| 暖炉から現れた、黒い髪と白い肌と不思議な目を持った女の子。一目見て、身体に衝撃が走ったのだ。これまで味わったことのない、強い衝撃が。
「あのさ、リン」
「なんですか、ビル?」
「俺、君に惚れたみたいなんだ。俺と付き合ってくれないか?」
ワールドカップから帰ってきて数日後、みんなで夕食後の団らんを楽しんでいたとき。楽しそうに自分と会話をしてくれる彼女を見て耐え切れなくなり、感情に突き動かされるまま、ムードも何もない状況で告白してしまった。
一拍ののちに頬を真っ赤に染めて硬直したリンの顔と、周りから上がった奇声(喜声?)と歓声は、いまでもビルの記憶にはっきりと残っている。あのときのリンは、ほんとうにかわいかった。
「……それが、いまはこれだもんなあ」
テーブルに頬杖をついて、ビルは溜め息をついた。視線の先では、リンがキッチンでスイにアップルジュースを注いでやっている。何十回目かのビルの告白をきれいにスルーして、だ。
出会ってから一年が過ぎ、リンはビルのアプローチにすっかり慣れてしまったらしい。言葉だけで顔を真っ赤にすることはほとんどなくなってしまった。
なんとなく寂しいが、しかしクールなリンもかわいいので問題ない。それに、抱きしめたり頬にキスしたりしれば真っ赤になるし。
そんなことをつらつらと考えていると、不意に両肩に重みを感じた。
「あつーい視線を向けてるなあ、ビル」
「視線でリンに穴でもあける気かい?」
「うーん、穴があくのは困るな。それよりはむしろ、視線でがんじがらめに捕らえるほうがいいな」
からかってきた双子の弟たちに、そう笑顔で返す。フレッドとジョージは微妙に固まって、小声で「若干マジっぽく聞こえたんだけど」「ちょっと怖いぞ、ビル」と呟いた。
ビルは肩を揺らして笑い、ふらりと歩き出す。目当ては無論リンである。
「俺も喉がかわいたから、飲み物がほしいな、リン」
「……ご自分でどうぞ。私はもう部屋に戻るので」
ふいと顔を背け、リンは踵を返した。瞬くビルの後ろで「おっと、かわされた」「さすがリン」などと会話がなされるが、ビルは無視した。
「たったの一杯もダメかい? リンが用意してくれる飲み物が一番おいしいんだ」
「ジュースなんて、だれが注ごうと味は同じでしょう」
「俺にとっては、リンが注いでくれるってことが重要なんだよ。なあ、リン、ささやかな頼み事だろう。そんなに嫌がらないでくれよ」
「ささやかなことならご自分でなさってください。私は、ひとを不必要に甘やかすことはいたしません。それでは失礼いたします。ごゆっくり」
淡々と一蹴して、リンは厨房を出ていった。双子が「ビルのやつ、けっこう必死だな」「そんなビルに対して、リンのほうはだいぶそっけなくなってきたな」「さすがのビルも傷ついたか?」などと言い合う。
ビルは一瞬考えたあと、リンを追うべく動き出した。双子の口笛を耳にしながら「姿くらまし」をし、女子部屋の前に「姿現わし」する。すぐノックして部屋に入り、きょとんとしているジニーとハーマイオニーに協力を要請すれば、二人とも快く引き受けてくれた。恋愛好きな女子はすばらしい。
ジニーに「がんばってね!」と手を握られたあと、ビルはドアの影になるような位置に立った。しばらくするとドアが開き、リンが部屋に入ってきた。ジニーとハーマイオニーがうまくやってくれたらしく、スイは伴っていない。
「っ、」
ドアを閉めようとしたリンがビルに気づいた。息を呑んで逃げようとしたリンの腕をすばやく掴み、ビルは彼女を引き寄せた。
「好きだよ、リン」
リンの耳元へと顔を寄せて囁き、びくりと竦んだ身体を逃がさないよう少しきつめに抱きしめる。リンの耳が赤くなったのが分かった。
「……好きだ。ほんとに、リンが好きだ」
伝わってほしい。そう願いながら、彼女の腰に回した腕に力をこめる。リンの手がパッとビルの服を掴み、引き離そうと引っ張りはじめた。ビルが抗ってさらに力を入れると、リンが必死な声を上げた。
「やっ、やめ……っビル、離れ、」
「……無理だ。離せない。好きなんだ、本気で」
避けられようと冷たくあしらわれようと、もはや諦めきれない。それくらい、深くまで溺れてしまっているのだ。離れろだなんて、ほんとうに無理な話というもの。
「愛してる、リン」
「………っな、んで」
リンが泣きそうな声を出した。ビルは反射的に少しだけ、逃がさないギリギリの距離と力をキープして、リンから身体を離した。見下ろすと、リンが揺れる瞳でビルを見ていた。
「なんで、諦めてくれないんですか。ふつうは、あれだけそっけない態度を取られ続けたら、脈なしだって諦めるものでしょう」
「そりゃあ……俺、けっこう辛抱強いからな」
「諦め悪すぎでしょう。おまけに気恥ずかしい言動ばかりで、意味が分からない。羞恥心のない軟派な馬鹿なんですか」
え、俺そんな風に思われてたのか。ビルは地味にショックを受けた。が、リンが続けて発した言葉でショックも吹き飛んだ。
「おかげで、あなたを意識してしまうようになっちゃったじゃないですか」
「……っ」
ぐっと目を見開いて、ビルはリンを見た。リンは俯いていて表情が見えないが、耳は変わらず赤い。いや、先ほどより赤く染まっていた。どくりとビルの心臓の音が大きく響く。
「それ、リン、ほんとかい? 俺のことを意識してるって、それ、良い意味での……つまり、恋愛感情を含んだ意識だよな?」
「………」
リンの頭が小さく、しかし確実に縦に動いた。それを認識して、ビルは衝動のままにリンをかき抱いた。リンが硬直する。ビルはますます力をこめ、彼女の耳にキスをひとつ落とした。
「愛してる、リン」
「……私、も、好きです」
ひっそりした告白をしっかりと聞き取って、ビルは思わずリンの身体を抱き上げて歓声を上げたのだった。
**あとがき** 葉桜様リクエスト“夢主に一目惚れして押せ押せなビルと最初はあしらっていた夢主だけどビルの熱意に負けて最後は結ばれる、というお話”でした。一目惚れの雰囲気を出すためにビル視点で執筆してみました。最初の一文だけですけどね。 結ばれるほうを重視したため、押せ押せとあしらいの場面が短かったです。しかも押せ押せになっているのか謎。あまりタラシにはなってほしくないし。 さらっとイケメンなビルも好きですが、たまには必死になってほしい。必死なビルをウィーズリー家が総勢で応援してるといいと思います。
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