ジン・ヨシノにとって、リンは大切な存在である。事あるごとに彼女を気にかけ、場合によっては彼女のもとへ駆けつける。一部の生徒の間では「うっとうしい従妹愛」「むしろ過保護な父親」「彼女を溺愛して束縛する彼氏」などと囁かれていたりするが、幸いというか残念ながらというか、本人の耳には届いていない。

 さて、ある休日のことである。いつも通り規則正しい時間に朝食を取っていたジンは、ふとハッフルパフのテーブルを見た。リンとスイが友人たちと朝食を取っているのが見える。

 ジャスティン・フィンチ-フレッチリーとベティ・アイビスが何やら口論を繰り広げ、アーニー・マクミランとスーザン・ボーンズが宥めようとがんばり、ハンナ・アボットがハラハラと見守る横で、平然と淡々とマイペースに食事を進めている。相変わらずの光景だ。

 しかしそろそろ騒音被害がひどくなるころだし注意するのではと見つめていると、ついにリンが騒ぎの中心へ視線を向けた。彼女の口が「喧嘩したいなら帰りなよ、ほかの生徒に迷惑」と動き、騒ぎ声がぴたりと静まった。見事である。

 ようやく静けさを取り戻した空間で、リンはアップルパイを口へと運んだ。咀嚼していく彼女の雰囲気が、かすかに柔らかくなる。おいしく食べているようだ。実際スーザンに「おいしい?」と話しかけられ、笑みを浮かべて「うん」と頷いている。スイが「よかったね」と言わんばかりにリンの腕をポンポンたたいた。平和な光景だ。

「うわ、珍しいな、ジンが笑ってるなんて。なにかいいことあったのか?」

「デイビース、そこで立ち止まるな。邪魔だ」

 ジンの視線を遮る位置で足を止めたロジャー・デイビースを、念力で退ける。ロジャーが「うおっ?!!」とつんのめったが、ジンの知るところではない。文句も無視だ。パドマ・パチルから心配されて元気を取り戻しているので問題はないだろう。

 リンたちは食事を終え、これから何をするか話し合っていた。アーニーが「よければ宿題の出来をチェックしてもらいたいんだけど」とリンに頼み、リンが承諾し、そこにスーザンやハンナが便乗したため、一行は談話室へ帰ることになった。

 さすがのジンもハッフルパフの談話室には行けない。図書館ならさりげなくついていくこともできたのだが。残念である。溜め息をつくと、通りすがりのエドガー・ウォルターズが「ん?」と足を止めた。

「どうした、ジン。朝っぱらから溜め息ついて。イケメンが台無しだぞー」

「なにか悩み事かい? 僕でよければ相談に乗るよ」

 けらけら笑うエドガーの横で、セドリック・ディゴリーが心配そうな顔をする。性格がよくわかるものだと思いつつ、ジンは「たいした悩みじゃない」と返答した。

「ただ俺もハッフルパフだったらと思っていただけだ」

「いいかげん従妹離れしたほうがいいと俺は思うぜ」

 即座にエドガーが言った。かなりの真顔で「年々悪化してるぞ」とジンを見つめてくる。ジンは瞬きをしていぶかしげに眉を寄せた。

「べつに俺はリンに依存してるわけじゃない。彼女を心配して気にかけてるだけだ」

「いや、リンはもう子どもじゃないんだしさ」

「だからこそ心配なんだ。どんどん美しく魅力的な女性へと育っていくリンに、不埒な虫がついたらどうする」

「それ娘の恋愛に口出しする父親と同じ思考ですよ」

 テリー・ブート(ジンのすこし右に座っていた)が口をはさんできた。オートミールをスプーンですくいながら「うちの娘に恋愛はまだ早い、とか言うタイプの」と付け足す。エドガーが「うまいたとえだ」と称賛する。セドリックは苦笑していた。

「……俺は、リンの幸せを祈って、変な虫がつかないよう見張ってるだけだ」

「いまのところ、あんたがいちばん変な虫だと思うな。リンのことしつこく目で追ってひたすら見つめて、なんだか監視してるみたいだもン」

 ルーナ・ラブグッド(ジンの左で雑誌を読んでいた)がのんびりズバリと言った。まったく悪気がないぶん、ぐさりと胸に刺さる。ジンが閉口し、テリーたちが畏敬の視線をルーナに向ける。そんななか、エドガーは「さすがルーナ、よく言った」と彼女の頭を撫でていた。

「………」

 深く息を吸い、ジンはおもむろに立ち上がった。お? という感じの視線を向けてくる面々を無視して、大広間の出口へと歩き出す。とりあえず、今日の予定のひとつである図書館への本の返却を済ませよう。

(……身内を心配してなにが悪い)

 ケイやヒロトだって、なんだかんだとリンを見てるんだ。自分だけじゃない。それに自分は、父親からリンを気にかけてやってくれと頼まれているのだ。

 そんなことを悶々と考えながら、図書館へと足を踏み入れ、返却手続きを終える。そのまま手持ち無沙汰に本棚の間を歩いていると、ふと視界の隅に見慣れたものが映った。焦点を合わせれば、スイの尻尾だった。本体は机の上で日向ぼっこをしている。よく見ればハンナたちの姿もある。ということは、リンもいるはずだ。

 静かに歩みを進める。先ほどの場所からは見えなかった位置に、リンがいた。レポートらしき羊皮紙を眺めている。なるほど、朝食の席で話題になっていた宿題チェックをここでしているわけか。

 納得したジンの視線の先で、リンはふと顔を上げた。単にレポートを読み終わったらしい。スーザンに何やら話しかけはじめる。小声なのではっきりとは聞こえないが、おそらく添削の指示かその他の助言だろう。

 リンの周りでは、それぞれが課題に取り組んでいた。アーニーとハンナは手直しらしく、文字で埋まった羊皮紙の部分部分に手を加えているところだ。ベティは執筆段階のようで、小難しそうな顔をして羽根ペン片手に教科書を睨んでいる。ジャスティンはアーニーとハンナのレポートを指差して何やら話しかけていた。

 きちんとした勉強空間にホッとする。いつも何かと騒々しいメンバーなので、静かに集中して勉強ができるか不安だったのだが、心配は無用だったらしい。さすがリンが選んだ友人たちというべきか。

「……あの、ジン?」

 頬を緩めてリンたちの様子を眺めているジンに、不意に声がかけられた。視線を向ければ、ハーマイオニー・グレンジャーがいた。ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーを伴い、三人とも微妙な表情を浮かべている。

「……なんだ?」

 自分はそれほど三人と親しくなかったと思うが、なにか用だろうか。内心で首を傾げつつ用件を尋ねると、ハーマイオニーはそわそわした素振りで、なにやら言いづらそうに口を開いた。

「その、非難するつもりはないんだけど、すこし度が過ぎてると感じたから言わせてもらうわ。あの……あんまりリンをストーキングするのはよくないと思うの」

「………」

 ジンは硬直した。まさかこの三人にも言われるとは……よほど自分の見守りはストーカーじみた行為に見えるということか。なんとも言いがたい気持ちで、ジンは「そうか」とだけ返した。

 今日はもう寮へ帰ろう。そう決めて歩き出したジンの背後で、リンが首を傾げていたことは、ジンは知らない。



「リン、どうしたの?」

「いや、ジン兄さんがいたから気になって。なんだかわからないけど、朝からずっと見られてたし、なにか言いたいことがあるのかと」

「ほっとけば? 話しかけてこないってことはたいした用じゃないんでしょ」

「癪ですがベティに同感です。リンが気に留める必要はないですよ」

「アンタに同意されるとか鳥肌ものなんだけど」

「僕だって吐き気がするさ」

「なん、」

「二人ともうるさい」

「………」

 寝転がっていたスイが、垂らしていた尻尾を揺らした。



**あとがき**
 アルバ様リクエスト“ジン兄さんのリン観察日記”でした。あんまり日記風にはならなかったです。日記風にすると、なんだか薄ら寒さが出てくる気がしたので。要望とちがいましたら申し訳ない。
 書いてるうちに、ジンがシスコンのストーカーみたいな残念キャラになってしまった……ほんとうはもっとかっこいいひとです。たぶん。
 しかし、かつてないほどたくさんの人たちとジンを絡ませることができたので楽しかったです。本編でイマイチ出番が少ないレイブンクロー生たちも登場させられてよかった。この点については満足です。



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