それは恋だよ。まじめな顔をしたスイからの指摘を受けて以来、相手を意識してしまって仕方がない。

(……でもあんまり意識すると、ぎこちなくなっちゃって不審に思われるかも)

 それはまずい。ただでさえ優しいというか臆病というか気にしいな彼のことだ。不審に思うどころか、自分がなにかしたのかもしれないと気に病んでしまいそうだ。それは不本意だし申し訳ない。

 しかし意識すまいと思うほど意識してしまうのが人間で。どうしたものかと悩む。そんなリンに、隣のジンから声がかかった。

「先ほどから無言で上の空だが、疲れたか? 休憩したほうがいいか?」

「え……あ、いえ! 大丈夫です!」

 焦りから語気が強くなる。ジンはそれを無理していると解釈したらしい。ポンとリンの頭に手を置いて「無理しなくていい」と柔らかく目を細め、広げていた本を閉じた。

 さりげない気遣い(ボディタッチ)に萎縮(どぎまぎ)しながら、リンはジンにならって羽根ペンを置いた。

 現在地は図書館。勉強を教えてもらうという口実のもと、ジンとの時間を過ごしている最中だ。ちなみにスイの発案である(とにかく時間を共有して距離を縮めるのがいいとかなんとか言っていた)。

 しかし甘い雰囲気というものはない。まじめな性格の二人が「勉強会」という名のもと集まったら、ほんとうに勉強しかしないのである。机の上に寝転がって様子を見ているスイは「バカかこいつら」と終始呆れていた。すこしは勉強以外のことをしろよ。

 これだから恋愛初心者は……と溜め息をつくスイの前で、ジンとリンはぽつぽつと世間話を始める。

「今日はいい天気だな」

「そうですね、屋内にこもってるのはもったいないくらい」

「なら外へ行けよ」

 つい口を挟んでしまうスイであった。余計な手出しはしないと決めていたが、こうもクソまじめな時間の使い方をする二人を見ていると、つい口出しもしたくなるものだ。

 スイの提案を受けて、リンはぱちくり瞬いた。一方のジンは眉を寄せて「お断りだ」と呟く。え、とリンが顔を向け、スイの頬が引き攣った。空気読めよこのやろう。怒りを押さえるスイから、ジンはふいと視線を外す。

「……何のために人気〔ひとけ〕のないところに集まったと思ってるんだ」

「何のためだよ」

「………、ひとが多いところだと、リンがいろいろと話しかけられるだろう。せっかくリンから誘われて二人だというのに、邪魔されるのはごめんだ」

 不機嫌そうに言うジンの横顔を見て、スイが目を丸くした。これは、あれか。そういう雰囲気なのか。え、マジか。内心ごたごたと吃驚するスイの横で、リンもそわそわしていた。

「……邪魔されたくないってことは、その、ジン兄さん、私のお願いは迷惑じゃないってこと、……です、よね?」

「ああ。むしろ楽しみにしていた」

「……よかったです」

 しっかりリンの目を見て言ったジンは、リンがほっと安堵の表情を浮かべると、一拍おいて視線をさまよわせた。すす……とジンの右手が動き、彼の口元を覆う。その頬が染まっているのを見て、スイの尻尾がビッと立った。

(え、もしかして照れてんのか……?!)

 そんな表情はじめて見たぞ。え、ジンって照れる生き物なんだ。驚きのあまりそんな失礼なことを考えてしまう。

 リンのほうも、ジンの反応に驚いたらしい。目を丸くして、しげしげとジンの横顔を眺める。数秒それが続いて、さすがにジンが視線を向けてきた(口元は依然覆われたままだ)。

「……いつまでも見られていると気恥ずかしいんだが」

「ごめんなさい、ジン兄さんのそんな表情はじめて見たので、気になって」

 謝罪したものの、リンの目は変わらずジンの横顔に釘付けだ。相当興味があるらしい。いくら想い人とはいえ、さすがに見つめすぎじゃないのか。そうスイが心配したとき、ジンが口元から手をどけ、くるりとリンへと顔を向けた。

「………」

 頬の赤みも消え、いつも通りの静かな表情。いや、目はいつもより熱を帯びているように見えなくはない。とにかく静かな表情で、ジンはじっとリンを見つめ返した。数秒のち、今度はリンが頬を薄く染めた。

「……っ」

 そっと視線を外し、うろうろとさまよわせたあと、机の上の羽根ペンへと焦点が落ち着いた。しかしジンの焦点はリンから外れない。さらに数秒後、頬を濃く染めたリンが困ったようにチラッと視線をジンへ向けた。ジンは首を傾げる。

「どうした?」

「……き、気恥ずかしいんですが」

「先ほどリンが俺にやったことだろう」

「……ごめんなさい」

「ああ」

 ようやくジンの視線が移動した。リンは無意識に硬直していた身体の力を抜く。心臓に悪かった。まだバクバクしている。胸元のローブを握りしめるリンの横で、ジンも再び口元を手で覆う。そんな二人を見て、スイはじれったさを感じた。しかし余計な口出しはしないと決めているので我慢だ。

 辛抱強く静寂を守るスイの前で、やがてのそのそと会話が始まった。

「……気を悪くさせたならすまない。昔から、心惹かれるものはつい見つめてしまうくせがあるんだ」

「い、いえ、大丈夫です。私こそ見つめてしまってすみませんでした。最近ジン兄さんを意識してるので、その延長みたいな感じでつい」

「いや俺こそ大丈夫だ。それより無礼を許容してもらえてありがたい」

「こちらこそ、容赦していただけて感謝です」

「……お互いさまということで、締めるか」

「そうですね、水に流しましょう」

「いや待てよおまえら、いま受け流しがたい告白があっただろうが」

「え?」

 思わずツッコミを入れるスイに、ジンとリンはそろって目を丸くした。お互いの顔を見合って「なにかあったか?」「なにかありましたっけ?」と首を傾げ合い、「いや、正直、焦りすぎてなにを口走ったかうろ覚えだ」「私も、とにかく謝罪したことしか覚えてないです」と言い合う。

(……ダメだこいつら)

 せっかく勢いに乗せて想い(のかけら)を告白したというのに、肝心の当人たちが聞き逃したあげく忘れているとは。こんなんじゃまだまだ先は長いな……。スイがふうとついた溜め息は、図書館独特の空気のなかに溶けていった。



**あとがき**
 るんるん様リクエスト“「世界」主でジンと両片想い”でした。ご希望の「ほの甘」が実現できたか疑問です。ジン相手でほの甘ってむずかしいなと発見。ごめんなさい言い訳です。もうすこし表現力をつけたい今日この頃。
 ジンも「世界」主も不器用な奥手で変にまじめなので、展開はひどくじれったいものになると思います。スイがさんざん助け舟を出さないとくっつかないかと。



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