スイの、とある一日 vol.1




 授業中のため生徒や先生方が一人もいない廊下に、スイはいた。可愛い妹分と一緒にいられない時間帯ということで、暇を持て余した結果、構内を散策することにしたのである。


 ふわふわ漂っているゴーストの脇を通り抜け、壁際に並んでいる鎧〔よろい〕の足元を駆け抜け、お喋りに興じている絵画の前を(階段の手すりを利用して)滑り抜け、いろいろと見て回る。



 なかなかに楽しい。そうスイが満足していたとき、スイの宿敵とも言える奴が現れた。



「………ニャー」



 パトロールをしていたミセス・ノリスが、窓辺で日向ぼっこに勤〔いそ〕しんでいたスイに近寄ってきたのだ。気に入らないという目つきで、スイを見上げてくる。


 目ざとい奴め、と内心で悪態をつき、スイは尻尾をビシッと振り下ろした。



「…………ニャァオ」


「………ふしゃあ」



 訳。
 なんでここにいるのよ。
 お前に関係ないだろ。


 カーン、とコングの音が鳴り響いた、ような気がした。スイとミセス・ノリスは、じっと、お互いに睨み合う。二種類の長い尻尾が、ゆらゆらと不穏に揺れる。



「ニャァアオ(用がないんだったら、さっさと寮に帰んなさいよ)」


「ふぅ、ふしゃぁあ(うるさい。ボクがどこで何してようと、ボクの自由だろ。なんでお前の言うこと聞かなくちゃいけないわけ?)」


「ニャアッ(いいから帰れって言ってんの)」


「きしゃあっ(むしろお前が消え失せろ)」


「フゥウウ!(実力行使するわよ!)」


「きゃああ!(やれるもんならやってみろよ!)」



 バチバチッ! と二匹の間に火花が散る。スイもミセス・ノリスも譲る気はない。


 ミセス・ノリスの目が細くなり、毛がゆっくりと逆立ち始める。それを見て、スイも歯を食い縛る。ガリ、と犬歯が唇に突き刺さる音がした。ミセス・ノリスが鋭い爪で床を引っ掻いた。



「ニィヤァオッ!!(その皮、引き裂いてやるわよっ!!)」


「きぃいいあっ!!(その前に、その頭の毛、剥〔は〕いでやらぁっ!!)」



 宣戦布告と同時に、スイは、くわっと目を見開いて、全身の毛を一気に逆立てた。ミセス・ノリスが一瞬たじろぐ。それをスイは見逃さなかった。



「きしっ、しゃぁああっ!!!(禿げろ、この、性悪クソアマがぁあっ!!!)」


「シャッ、シャア……ッ!!(じ、冗談じゃないわよっ、覚えときなさい……っ!!)」



 威嚇という名の臨戦態勢を維持したまま、スイはミセス・ノリス目掛けて飛び降りた。太陽をバックにしていたこともあり、脅しとしては迫力満点だった。ミセス・ノリスは、尻尾は巻いていないものの、逃げた。


(はっ、ざまあ……!!!)


 廊下を疾走していくミセス・ノリスの後ろ姿を、盛大に鼻で笑って、スイは尻尾をヒュンヒュン振った。まるで勝利を祝う旗を振っているようだった ――― 偶然この現場の一部始終を見ていた「ほとんど首無しニック」と「太った修道士」は、後にこう語る。


(あー、いい気分)


 実に気持ちよさそうな顔で、スイは身体をぐっと伸ばす。そこで、ちょうど、授業終了の合図であるチャイムが鳴った。


 スイが壁と柱を駆け上って窓枠へと戻るのと同じくらいに、生徒たちが、我先にと廊下へと飛び出してくる。みんな笑顔いっぱいで、楽しそうだ。


 若いねぇと感慨を抱いて眺めていたスイは、不意に、ある一点に焦点を当て、目を輝かせた。待ち望んでいた人物が、友人たちと談笑しながら、こちらへと歩いてくる。


 尻尾を揺らして、スイは再び床へと降り、彼女の元へと駆けていった。
 


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