「なあ、リン、俺とチャーリーと結婚しないか?」

「………は?」

「ぷはっ、さすがリンだ、笑いを取るところを分かってる。プロポーズに対するリアクションが『理解不能』と言わんばかりの表情って、独特でいいな」

「いや……ビル、あれたぶん本気で理解できてないぞ」

「へえ、そうなのか。それもそれでいいな。あんなに呆然とするリンの顔なんてめったに見れないから、記憶に収めておこう」

「趣味悪いなあ」

 自分を置いてなんだかんだと笑う二人に対して何か言ってやろうと思ったところで、目が覚めた。

「………」

 カーテンと窓の向こうから鳥の鳴き声が聞こえてくる。それをぼんやりと聞きながら、リンは大きく息を吸って吐いた。夢……いや、記憶と表現すべきか。なんて思いながら身じろごうとして、なにかに阻まれる。視線を巡らせれば、合計四本の腕が身体にまとわりついていた。

 左を見ると、心臓に悪いほどきれいな寝顔。右を見れば、あどけなさを感じさせる寝顔。数秒の沈黙のあと、リンはぜんぶの腕を退けにかかった。その瞬間、二本の腕がリンを押さえつけた。

「……はよ、リン」

 いつから起きていたのか、ビルが「いい朝だな」と笑いかけてくる。リンを組み敷く体勢でだ。天井をバックにしたビルのご機嫌顔を眺めて、リンは溜め息をついた。

「おはようございます、退いてください」

「もったいないから無理」

「どういう理屈だよ意味がわからない退け」

「はは、そんな汚い言葉を吐く口は、こうだ」

 言い終わらないうちに、ビルが唇を重ねてきた。とっさに防御しようとしたリンの手は、むなしくビルの片手に絡め取られてベッドに縫いつけられる。くぐもった声を漏らすリンの横で、たくましい身体が身じろいだ。

「……なにやってんだ……?」

 チャーリーの寝ぼけ眼が、横で行われているキスシーンに瞬く。ようやく唇を離し、ビルは「おはようチャーリー」と爽やかな笑顔で呑気に挨拶した。

「リンと挨拶代わりのキスしてた。チャーリーもするか?」

「する」

「しなくてい、む」

 必死に酸素を取り込みながらの言葉は、文字通り呑み込まれた。



「なんで毎朝毎朝あんな目覚めをしなきゃいけないんですか」

 朝食のベーコンをフォークに巻きながら、リンは口を「へ」の字に曲げた。目玉焼きをモゴモゴ食べていたチャーリーとコーヒーを飲んでいたビルが瞬きをする。

「なんでって、スキンシップは恋人として当然だろ?」

「新婚期間だしな、健全な夫婦として愛情確認は欠かせないだろ」

「……三人の夫婦って健全なんですか」

「え。健全じゃないのか?」

 きょとんとした表情のチャーリーに首を傾げられ、リンは閉口した。ビルとちがいチャーリーは天然なため、対応に困る。ぷくくと笑うビルに苛立ちを感じつつ、リンはベーコンを飲み込んだ。

「ふつうは一夫一婦でしょう。三人での結婚なんて、ふつうじゃありません」

「ほかはほか、俺らは俺らだろ。リンは頭が固いなあ」

 ビルが指先でリンの頬をつついた。やめてくださいと手で払うリンに、チャーリーは「たしかにふつうじゃないかもしれねぇけど」とむずかしい顔をする。

「でも昔だったらさ、どこの国でもあっただろ、複数人が恋愛関係をもつの。それと変わんねぇって。むしろ正妻とか愛人とかいうドロドロした関係に比べたら、しっかり三人で婚姻関係を結んでる俺らは充分『健全』だろ」

 そもそも動物の世界じゃハーレムなんてふつうだしなー。なんてケラケラ笑うチャーリーに力が抜ける。なんだろう、この価値観の違い。やっぱり日本人と西洋人は感覚がちがうのだろうか……。

 悶々と考えていると、不意に冷たい指先に顎をすくわれた。吃驚するリンの視界にビルの顔がアップで入ってくる。じーっとリンを見つめて、ビルが首を傾げる。

「リンは俺らのこときらいかい? リンのあずかり知らぬところで外堀埋めて書類作成して勝手に婚姻関係結んじゃった俺らのこと、怒ってるのか?」

 この関係、切りたい? なんて揺れる瞳に問われると、つい言葉に詰まってしまう。だって頷いたら傷つくだろうし。リンは迷ったあげく「……そういう、わけでは」と否定の言葉を口にした。途端、ビルとチャーリーは「よかった」と笑顔になる。それを見て、またうまく乗せられたとリンは後悔した。

「おっし、じゃあ後片づけすっか! あ、俺がやるからリンは座ってろよ!」

「そうそう、座ってなよ。洗濯も俺がやっとくから」

「いや、でも、」

「料理はリンがしてくれるからな、ほかは俺たちの分担だ。約束したろ?」

「水仕事は俺たちがやるよ。リンの手が荒れたらいやだし」

「いや、」

「チャーリー……どうやら俺たちじゃ頼りにならないらしい。リンは俺たちには家事は任せられないって言ってるぞ」

「えっ……」

「いえ! そんなことは言ってないです」

「そっか! だよな、リンはちゃんと言葉に甘えてくれるいい子だもんなー」

 にこにこ笑ったチャーリーの言葉に、リンはしまったと思った。またビルにうまいこと乗せられた。今日こそは仕事を代わろうと思ったのに。にっこり笑ってリビングを出ていったビルに悔しさを感じ、ソファの上でクッションを思いきり抱きしめていると、チャーリーがリンの名前を呼んだ。

 何かと近づけば、片方ずつ腕を取られて、チャーリーの腰に回される。ちょうど後ろから抱きついている体勢だ。リンの頬が赤くなる。

「な、なに、」

「いや、スキンシップしたいなーって思って。俺が皿洗い終わるまででいいからさ、こうやってぎゅーっとしててくれないか?」

「……い、いやです、恥ずかしい」

「……そっか……ごめんな、わがまま言って」

「………」

 しゅんとするチャーリーに罪悪感を刺激される。しばしの逡巡のあと、リンは意を決して大きな身体に抱きついた。赤面する顔を見られないように、広くて厚い背中にくっつける。チャーリーがクスクス笑った。

「なんだかんだ言ってリンはやさしいっていうか、俺たちに甘いよな」

 リンが言い返そうとしたとき、リビングのドアが開いて、タオルを片手に持ったビルが顔を出した。

「なあ、このタオルって洗っていいのか? って、なにやってんだチャーリー」

「ん? リンに甘やかしてもらってる」

「じゃあ俺はリンを甘やかすか。洗濯終わったら抱きしめてやるから待ってろ」

「それより先に俺が洗い物終えてリンを抱きしめる予定だからいらないな」

「じゃあ勝負だチャーリー」

「望むところだビル」

 どういう会話をするんだこの人たち。口もはさめずに聞きながら、リンは顔を赤くした。ほんとうに気恥ずかしい。だけど、うれしくないわけでは、ない、かもしれない。言わないけれど。



**あとがき**
 サカナ様リクエスト“「世界」主の未来ifでビルとチャーリーで重婚(一妻多夫)している話”でした。一妻多夫ってどんな状況なのか手探り状態で、もうぼかして書きました。ただの同棲状態に近い。
 「できれば2人に甘やかされてる感じ」という要望でしたので、スキンシップと甘やかし行動(?)を多めに。きっと甘やかされ感が出てると信じてます。
 ビルとチャーリーとの恋愛だと、ビル相手には若干ツン多め、チャーリー相手には赤面多めな反応を返す「世界」主だと思います。そしてなんだかんだ二人にうまく言いくるめられてそう。



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