できれば、なるべく多くの時間を恋人とともに過ごしたい。健全な男子としてそう思う。しかし残念ながら自分と彼女は学年も所属寮もちがうため、なかなか共有時間が取れないというのが悲しい現実である。

「……時間の合間を縫って会いにいけばいいんじゃないか?」

 ジンの話を静かに聞いていたロジャー・デイビースは、そう提案した。不機嫌そうな顔で朝食を取っているジンを見かけて、おせっかい……訂正、親切にも「なにか悩み事があるなら聞くぞ、とくに恋愛事なら俺プロフェッショナルだから任せとけ」と軽薄さ……いや頼もしさを醸し出して話しかけてきてくれたのである。

「俺の都合がよくても、リンの都合がわからないだろう。彼女はいつもだれかと談話している。そこにあとから無遠慮かつ自己中心的に割って入るのは、人として礼節を欠いた行為だ」

「なるほど、おまえたちがまったく進展しない理由がよくわかった。そして遠慮なく言わせてもらう。バカか。そんなこと考えてるから一向に話しかけられないんだよ」

 至極まじめな顔でクソまじめなことをのたまうジンに、ロジャーが呆れの溜め息をついた。これだから恋愛初心者は、と頭を振る。

「あんまり放置してたら、いくらリンでも気持ちが冷めるぞ」

「リンはそんな軽薄な人間じゃない。互いの気持ちは確認済みなんだ、貞節はある」

「そういう慢心はダメだ。いいか、貞節と冷却とは別物だ」

 フォークを皿のうえに乗せて、ロジャーは利き手の人差し指をピンと立て、ジンに突きつけてくる。行儀が悪いやつだが、注意はあとにしてやる。

「いいか、恋愛っていうのは、気持ちを伝え合うのがゴールじゃない。気持ちを伝え合ったうえで一緒の時間を過ごしたりして、想いを深めていくことが大切なんだ。それがないと、気持ちはどんどん離れていく。わかるか?」

 言い聞かせるようにロジャーが言うと、周りから拍手が起こった。口々に「珍しくいいこと言う」と褒められ、ロジャーは「あ、ありがとう」と頭を下げる。それを視界の隅に入れつつ、ジンはふむと考える姿勢を見せ、頷いた。

「たしかに一理あるな。デイビースにしては珍しい」

「おまえ俺のことをなんだと思ってるんだ」

「学業成績とクィディッチのプレイは優秀だが、女性に関しては軽薄で軟派なダメ男だな」

「おまえ覚えとけよ。今度おまえの不意をついてリンを食事に誘ってやるからな」

「その自慢の顔面を潰すぞ」

「ごめん」

 のちのロジャー曰く、実にマジな目であった、らしい。なーんてな、ははっ、などと茶化して流せる雰囲気ではなかったので、まじめな顔で謝罪した、とのことだ。

 気を取り直したロジャーに「とにかく話しかけろよ」と助言を繰り返され、ジンは「だから、リンは友人たちとの談話で忙しいだろう」と溜め息をつく。ロジャーはやれやれと頭を振って、くるりと振り返った。

「リン・ヨシノ! ちょっとこっち来い!」

 ジンが目を瞠ってロジャーの名前を強い語気で呼ぶ。しかしロジャーは「もうリン来てるぜ」と受け流す。その通り、リンがすぐそばまで来ていた。

「……ミスター・デイビース、私になにか?」

「いや、俺じゃなくてジンが君と話したいって」

「ジン兄さんが?」

 瞬きしたリンがジンへと視線を向けてくる。ジンは「べつにたいした用はない」と珍しくモゴモゴ言ったが、リンから「ジン兄さんからのお話でしたら、小さなことでもお聞きしたいです」という言葉をもらい、言葉に詰まった。ロジャーが「なにこの子、すごい健気ないい子」と感動している……あとで手出しするなと念を押しておかねば。いやそれよりも、まずリンだ。

「……その、来週末はホグズミードだろう。もし予定が空いてるなら、俺と、」

「あら、来週末のホグズミードなら、あたしが予約してるもン」

 夢見るような声音が割って入ってきた。ジンが固まる。視線を向ければ、ロジャーの横で朝食を取っていたらしいルーナ・ラブグッドが、「ね、リン」と同意を求めていた。リンは「ああ、うん、そうだね」と気まずそうに言った。

「言っとくけど、譲らないよ。早い者勝ちだもン」

 機嫌よさそうに笑って、ルーナは紅茶のカップに口をつけた。先輩に対する遠慮は一切ないようだ。いっそ清々しい。ジンは諦めることにした。

「……じゃあ、明日の放課後、」

「あ、えっと」

「明日の放課後は僕たちと勉強会の予定です。よもや学業を疎かにしろなどとはおっしゃいませんよね、ミスター・ヨシノ」

「ジャスティン、テーブルに帰ってくれるかな」

 リンの背後から顔を出し、上から目線で得意気な笑みを浮かべたジャスティン・フィンチ-フレッチリー。リンにあしらわれ、しゅんとして帰っていった。ショックでしばらく意気消沈していてほしい。

「……今日の放課後はどうだ?」

「ごめんなさい、クィディッチの練習があって……」

「………なら、今日の昼を一緒に食べないか?」

「あー、残念だな、ジン。今日の昼は俺たちが予約してるんだ」

「ちょっとW・W・Wについて相談があってさ」

 どこからか現れた双子のウィーズリーが、ニヤニヤ笑ってリンの肩に片方ずつ腕を乗せ、ジンの誘いを突っぱねた。その背後でリー・ジョーダンが申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。いや、申し訳ないと思うならこの二人を諌めてほしい。ジンは苛立ちを表に出さないよう努めた。

「……あの、ジン兄さん、明日のお昼、一緒に食べたいです」

 双子の腕を振り落としたリンが、おずおずとうかがうように言う。明らかに気を遣われている。やるせない気持ちになりながら、ジンは了承し、礼を述べた。

 もうすぐ予鈴だからと帰っていくリンの背中を、静かに見送る。そんなジンに、ロジャーが同情の視線を送ってきた。

「……悪い、ジン、誤解してた。おまえの考えがかたいだけじゃなかったんだな」

 めちゃくちゃ邪魔されてるじゃないか。ロジャーの言葉に、ジンは力なく「まぁな」と息をついた。リンとジンが付き合いはじめたと知るや否や、みんなしてあの手この手でリンとの間に入ってくるのだ。二人で話す時間を取るのも一苦労だ。

「……ひとに好かれるのはいいことだ。喜ばしい。が、俺個人としては……複雑だ」

「………応援するよ」

 ドライではなく、どちらかというと寂しがりだったとは、意外な一面を知った。そう口にしたロジャーへ視線を向けて、ジンは「妙な噂を流したりしたら……」と呟き、ロジャーを焦らせて意趣晴らしした。



**あとがき**
 歌論様リクエスト“「世界」夢主がやたらと周囲に人気なのが嬉しい反面若干モヤモヤするジンの話をジン視点で”でした。「片想いか恋人設定かはお任せで」とのお言葉に甘えて、独断で恋人設定にさせていただきました。
 ジンの心境はうまく表現できたかなと思います。ただ「世界」主との直接的な絡みが少なくなってしまった……残念というか、悔しい。予想外に外野が出張った。
 はじめてロジャーをしっかり登場させたのですが、楽しかったです。うっかり彼視点にしてしまい、修正したほど。どちらかというと彼とジンの話になってしまった。悔しい。



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