リンがクリスマスを「不死鳥の騎士団」本部で過ごすことになったとき、だれよりも喜んだのはシリウスだった。ハリーと過ごせることにも喜びを示していたが、リンに対してはそれ以上の歓喜ぶりで、リンとスイは正直ちょっと引いた。

「リン、イヴの夜は早く寝ておくんだぞ!」

 事あるごとにシリウスはにこにこ笑顔でそう言ってきた。最初は首を傾げていたリンたち(ハリーやリーマス含む)だったが、シリウスは理由を明かさないし頻繁に言ってくるので、みんな最終的に放置した。

「結局シリウスは何なのかしら? 早く寝ることになにか意味があるの?」

 イヴの夕食後、ハーマイオニーが溜め息をついた。何十回目かの「早く寝るんだぞ!」をスルーした直後、みんなで寝室へと向かっていたときのことだ。

 無言の身振りだけで「知らない」と返すリンの横で、ジニーが「なにかって、たとえば?」と首を傾げる。みんなで思考を巡らし、ハリーが「あ!」と閃いた。

「シリウス、もしかしてクリスマス・プレゼントを届けにくるつもりとか?」

 納得の声が、リンとスイとハーマイオニーから上がる。一方、ウィーズリーの子どもたちはきょとんとした。代表してフレッドとジョージが口を開く。

「シリウスがプレゼントを届けにくるって、どういうことだい?」

「魔法で届けられるのに、わざわざ届けにくる必要ないだろ」

「……もしかして、魔法界にはファーザー・クリスマスの習慣がないの?」

 ハーマイオニーがひそひそ声でハリーとリンに確認してくる。ハリーは「さぁ」と目をパチクリさせ、リンは「そうじゃない」と返した。耳ざといジニーが「ファーザー・クリスマスってなぁに?」と尋ねてくる。

 ハーマイオニーがジニーたちに説明する間、リンはハリーと「日本にはあるの?」「マグル界にならあるよ。ちなみに名前はファーザー・クリスマスじゃなくてサンタクロース」「へぇ」などと呑気に話していた。

 その横では「煙突から入ってくる? 煙突飛行のことか?」「ちがうわよ。マグルは煙突を移動手段には使いません!」「じゃあどういう意味?」「だから……」という会話がなされている。カオスだとスイは思った。


**


 そんなこんなで、リンとスイが就寝したのは結局いつも通りの時間だった。与えられている一人部屋(リンがあまりにも早起きなため、ジニーたちに敬遠されて一人部屋に移った)で、眠っていたリンはふと目を覚ました。

 ドアの向こうで気配がする。シリウスだ。ハリーの予測通りのことでもするのだろうか。それならシリウスのために寝ているフリでもしておくべきか……。悩んでいる間に、ドアがバーンと開けられた。思わず布団を跳ねのけて飛び起きる。

「メリー・クリスマス、リン! さあ勝負だ!!」

「……は?」

 意気揚々と入室してきたシリウスを見て、リンは呆然と瞬きを繰り返した。赤いサンタ衣装を着て白い袋を持っている彼は、プレゼントをこっそり置きにきた偽サンタそのものだ。しかし、なぜか将棋盤を抱えて「勝負」などと口走っている。

「……シリウス、参考までに聞くけど、何のつもり?」

「なにって、日本風のクリスマスの祝い方だろう? アキに教えてもらったんだが」

「なんて教えられたの?」

「まず、寝てる子どもの部屋に、この格好をした大人が零時ピッタリに入っていく。それから子どもを起こして『ショーギ』で勝負をして、子どもが勝ったらプレゼントをやる。子どもがすべてのプレゼントを獲得するまで戦い続け、子どもが無事にプレゼントを手に入れたら大人の役目は終了。あとは寝かしつけるだけだと」

「騙されてるよ、シリウス。それ嘘だから。そんな祝い方はないから」

「なんだと……?!!」

 愕然とするシリウスに、リンは、愕然としたいのはこっちだと思った。そんな風習があってたまるか。明らかにおかしいだろう気づけ。……そもそもアキヒトも問題だ。いったい何を吹き込んでいるのやら。頭が痛い。

 正しいクリスマスの祝い方を簡単に教えると、シリウスは「アキのやつ……!」とギリギリし出した。リンは溜め息をつく。こんな状況でも眠り続けるスイが羨ましいというか妬ましい。

「くそっ……せっかく『ショーギ』のルールも覚えたのに……」

「ああ、だから最近よくアキヒトさんと一緒にいたんだ」

 しょっちゅう額を突き合わせてゴソゴソしていたので、何事かと思った。おおかた携帯版の将棋盤で練習していたのだろう。そう思うと、なんとなくかわいらしいと思えてくる。リンと勝負するためだけに、一生懸命に特訓してくれたのだ。

 袋だって、かなり膨らんでいる。相当数のプレゼントを用意してくれたらしい。ということは、そのぶん勝負も多くなるはずで。自分のためにたくさんの時間を割いてくれるつもりだったのだろう。

(……うれしい、かも)

 日本では、クリスマスなどたいして祝わなかった。せいぜい伯父たちからプレゼントをもらうくらい。母からのプレゼントも、ツリーもケーキもなかった。イギリスに来てからも、プレゼント交換と食事風景が変わったくらいだった。

 夜中にだれかに突撃されるなど、クリスマス以外でも緊急事態を除いてはじめてだ。その「だれか」が自分へのプレゼントと時間を用意してくれた、だなんて。うれしくないはずがない。

「そうだ、リン、一回だけプレイしないか? せっかくだし」

 見つめていると、うなだれたり焦ったりといろいろ考えていたシリウスが、ハッと思いついて期待顔を向けてきた。リンは瞬きをして、にっこり微笑む。

「眠いから、いや」

 シリウスの笑顔が硬直し、たちまち悲愴な顔つきに変わる。犬の姿であれば、しょんぼりと耳と尻尾を垂らしているだろう。リンは小さく空気を揺らした。

「……ねぇ、シリウス。布団が冷えちゃったから、温めてよ」

「温める?」

「犬の姿で添い寝してほしいな、なんて」

 いやならいいんだけど。と言い終わる前に、リンは黒い犬にベッドへと押し倒された。ぎりぎりでスイを踏み潰すことは避けられたので、リンは胸を撫で下ろした。


「……私、スイ以外のだれかと添い寝するの、はじめて」

 きちんと布団のなかに入り直して、リンは言った。じっと見てくる黒い犬の首元に腕を回して、ぎゅうと抱きしめる。ふふっと笑いが口から漏れた。

「あったかいね」

 予想以上にぽかぽかして、早くも眠気が訪れる。寝入る間際に、リンは何かに身体を抱きしめられる感覚を感じたが、意識を覚醒できずに手放した。

 翌朝、人間バージョンのシリウスに添い寝されたことに気づいたリンが悲鳴を上げるのだが、それはまたべつの話である。



**あとがき**
 るんるん様リクエスト“「世界」主でシリウスに愛されちゃう感じ”でした。「夏休みもしくはクリスマスのひと時」とのことでしたので、クリスマスにしました。
 スキンシップ系の愛されじゃなくて、わちゃわちゃほっこり系の愛されにしてみましたが、いかがでしょうか……お気に召しませんでしたら申し訳ないです。
 人間の姿での添い寝は恥ずかしいから犬の姿でお願いしたのに、目が覚めたら人間のシリウスで「?!!」ってなる「世界」主だとおもしろい。
 英国のサンタの呼称はファーザー・クリスマスらしいです。あと服は緑色なんだとか。一応いろいろ調べながら執筆。魔法界にはサンタいないというのは勝手な想像。



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