「……ミセス・ヨシノってさ、昔からああ……傍若無人、だったのかな」

 不死鳥の騎士団本部で大掃除をしていた際、ふとしたことでナツメの話題がでて、ハリーが呟いた。それを拾ったリンが「少なくとも私が物心ついたころからは変わってないよ」と返す。じゃあそれ以前は? という疑問がでてきて、ハリーとリンは顔を見合わせた。

「……ということで、昔話を聞かせてほしいな、シリウス」

 夕食時間に二人で頼むと、シリウスはチキンを食べる手を止めて目をぱちくりさせ、それから半眼になった。

「なんで私に聞くんだ」

「いちばんおもしろい話が聞けそうだから。ほら、スネイプ先生とかリーマスは、なんだかんだ母さんと良好な関係を築いてるし」

「……たしかにそうだが……」

「どんな話でもいいから。なにかないの? ミセス・ヨシノとの喧嘩とか、初対面時のバトルシーンとか!」

「バトルシーンって……おまえナツメをなんだと思ってるんだ」

「RPGでいうところの魔王様。もしくは暴君」

「………」

 なかなか言い得て妙だとシリウスは思った。マグル界のゲームについて知識のある者であればみんな納得できる表現だろう。ナツメには少し失礼だが。

「……ナツメとの初対面時なぁ……」

 遠い記憶を手繰り寄せて、溜め息をつく。あれはけっこう悲惨な思い出といえる。小さくぼやくと、耳ざとく聞きつけたハリーが身を乗り出して先を促してくる。彼ほどあからさまではないものの興味津々なリンにも一瞥をくれたあと、シリウスはやれやれと語りはじめた。



 ホグワーツに入学して二か月が経とうかというころだった。早くも日課になりつつあった「スニベリーいじめ」を今日もしようと、俺はジェームズと二人で校内を歩いていた(リーマスは誘いに応じず、ピーターは宿題に追われていた)。

 目当ての人物がなかなか見つからず落胆していたとき、近くの角から待ち人が現れた。入学早々「変わり者」と噂されていた女子生徒とともに。それがナツメだった。

「なんだ、スニベリー、ともだちいたのか」

「……失せろブラック」

「うーん、彼女はひとと感覚がズレてるのかな? ふつうの感性の持ち主なら、脂べったりで異臭の漂うスニベリーの隣には立てないだろうに」

 意地悪いことを言うジェームズに、俺もくつくつと喉の奥で笑った(ああそうだとも、いま思えば最低な二人組だったさ俺たちは)。そしてジェームズが隠していた杖を上げたときだった。

「 ――― 失せろ、クソガキ」

 低い声で、一言。冷たく鋭い眼光つきで、ナツメが言い放った。あまりの迫力に、さすがのジェームズも固まった。俺も沈黙した。クソガキって、俺ら同い年だろ……なんてツッコミすらできない空気だった。

 スネイプが先に放った言葉とおなじだというのに、あれほど威力がちがうというのはすごかった。戦慄というか、恐怖に似た気持ちが俺の心に湧き上がった。

 生意気だと因縁をつけてきたスリザリンの先輩たちを全員、たったひとりで完膚なきまでに返り討ちにしたあげく己の下僕に成り下がらせたという武勇伝は本当かもしれないと、頭の片隅で思った。

「……君、ナツメ・ヨシノだっけ? スリザリンに組分けされた異端児って噂の」

 ムッと気分を害した様子のジェームズが言ったが、ナツメはとくに気にしていないふうだった。無感動にジェームズを見つめて、目を細めた。

「スリザリン生はすべからく悪だとでも言いたげだな。くだらない偏見だ」

「実際そうじゃないか。スリザリン生はみんな闇の魔術に足を突っ込んでる」

「みんなではないな、性根がいい人間だっている。心当たりあるだろう」

 ナツメの視線がジェームズから外されて俺へと移った。アンドロメダや叔父のアルファードを思い浮かべていた俺はドキッとした。まるで俺の思考を読んだかのような様子だった。

「グリフィンドールも正義とは限らないさ。あくまで『勇敢なる正義』を重視する者が入るだけで、実際の器量とはべつなのだから。危機に瀕した際、己の保身に走り他者を売る人間だっているだろうな」

「うるせえな、勝手なことばかりしゃべってんなよ」

 無表情で淡々と言葉を綴っていたナツメに、カチンときた俺が声を張り上げた。ナツメは口を閉じて、睨みつける俺をこれまた無感動に眺めてきた。その真っ黒な目に、なんとなく苛立った。

「ウジウジと暗い発想をするやつだな。陰気なスニベリーとつるむはずだぜ」

 ハンとわざとらしく鼻で笑ってやれば、それまで黙っていたスネイプが眉を寄せて「なんだと」と歯を食いしばった。余裕ある笑みでそれを見下ろしていた(身長差)俺に、落ち着いたままのナツメが「おまえこそ」と口を開いた。

「独断と偏見に満ちた我流の正義感を振りかざす才能よがりだな。能天気で明るいヒーロー気取りの目立ちたがり単純バカを装った高慢傲慢尊大な残虐いじめっ子とつるむはずだ。おまえたち二人とも、後先考えずに自己満足に満ちた最期を遂げて、残された者たちに深い傷を与えるだけの最低な死に方をするタイプの人間だろう。かわいそうに、おまえらを愛した者たちは救われないな。そんな残酷な仕打ちをするまえに、おまえらさっさと生を終えておいたほうがいいんじゃないか。何なら手伝うぞ」

 つらつらと流暢に大量に綴られた、あんまりな言葉。俺とジェームズは思わず絶句した。ひどい言われように愕然としたのもあったが、長い発言の意味を理解するのに少しばかり時間を要したのもあった。

 三秒ほど俺たちが硬直している間に、ナツメはスネイプを促して二人で歩きはじめていた。諦めて見送ったほうがいいかもしれないと思った俺の横で、ジェームズは「おい、僕らをバカにするな!」と叫び、振り返りもしないナツメに向かって杖を構えた。

「うおっ?!!」

 しかしジェームズが呪文を口にする前に、俺たちは何かに吹き飛ばされた。もうすこし正確に表現すると、強い突風に巻き上げられたあと無様にドタドタと床に落ちた。

「……気分を害せば相手を攻撃するとは、実に短絡的な思考回路だな。相手してやってもいいが、自分の身体が心配なら失せろ」

 うめきながら立ち上がる俺たちに、肩越しに視線を向けてきたナツメがそう冷たく言い放った。そのまま歩きはじめたナツメの背中を、俺たちは悔しさを胸に見送るしかなかった……。



「……とまあ、これが初対面時のバトルシーンだな。なにか感想はあるか?」

「なんていうんだろ。シリウスと父さん、最初から最後まで負けてる感じしかなかったね」

「とりあえず母さんの言動が終始かっこいいと思った」

「…………」

 素直に感想を述べるハリーとリンに、シリウスは虚無感に似た何かに襲われた。いかにナツメが初対面時から暴君だったかを語って聞かせたはずなのに、なぜ自分が低く見られなくてはならないんだろう。

 むむむとうなるシリウスをよそに、ハリーとリンは「とりあえずミセス・ヨシノは昔からミセス・ヨシノだったね」「だね」と頷き合い、「そんな初対面からどうやって距離を縮めたの?」と首を傾げ、問われたシリウスは「そこからまたいろんなドラマがあったんだよ」とぼかす。

 そんな光景を眺めていたリーマスは、何やってんだかと苦笑した。



**あとがき**
 アルバ様リクエスト“ナツメさんとシリウスの出会いをリンと一緒に尋ねるハリー”でした。都合により「馴れ初め」ではなく「出会い」と表現させていただきました。内容はほとんど変わらないので問題はないのですが。
 ナツメさんはホグワーツ入学当時からナツメさんでしたっていう話。学生時代のシリウスはスネイプ先生をいじめてたので、若干ナツメさんと相性が悪かった感じ。ゆっくり時間をかけて、スネイプがいないところで接したりして、だんだんと友好的になっていったんじゃないかなと思います。



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