ホグワーツ三年目を終え、リンはイギリスで夏休みを過ごしている。シリウスが申請し、それをヨシノの人々が受け入れたからと聞いた。しかし……この状況を見るに、ほんとうに許可されているのか不安になる。

「………」

「…………」

 無言で睨み合うハルヨシとシリウス。ばちばちと視線の火花が散っているような気がする。二人のちょっと脇で椅子に座っているリンは、気まずそうに視線をさまよわせた。隣でサンドイッチを頬張っているアキヒトがあやすように頭をぽんぽんと撫でた。その視線がハルヨシに向いたとき、彼の口が開いた。

「……ここは、そちらが身を引くのが礼儀ではないだろうか」

「なんで俺が。そっちこそ譲ったらどうだ」

「貴様はすでに夏休みの大半をリンと過ごしているだろう。数日くらい我々に譲れ」

「おまえらは俺がアズカバンに入ってる間ずっとリンのそばにいただろうが」

「ほとんどナツメと家にいて、まともに我々とは過ごしてなかったんだ、あいにくと」

「ほーお、なるほどな。おまえらがしっかりしてなかったからリンがかわいそうな時間を過ごすハメになったわけだ」

「まんまと嵌められてアズカバンに入れられていた間抜けに非難されるいわれはない」

 ぴくぴく。シリウスのこめかみ青筋が浮くのがリンの目に入った。ハルヨシも表情こそ静かだったが声がひどく冷えていた。一触即発とはこのことか。リンの肩に乗っているスイがびくびくしているから殺気を抑えてほしい。

 ちなみにいまの状況を説明すると、盆に当たる期間をリンがどこで過ごすかについての討論である。盆くらいは日本でというのがヨシノ側の意見で、夏休みは一貫してイギリスに留まる約束だというのがシリウスの主張だ。ハルヨシ曰く「リンがイギリスに留まるならば世話を任せるというだけで、夏休み期間すべてをイギリスで留まらせるなど言った覚えはない」らしいが。

「……俺はいまだ自由に行動できない身なんだぞ。同情してくれてもいいんじゃねぇか」

「貴様は日本の盆がいかに大切な行事か理解すべきだ。そちらで言うイースター相当の一大イベントだぞ。ちなみに正月はクリスマス相当だ」

 ハルヨシのセリフに、リンが「そうなんだ……」と呟く。スイは「いや個人の主観的解釈だろ」とツッコミを入れた。アキヒトは「あながちまちがってはいないと思うけどな」と弁護し、またサンドイッチを頬張った。

「………」

 リンは息をついた。いいかげん退屈になってきた。自分的にはどちらでもいいことなので、よけいに。スイがちょんとリンの頬に触れてきた。

「もうリンが決めてやりなよ。じゃないと終わらないよ、あれ」

「……まぁ、そうだけど」

 けど面倒なので割り込みたくないのである。そんな複雑な心境を、スイは理解してくれない。さっさと行けとばかりに尻尾で背中をたたいてくる。リンはやれやれと諦めて手を挙げた。

「あの、私の意見を言ってもいいですか?」

 ぴたりと論争が止まった。二対の目がリンへと向く。一拍置いて、二人が同時にリンを促した。リンは手を降ろして口を開く。

「できれば日本に帰りたいです。お墓参りしたいし、ご挨拶もしたいし」

「………」

「……だそうだ」

 ハルヨシがわずかに口角を上げた。常時無表情男の貴重なドヤ顔だとスイは場違いに思った。一方のシリウスはギリギリと歯を食いしばってハルヨシをにらみつけている。

「なんだ、まだ止めるのか。シリウス」

「……止めねえよ。リンの希望だからな、優先する。リンの頼みだからな」

 おまえとの論争に負けたわけじゃねえからなと主張するかのごとく念を押すシリウス。食事を終えたアキヒトが「こんなにもかわいくないツンデレ風味発言ははじめて聞いた」と呟いた。ハルヨシが「まじめに発言しろ」とたしなめる。アキヒトは「はいはい」と立ち上がった。

「とりあえず、リンは盆には帰ってくるってことだな。ヒロトとケイが喜ぶぞ。ああそうだ、どこかマグルのレジャー施設にでも行くか? 久しぶりに遊びたいだろ、つれてってやろう。どこに行きたい?」

「いえ、……いえ、はい。あの、どこか由緒ある観光地に行きたいです」

 一度は否定したものの考え直して、リンは言葉に甘えることにした。珍しいおねだりに、アキヒトが硬直する。また断られてしまうんだろうなと諦め混じりに発言したものだから、よけいに。

「……? アキヒトさん? やっぱりご迷惑でしたか?」

 黙ったままの叔父を見上げて、リンが眉を下げる。アキヒトは我に返って「いや!」と否定した。

「ぜんぜん問題ない。えーっと、どこでもいいのか? なにがしたいとか目的は?」

「日本らしいお土産が買えるところがいいです」

「……友人たちへか?」

「あ、そっか。ハンナたちにも買うべきか……」

「うん……? 友だちを想定してなかったのか?」

 アキヒトが首をかしげると、リンは口をつぐんで、そろりと視線を動かした。その視線を追ったスイは瞬く。視線の先は、ふてくされているシリウスだ。

「……えっと、シリウスとリーマスが喜ぶかな、って」

 シリウスがピクッと反応し、ヨシノの二人の目が据わった。リンは「あの、日本には行ったことがないって言ってたから、せめて雰囲気だけでも感じられるといいなって」などとまくしたてる。かわいいなあ健気だなあとスイはぼんやり思った。

「……ありがとうな、リン。でも大丈夫だ。いま気づいたんだが、むしろ俺も同行すればまったく問題ない」

「残念だったなシリウス・ブラック! おまえは英国から出ることを禁止されている! 諦めて断念しろ! やさしくされたからって調子に乗るなよ畜生ずるい!」

「馬鹿か秋仁。本音は隠せ。……リン、大人に気を遣う必要はない。土産など買わなくていい」

「うちの子なのに! 返せ……そうだ返せ! 連れ帰る!」

「残念だな。リンは俺を選んだんだ」

「選んでねえよ」

「残念なのは貴様の頭だ。どう解釈したらそうなる」

 ぎゃあぎゃあと騒がしい空間のなか、スイは「こいつら大人げないな」と呆れた。もっとも、ぱちくりしているリンにいちばん呆れたのだが。



**あとがき**
 あゆみ様リクエスト“「世界」で、ヨシノ側とシリウスが主を取り合う”でした。取り合う状況が思いつかず、こんな話になってしまいました。わけわからん。拙くてごめんなさい。
 「世界」主は甘えとかデレが少ないので、伯父・叔父はやきもきするだろうなって思います。甘えられる相手を見つけるとわかりやすく嫉妬しそう。シリウスのドヤ顔が目に浮かぶ。ただし真の敵はリーマスである。



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