かにリンを見つめてきた。リンは瞬く。

「どうかした?」

「……いえ、ほんとうにリンと二人きりの外出だと実感いたしまして。こんな機会なかなかないので、うれしいなと幸せを噛みしめてました」

「………」

「行きましょうか」

「……うん」

 予期せずドキリとさせられた。むず痒い気持ちを感じつつ、リンは、嬉々として歩いていくジャスティンのあとを追った。



**あとがき**
 ちゃこ様リクエスト“「世界」主でジャスティンと二人っきりでホグズミードに行く話”でした。どこに行ってもらおうか悩んだあげく、ファッション店に。試着室で着るような服じゃなくてストールってところに、ジャスティンが変なところで持ってるヘタレ具合を出してみた(わかりづらい)
 わけわかんないことをいろいろ言ったりしたりするけど最後の最後でドキッとさせるジャスティン、ってのが理想。
 彼と「世界」主とのツーショットって意外と少ないので、おもしろかったです。



Others Main Top