最近、一部のレイブンクロー生からの風当たりがよくない。廊下を歩きながら、リンは思った。つい先ほども、女子トイレで偶然出くわしたマリエッタ・エッジコムとその他二名に水をぶっかけられそうになったところだ。浮遊させてしかるべき場所へと流したので問題はないが、相手から舌打ちと睥睨をいただいてしまった。

 ほかにも、廊下ですれ違ったときにはおしゃべりを中断してまでにらんでくるし、場合によっては肩をぶつけられたり足を引っかけようとされたりもする。図書館など狭いところで出くわすと通せんぼされるし、通してくれないかと頼めばべつのルートで行けばいいと怒られる。その他いろいろだ。

 私、彼女たちになにかしたっけ。ぼんやり考えながら図書館へと足を踏み入れる。借りていた本を返却して、新しい本を探しに棚の間を渡り歩く。と、今度はチョウ・チャンと出くわした。目を丸くしてリンを見ている。

 そういえば例のグループのメンバーのひとだと思い至るが、彼女からは攻撃された覚えがないので、むやみに身構える必要もないかと判断する。とりあえず礼儀として会釈をして横を通りすぎる。「ねぇ」と声をかけられた。潤んだ目とかち合って、リンは思わずドキッとした。

「あなた、セドリックと付き合ってるのよね……?」

「……ええ、まぁ」

「どうして……、セドリックのどこが好き? いつ好きになったの?」

 リンはちょっと考えた。まず好きだと自覚したのは、つい最近のことだ。最初に告白されたときなんか、異性としては意識していなかったのもあって、すぐ断っていた。それでも諦めないと宣言され、事あるごとにさりげなく気持ちを伝えてくるわ、すこしずつスキンシップを重ねてくるわ、いろいろと強引に意識させられていって、エドガー曰く「落ちた」のだ。どこが好きと問われても、うまく答えられない。

 静かな表情の下でリンが悩んでいると、チョウがまたしゃべり出した。

「セドリックは、あなたを一目見たときから好きだったって言ってたわ」

「え?」

「私、聞いたもの。ミス・ヨシノのことが好きなのねって、茶化すみたいにごまかしながら探ったとき、セドリックは恥ずかしそうに言ったわ……『実は一目ぼれなんだ』って。『まだ話したこともないんだけど、でも好きなんだ』って」

 なに勝手に言ってるんだ。呆然としていると、チョウはすんと鼻をすするような音を発した。……いや。ような、ではない。事実、鼻をすすっていた。目も潤みきって揺れている。

「一目ぼれって、なに? 相手の姿を見ただけで、なにを好きになるって言うの? そんなの、顔が好みだったってだけじゃない。私は、私のほうが、セドリックと先に出会ったし、そのぶん多く話とかもしてきたし、彼の魅力をたくさん知ってるのに……っ」

 ぼろぼろと涙をこぼしながら言われると、なんとも居たたまれない。話を聞く限り「それ私よりセドリックに言ったほうがいいんじゃ……」というのが本音なのだが、そんなことを言える雰囲気ではない。

 どうしようかと悩んでいると、背後から殺気を感じた。ほぼ同時に「ちょっと」と低い声。マリエッタだ。ずかずかと歩いてきて「なにチョウを泣かせてるのよ、この××!」となじってくる。相当気が立っているようで、口がよろしくない。頬を引き攣らせつつ、リンは視線をカウンターのほうへと滑らせ、防音の結界を簡単に張っておいた。

「っ!」

 頬がピリッとした。じわりと熱が生まれる。そして、血が頬を伝う感触。まさかこのタイミングで攻撃されるとは思わなかった。吃驚しつつも続いての攻撃ははじく。杖を構えたマリエッタが「避けないでよ!」と怒鳴る。なにこの逆ギレ。スイやハンナたちを伴って来ればよかったと後悔した。

「エクスペリアームス!」

 マリエッタの杖が手からはじかれた。弧を描いたそれが、細く長い指によってとらえられる。その手の主を見て、リンたちは硬直した。

「僕のことでリンを攻撃するのは、やめてほしい」

 ふだんの彼からは考えられないほど不機嫌そうな顔をしたセドリック・ディゴリーがマリエッタたちをにらんでいた。マリエッタの杖がミシミシと音を立てているのは気のせいだと信じたい。痛いほどの沈黙のなか、セドリックは息を吸った。

「……リンを選んだのは僕だ。だから、そのことで文句や非難があるなら、僕に言ってくれ。リンを巻き込むのは、許さない」

 マリエッタの杖を放るように返して、セドリックはリンのほうへと歩いてきた。とっさに道を譲るかのごとく脇にのいたリンの手を取って、無言で引っ張っていく。微妙に混乱したまま、リンはチョウたちの様子を見る余裕もなく図書館をあとにした。



「……僕のせいでいじめられてること、なんで言ってくれなかったんだい」

 空き教室に入ってリンへと向き直ったセドリックが言った。いまだ怒ったような顔をしている。掴まれている手がしびれ出して、リンは固唾を呑んだ。セドリックの目が細められる。

「……ねぇ、どうして?」

「い、いじめられてるって意識とか、あんまりなくて。なんか目の敵にされてるなーくらいで、しかも原因がセドリックにあるなんて知らなかったし、その……ごめんなさい」

 怒ったセドリックけっこう怖い。内心びくびくしながら謝ると、手が離された。その手が頬に触れてくる。ピリッとして、そういえば治してなかったと思い出した矢先、セドリックが呪文を唱えた。そのあと杖をしまって、おもむろにリンを抱きしめた。

「……ごめん。気づけなくて、守れなくて、……あと怖がらせて、ごめん」

 呟きながら、ぎゅうぎゅう抱きしめられて、リンは身体が火照るのを感じた。大丈夫だからとどもりつつ、わたわたと焦る。軽いスキンシップは慣れたけど、ハグはまだダメだ。心臓がもたない。

「ほんとうにごめん。それでも好きだよ。許して」

「っ、わ、かったから、ほんと、やめ、」

「……不謹慎だけどさ」

「……っ?」

「すぐ真っ赤になって、かわいいね、リン」

 ちょうど傷があったあたり。ちゅうとキスをされて、リンは限界を悟った。セドリックの足を踏みつけて、「いたっ」とひるんだ彼の腕から脱出を果たす。教卓をはさむように距離を取ったリンを見て、セドリックはくしゃっと笑った。

「好きだよ、リン。君は?」

「………好きですよ」

「ありがとう、うれしい」

 ……ずるい笑顔ってこういうものか。と思った。



**あとがき**
 葉桜様リクエスト“一目惚れしたセドリックからの告白で恋人になる”話でした。詳しい希望設定がありましたので、そちらに従って執筆させていただきました。
 ホグワーツのいじめってイマイチ想像できない。けっこう堂々と清々しく(先生に見つからない程度に)バトルしてそうなイメージです。むずかしい。
 キレるセドリックって怖そうです。でも女の子にはなるべく乱暴にはしない。そんなイメージ。



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