「僕とリンとを別々の寮に引き裂いた組分け帽子なんて灰になればいいのに」

 ぽつりと呟いたトム・リドルに、リンは動きを止めた。ちらりとリドルを窺うと、拗ねた子どものごとき不満顔をしている。

 周りの女子生徒たちが何人か「やだトムがかわいい表情をしてる……!」とときめいているが、実際のところかわいさは皆無だ。心のなかで組分け帽子を八つ裂きにして燃やしているに違いない。

 冷や冷やとリドルを見つめつつロールパンを取り、リンは「それ何百回も聞いたよ」と呆れ顔をしてみせた。

「というか、組分けされたころ、私たちまだ出会ってなかったじゃない」

「そうだけど、組分け帽子は未来のことも考慮して組分けをすべきだったと思うんだ」

「組分け帽子はひとの素質を見極める力を与えられているのであって、ひとの未来は見れないんじゃないかな」

「使えないな……創設者たちから魔力をもらってるくせに」

 リドルが舌打ちをする。リンは「手厳しいね」と返しておいた。周りから「舌打ちする姿もかっこいい……!」と色めいた声が聞こえてきたが、無視しておく。

「……ほんとう、リンと同じ寮がよかった。そうしたら授業は一緒だったし、同じ談話室でたくさん時間を過ごせるし、食事も堂々と一緒のテーブルで取れるのに」

「いや、食事については、いまも堂々と同じテーブルで取ってるよね、君」

 ハッフルパフのテーブルにて優雅に食事を進めるトム・リドルに、リンは思わずツッコミを入れた。毎日毎食ちゃっかりとリンの向かいの席を確保しているくせに、何を言うか。

「勝手にテーブルに着席してはいるけど、やっぱり周りからの視線が煩わしくてね。正直、鬱陶しいんだ。うっかり消失呪文を唱える気が起こるほどに」

「唱えないでね」

「分かってるさ……リンの目や耳に届いてしまう範囲内では、リンが心を痛めるようなことはしないよ」

 それはきれいに微笑むリドルに、リンはなぜか若干の悪寒を感じた。彼のせいで周囲の気温が数度下がった気がする。そんな笑顔にすら騒ぐ女子たちは勇者だと、ぼんやり思った。

「……とりあえず、食べたら? チキンとハムのパイとか美味しいよ」

 取り分けた皿を渡すと、リドルはうれしそうな顔をした。「リンから何かをもらうと、心が満たされるよ」などと言いながら食べ始める彼を見て、リンは気づかれないほど小さく溜め息をついた。

 なぜだか知らないが、トム・リドルはリンを気に入っている。執着しているとでも言うべきか。何か特別なことをした覚えはないが、いったいリンの何を気に入ったのやら、皆目見当がつかない。

(……わからないなぁ……)

 最後の一口を飲み込みながら思ったとき、リンの前に紅茶のカップがふわふわと浮かんでやってきた。向かいを見ると、片手に杖を持ったリドルが、静かにリンを見つめている。

「そろそろ食後の紅茶がいるかと思って」

「……あ、うん。ありがとう、リドル」

 笑みを浮かべてカップを受け取り、リンが礼を言う。浮遊呪文を解いたリドルは、リンを見つめたまま頬杖をついて、ちょいと小首を傾げた。

「もう一回言ってよ、リン。僕と目を見合わせて」

「え? えっと……ありがとう、リドル」

 なにこれ地味に恥ずかしい。などと思いつつも、リンはリクエストに応えた。いったい何の意味があるのか分からないが、リドルの要求を拒むと彼が荒れるので仕方ない。リドルを崇拝している面々が八つ当たりされるのを防ぐためだ。

 二度目のセリフを言い終えたあとも、リンはしばらくリドルと見つめ合った。視線を外すタイミングがつかめなかったからである。あまりにもリドルが食い入るように凝視してくるので目を逸らしづらい。瞬きくらいしてほしい。

 ついドギマギしながらリドルの反応を待てば、やがてリドルが纏う空気が動いた。柔らかく目が細められ、口元にも柔らかい笑みが浮かぶ。

「……リンの目に僕が映ってるのって、気分がいいな」

「………、」

「ずっと僕を見ててよ、リン」

 のんびりした口調だったが、どことなく聞いてる側に緊張を与えてくるような声音だった。加えて、目が本気だった。リンは反応に困り、沈黙する。数秒後、リドルが頬杖を外した。

「……冗談だよ。まさかずっと君の視線を独り占めできるなんて夢見てはいないしね」

 笑顔を絶やさないリドルに、リンは曖昧に微笑んで、紅茶に口をつけた。微妙に冷めているのは時間が経ったからだと信じたい。

「もうこんな時間か」

 周りの生徒たちが次々に席を立って大広間を出ていくなか、時計を確認したリドルが言った。リンも時刻を見る。昼休みが終わる十五分前だった。リンたちもそろそろ次の授業に向かわなければならない。

「……ほんとう、寮がちがうって厄介だな」

 席を立って歩き出したリドルが溜め息をこぼす。続けてぽつぽつとこぼされる愚痴を聞き流しつつ、リンは、リドルと寮がちがって安心していることは口にしないでおこうと思った。

「この間スラグホーンに『僕をハッフルパフ寮に移籍させてください』って頼んだら『君みたいな優秀な生徒を手放すのは惜しい』とかいう理由で却下された。利用価値があると思いとどまらなければセイウチにでも変身させるところだった」

「………」

「今度は校長かダンブルドアあたりに『リンをスリザリン寮に移籍させてください』って頼んでみるか……」

「…………」

 腹立たしげに舌打ちしてスラグホーンを罵ったあと、リドルは次の作戦について思案する。ひたすら沈黙を貫き、リンは静かに彼と分かれて授業へと向かった。

(……早く卒業して彼と別れたい……)

 卒業後もつきまとわれる可能性には全力で目を塞いで、リンは思った。



**あとがき**
 結城様リクエスト“もしリンがリドルと同い年だったら”でした。「リンに心酔したリドル(できればヤンデレ気味)が見たい」とのことでしたので、がんばりました。ヤンデレむずかしかった。ヤンデレになってるか自信はないです。
 「世界」主に心酔する設定だと、リドルはヴォルデモートにならない気がするんだけど、どうなんだろう。そのあたりには触れずにおきました。彼らの学年も含め、お好きに想像なさってくださいませ。



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