六年生のクリスマス休暇、リンはウィーズリー家にお邪魔して過ごしていた。というより、かなり強引に招待されていた。熱烈にリンへのアプローチをし続ける長男への配慮だろうと、スイは推測しているが。

 朝食の準備の手伝いでもしようかと、起床したリンはキッチンへと向かっていた。ちなみにスイは放置だ。彼女の起床が遅いのは通常運行なので問題はない。

「おはようございます、モリーさん」

「あら、おはよう、リン」

「リン、おはよう」

 キッチンに入ると、二人分の挨拶が返ってきた。思わず立ち止まるリンへと、テーブルで新聞を読んでいたビルが笑顔を向けてくる。自分の心臓が跳ねたのを感じながら、リンは挨拶を返し、ささっと夫人の元へと向かった。

「モリーさん、なにか手伝うことありますか?」

「とくにないわね……今日は私も早く起きちゃって、もう準備はほとんど済んでるの。それにリンはお客さんだし、ゆっくりしていてちょうだいな」

「いえ、でも、」

「いいから、ビルの隣にでも座って、ゆっくりしていて。ね?」

「……はい」

 にっこり微笑むウィーズリー夫人から不思議な圧力を感じ、リンは黙って従うことにした。なぜか指定された席に着いて、とりあえず窓の外を見やる。隣に感じる気配に心臓がどきどきし出すが、努めて無視する。

 必死に心を無にしていると、ばさりと新聞が畳まれる音が不意に耳に入ってきた。どうかしたのだろうかと振り返ったリンは、近距離に迫っていたビルの顔を認識して硬直した。

「リン、なにか香水つけてるか? すごくいい香りがする」

 髪とかすかな呼気が、首筋の肌を柔らかく刺激してくる。リンは一気に顔を深い赤色に染め、手でビルの身体を押さえた。

「き、昨日の夜、ジニーにつけられたんですっ、分かったら離れ、」

「ジニーに? なるほど、道理で俺好みの香りなわけだ」

「………っ」

 わざわざ眼前で艶やかに笑ってくるビルから、リンは慌てて視線をそらした。心臓がばくばくしている。寿命が大幅に縮まりそうだ。

「……リン、俺のことけっこう意識してくれてるんだな。うれしい」

 ビルが柔らかく笑う。そのとき、キッチンの入口のほうでガタンッという音がした。リンたちが視線を向けると、ロンとウィーズリー氏が、双子とジニーに「静かに!」と叱られていた。在宅の家族全員で盗み見をしていたようだ。

 完全に固まったリンから身体を離し、ビルは呆れた風に溜め息をついて「入ってきて、飯食ったら」と促した。妙に動きがおかしいウィーズリー氏とロン、それからニヤニヤ笑いを向けてくる双子とジニーを見て、リンはこの場から消えたいと心の底から願った。


 朝食を終え、ウィーズリー氏とビルの出勤を見送り、双子に外へと引きずられていったロンを見送り、ジニーと夫人のひそひそ話を BGM にテーブルの拭き掃除をしながら、リンは溜め息をついた。

 そっと片手で自分の頬に触れる。先ほど、出かけ間際のビルが不意討ちでキスをしてきたところだ。まだじわじわと熱が残っている。してやったり顔で「いってくるよ」と微笑んだビルを思い出して、リンは咄嗟に思いきり布巾を握りしめた。

(……く、くるしい……)

 どきどき、なんていうレベルを通り越して、心臓が痛い。ビルが好きだと自覚して以来、ビルの言動を思い出すだけでもこうなる。恐ろしい。これじゃあ自分から告白なんてできそうにない。

 真っ赤な顔をして頭を悩ますリンの腕を、スイは気遣わしげにポンポン叩く。その身体を、だれかがひょいと持ち上げた。ぐるりと首を回したスイは、ぱちぱち瞬き、尻尾を揺らした。

「ね、リン! ビルはかっこいいでしょ?」

 ぐっとテーブルに身を乗り出して、ジニーがキラキラした目で言った。吃驚したリンの手から布巾をもぎ取って適当にテーブルに置き、リンを座らせる。そして、自分と母親とでリンをはさみ込んだ。

「リン、そろそろビルのこと好きになってくれた? ときめいてはいるわよね、あれだけ顔を真っ赤にしてたもの。リンがスキンシップに慣れてなくて、だれかれなく赤面するのを考慮しても、少なからず意識はしてるはずよね」

 うんうんと勝手に呟いているジニーに、リンは目を瞬かせる。しかし反応する前に、今度はウィーズリー夫人が少しだけ距離を詰めてきた。

「私が言うのもなんだけど、ビルはすごくすてきな男よ。優しくて、勤勉で、面倒見もいいから、夫にするには申し分ないと思うわ」

 夫って、気が早すぎないか。呆れるスイの目で、ジニーが「そうよ!」と力強く賛同する。

「顔良し、頭良し、性格良し! 紳士的で、おまけにリンに惚れ込んでるから浮気の心配なし! ぜったい幸せにしてくれるわ! どう、リン、これ以上ない優良物件でしょ?」

「……いや、あの、」

「長髪とイヤリングがいやなら、私が全力でやめさせるわ。あの格好は少し……あの子は実際まじめな良い子なのに、浮ついてるように見せてしまうもの」

「そんなことないわよ、ママったら古い。イマドキあんなのふつうよ。むしろかっこいいわ。それに、リンは外見でひとを判断したりしないから大丈夫よ」

「リンのことは心配してないのよ。リンがひとの内面を見てくれる子だっていうのは充分に理解してますからね。ただ、リンの保護者様たちが心配するかもしれないでしょう? ハルやアキは大丈夫だったけど、日本人には外観を気にするひとも少なくないって聞くし……」

「本人同士の相性がよければ大丈夫でしょ。それに、ビルならうまくやるはずよ」

「…………」

 どうしよう、話の流れをうまく切る方法が分からない。ポンポン言い合う母娘に挟まれて、リンは遠い目をした。こうも全力で推されてしまうと、いまさら「実はもうビルのことを好いています」と言い出すのもためらわれる。

 どうしたものか……。悩むリンの前で、スイがやれやれと首を振った。



**あとがき**
 あゆみ様リクエスト“「世界」ifで、散々ビルにアプローチされた末にビルが好きと自覚した主が、誰かに打ち明ける前にジニーにビルをめちゃくちゃ推される話”でした。
 ジニーとモリーがタッグを組んで詰め寄ってきたら最強だと思います。すごいマシンガントークで口が挟めなさそう。おまけに気も早そうで。モリーを味方つけるだけでも展開が早まりそうなので、もしビルが埋めるならそのあたりの堀かな。
 個人的には、長男の攻め(?)を見せつけられたときの父親と末息子の反応のほうがおもしろそうだなと思いました。あの二人はすごく動揺しそう。で、相手(この場合「世界」主)の顔が見れなくなる。そんなアーサーさんとロンがかわいいです。



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