「あ! おーい、リン!」

 目当ての後ろ姿を見つけて、急いで彼女の元へと駆けていく。振り返ったリンは、廊下を歩く人の邪魔にならないように端に寄った。

「こんにちは、チャーリー」

「よっ、リン。俺これからハグリッドのとこに行くんだけど、リンも一緒に行かないか?」

「これから? うん、いいよ。行こう」

 時間を確認して、リンは頷いた。チャーリーは顔を輝かせて「よっしゃ、それなら急ごうぜ!」と笑い、リンの手首を握って歩き出した。

 たくさんの生徒とすれ違いながら廊下を進む途中、黒髪で眼鏡をかけた女子生徒へと、リンが不意に空いているほうの手を振った。

 女子生徒は驚いたように立ち止まってリンをじっと見つめ、しばらくして困ったように笑って手を振り返してきた。リンと女子生徒とを見比べて、チャーリーが首を傾げる。

「あいつ、見覚えないけど、リンの友だちか?」

「なに言ってるのチャーリー、トンクスだよ」

「はあっ?!!」

 ぎょっと目を剥いて勢いよく振り返るチャーリーを見て、リンが笑った。黒髪の女子生徒も、きっちり着込んでいたローブをはだけさせて眼鏡を外し、髪をチャーリーそっくりな赤色に変えて笑った。

「いやー、リン、すごいなあ! ぜったい気づかれない自信あったのに!」

「……マジ分かんなかった……リン、すごいな……」

 悪戯が見つかった子どものように快活に笑うトンクスと、目を見開いてトンクスを凝視したまま呟くチャーリー。二人が発した言葉に、リンは「培った観察力の賜物だよ」と返した。

「いや、観察力だけじゃムリだろ、あれ……だって別人じゃん」

「外見が変わろうと中身はトンクスだもの」

「その通り。外見に惑わされて見分けられないなんて、情けないぞ、チャーリー」

「うっわ、ビル?! どっから湧いて出た?!」

 いきなり背後から聞こえた声に身体を跳ねさせ、チャーリーはまた勢いよく振り返った。その反応を楽しむように、ビルは口元に笑みを浮かべる。

「ひとの登場を虫の出現みたいに言うなよ、失礼だなあ」

「あっ、わるい、つい」

「ビルなら、ふつうに背後から忍び寄ってきてたよ」

「え、すごいいまさらな状況説明だな」

「そうかー、うっかりで虫みたいに扱われたのかー。お兄ちゃんは悲しいぞー」

「やめろよ、ビル、そうやってからかうの」

「だって口はさむ隙がなかったんだもの」

「いやおまえ笑ってただろ。ビルと一緒に笑ってただろ。笑い終わってから発言してただろ」

「仕方ないだろ? 弟からかうの楽しいんだから」

「ちょっと待て問題発言、って、なんで俺並行して二つの会話してんだ? 一つにまとめようぜ」

「それにしても相変わらずリンは気配を察するのがうまいなあ」

「不満そうな顔してますね、ビル」

「そりゃ、びっくりさせようと忍び寄ってるからな。気づかれてるとつまらない」

「大丈夫ですよ、チャーリーが二人分驚きますから」

「そうか。じゃあ俺の不満も解消だ。よかったよかった」

「全然よくない。なんでそういう方向にまとめた」

 にこにこ笑い合う兄と友人へと、チャーリーは頬を引き攣らせてツッコミを入れた。すると二人はまじめな顔で「だって一つにまとめろってチャーリーが言ったから」と言い放つ。チャーリーは一瞬の沈黙のあと深々と溜め息をついた。疲れる。

「チャーリー、溜め息つくと幸せが逃げるらしいよ」

 ちょいと首を傾げて、リンが言った。チャーリーは「なんだその迷信」と呆れ顔を向ける。その横へと移動したビルが「いや」と真剣な顔をした。

「言われてみると妙に説得力がある。頻繁に溜め息をつく人間って幸〔さち〕薄そうに見えるし。たとえば父さんとか」

「常に眉を寄せてカリカリしてるひとも薄幸そうですよね」

「あー分かる。パースとかな」

「ビル、おまえ、父さんとパーシーに失礼だとは思わないのか」

「俺は馬鹿にしてるんじゃなくて心配してるんだよ」

 しゃあしゃあと言うビルに、チャーリーはいつものごとく諦めた。隣で「チャーリーのお父さんと弟くん、そんなに薄幸そうな雰囲気なの?」と尋ねてくるリンのマイペースぶりにも慣れている。なんだこの二人。相手するのほんと疲れる。

「……だから、溜め息つくと幸せ逃げちゃうんだって」

 ぐい。リンが自分の袖口をチャーリーの口元に押し当ててきた(ふつうに素手で抑えてこないあたり彼女らしい)。目を見開くチャーリーを下から見上げて、リンは「無意識のものほど危ないよ」と心配そうな目で言った。

「……仮に、溜め息ついたら幸せが逃げるとして」

 口元に押し当てられる手首を掴んで下ろし、チャーリーは呟いた。じっと見下ろされ、リンは両手を取られた状態で(チャーリーが最初に掴んだ手は、いまだ離していないままだった)首を傾げる。

「でもその逃げた幸せのぶん、新しい幸せが自分のなかに入ってくるなら問題ないだろ」

 きょとんとリンが瞬いた。ビルのほうは興味深そうに弟を見つめている。チャーリーは両手に力を入れて、リンに笑いかけた。

「溜め息つくぐらいで逃げてく幸せなんて、たぶん、自分がほんとに大事にしてる幸せじゃないさ。だから、逃げてった幸せの代わりに、もっと良い、自分がほしい幸せをゲットすればいいだろ」

「ずいぶんむちゃくちゃな話だなあ」

「いいだろ、もともと迷信自体がいい加減なものなんだから、こっちも好き勝手に都合よく解釈してやったって」

 おかしそうに笑うビルにそう返したとき、リンが空気を揺らした。楽しそうに口元を緩めている。それを見て、チャーリーも口元に笑みを浮かべた。

「……だから、俺は溜め息ついても大丈夫なんだよ」

「そっか。すごく男前な考え方だね、チャーリー」

 おもしろそうに目を細めて見つめてくるリンに、チャーリーの身体が少しだけ揺れた。そのさまを見て、ビルがニヤッと笑う。

「そういえば、さっきの溜め息のぶんの新しい幸せは手に入ったのかい、チャーリー」

「っ、ほら、リン! ハグリッドのとこ行くぞ!」

 バッとリンの両手首を離して、チャーリーはぐるんと身体の向きを変えて足早に歩き出した。背後でリンがビルに挨拶をして、小走りで追いかけてくる。唇が熱いような気がして、チャーリーは自分の袖口でそこを押さえた。

 ――― 長いつき合いだが、リンのほうからチャーリーの身体に(布越しとはいえ)触れてきたのは、今日がはじめてだ。その触れた部分が(布越しとはいえ)唇だなんて……複雑、すぎる。

 赤いであろう顔を、リンに見られる前にどうにかしなければ。悩みながら、チャーリーは歩を速めた。



**あとがき**
 歌論様リクエスト“「世界」のif「夢主がビルとチャーリーがホグワーツ在籍時に入学していたら」の設定で2人とのお話”でした。「在籍寮は問いません」「ほんの若干チャーリー寄りくらい」とのことでしたので、穴熊寮(もしくは獅子寮でも問題はない)かつチャーリーと同い年の設定にさせていただきました。
 学生時代のビルは今よりもっと虐めっ子気質というか、ひとをからかう気質があったと思います。そしてチャーリーは安定の(ちょっぴり不憫な)苦労人。ツッコミに忙しそうです。君の気質はロンに受け継がれているよ、チャーリー( ideal 設定)
 比較的すらすらと筆が乗ったのですが、「溜め息つくと〜」のところで行き止まり、しばらくあーだのこーだの苦しみました。が、なんとかチャーリーが格好つく形で落ち着けたかなって感じです。
 トンクスが途中いつの間にかログアウトしてますが、仕様です。学生トンクスは気の向くまま姿を変えて現れて姿を変えて去りそう。



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