| ロバート許すまじ。心のなかで呟きながら、リンはシャワーを止めた。練習後であったとしても解散の号令が出るまではシャワーなんて浴びないのが常だが、今回はそうも言ってられなかった。
理由はシンプルだ。練習終わりにロバートがヴィクターに喧嘩を吹っかけ、その巻き添えで泥玉を顔面に食らった。セドリックに「お疲れ」と頬を撫でられて気がそぞろになっていた自分にももちろん非はあるだろうが、やはり怒りはロバートに向く。
セドリックも同じ気持ちだったらしく、珍しく物騒な雰囲気をまとってロバートを宙吊りにしていた。そのまま顔だけ振り返って「シャワーでも浴びておいで」と送り出されて今に至る。
ふわふわのタオルに顔をうずめながら、ロバートにかける呪文を脳内検索する。できるだけ精神的にダメージがくるものがいい。いくつかピックアップしつつ、さっさと服を着て、タオルで髪の水分を取りながら脱衣所をあとにした。
談話室に足を踏み入れると、ロバートは依然として宙吊り状態で、顔色悪く何かをセドリックにまくし立てていた。セドリックの表情は、こちらからは背中しか見えないのでわからないが。
「お、おかえり、リン」
エドガーが声をかけてきた。それに反応してほかのメンバーも顔をこちらへ向けてくる。セドリックも振り返り、安心したような困ったような顔をした(その背後でロバートがソファーのうえに逆さまに落下した)。
「……お待たせしました」
「ぜんぜん大丈夫。女子なんだし、もっとゆっくりしてきてもよかったぜ」
ひらひらと手を振るエドガーの横を、セドリックがつかつか通りすぎて、リンへと手を伸ばしてきた。身構えるリンの髪に、骨ばった指が触れる。
「髪、僕が乾かしてもいいかい?」
「えっ?!!」
「だめかな」
「と、聞いておきながら杖を構えてスタンバイするんだな」
「そしてリンが断るまえにさっさと乾かしはじめる、と」
エドガーとローレンスが実況中継をした。セドリックは「うん」と相槌を打って、リンの髪のあいだに指を滑らせる。くすぐったい感覚に、リンは顔を赤くして身を竦ませる。その反応を見たセドリックの目が柔らかく細められる。
「……甘いな」
「おぉ……なんだか居たたまれない気持ちにさせられるな」
「デイヴ、つらいなら目を逸らしていいんだぞ」
ヴィクター、ローレンス、エドガーの順で発言する。真っ赤な顔でリンたちを凝視して口をパクパクさせていたデイヴィッドは、エドガーのアドバイスに従った。床に座り込んでぐったりしていたロバートは「セドリック怖い」と呟いた。
「リンにはこんな態度なのに、リンになにかすると“あんな”風になるんだぜ」
ヴィクターがフンと鼻を鳴らし、ローレンスが「おまえが悪かったんだから仕方ないだろ」と代弁した。エドガーは「セドが怒らなきゃ俺がおまえをシメてた」と物騒な発言を投下した。ロバートの頬が引き攣り、ローレンスがからから笑う。
「エドガーはほんとセドリックが好きだなぁ」
「そりゃあ親友だからな。せっかく実ったあいつの恋路を邪魔するヤツは許さねえ」
「俺べつに恋路は邪魔してないぞ!」
「くだらねえことでスキンシップを邪魔するのも許さねえ」
ヴィクターとデイヴィッドが「厳しいな」「厳しい、ですね」と同時に呟いた。そこに髪を乾かし終えたセドリックとリンが合流する。タイミングいいなあとローレンスは心のなかで思った。
「な、セド」
「え? なにが?」
いきなりエドガーに同意を求められたセドリックがきょとんとする。エドガーはニヤッと笑った。
「苦労して手に入れた愛しの恋人に触れてかわいい反応を見る時間は邪魔されたくねーよなって話」
「え……あ、ああ……うん」
「おいエドガーいかがわしく取れるような言い方するなセドもリンも顔を赤くするなよデイヴに伝染しただろ」
再び真っ赤になってしまったデイヴィッドの肩を労わるように叩きながら、ローレンスがとがめるように早口に言う。ついでに「えっどこまで進んでるんだよ」とほざいたロバートの頭を強めにはたく。
「うぶだからすぐ真っ赤になるってだけで、健全な付き合いしてるっつの! なあセド!」
「え、うん。ほんとうに、なにしても真っ赤になって硬直するから、……キスも、まだしてない」
「えっ……」
五人ぶんの視線がセドリックとリンに集中した。リンは耳まで真っ赤にして視線をさまよわせる。エドガーが「あー……うん、まあ、ファーストキスは大事だからな、うん」とフォローを入れた。セドリックが「うん」とうなずく。
「だから、リン、もしシチュエーションとかの要望があったら遠慮なく言ってほしい」
「そうやってまじめに言われると羞恥心が増すだけってことわかってるか、セド」
ローレンスが言うと、リンが無言のまま何度かうなずいた。セドリックは目を丸くして、「ごめん、気をつける」と神妙な表情を浮かべる。デイヴィッドが「参考に、なります」と見当違いの相槌を打った。ヴィクターが「……天然だな」と呟いた。
「……俺も彼女ほしいなー」
ロバートがしみじみ言った。エドガーが「おまえにゃムリ」と一蹴する。ロバートは「ええ?!!」と悲痛な声を上げる。
「なんで、俺のどこがダメ?!!」
「ひとの神経を逆なでする軽薄な言動」
「うっとうしい長髪」
「すぐにキレて周りに迷惑をかけるところかな」
間髪入れずにヴィクターが言い(いつになくすばやい発言から、いかにふだんからロバートにイラついているかがうかがえる)、エドガー、セドリックが続けて発言した。デイヴィッドは遠慮からか「え、っと」と口ごもっている。
ようやく熱が引いて冷静さを取り戻したリンは、さんざんな言われように笑みをこぼした。それに気づいたセドリックがリンと目を合わせてから微笑む。リンはすこし目を丸くして頬を染めたあと、気恥ずかしそうに幸せそうに笑った。
……というのを目撃したローレンスは、俺も彼女ほしいと思った。
**あとがき** 歌論様リクエスト“「世界」のifでセドリックと付き合ってる設定上でのクディッチチームでの会話”でした。 どんな話題かは指定されてなかったので、こんな感じの会話をしてもらいました。あんまり夢主セドリック以外のひととしゃべってないですが。セドリック落ちになったら、クィディッチメンバーがすごい首を突っ込んできそう。 珍しく後半からローレンスに近い視点で書いてみたけど、意外とローレンス書きやすいことに気づいた。
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