死にそうだ。羊皮紙に埋もれながらスイは思った。視線の先は変身術のレポート。明日提出なのに、まだ指定分量の半分も書けていない。絶望的だ。それなのに、だれも助けてくれない。

「いや、助けてるじゃないですか。ただ僕の説明に対してあなたの理解力が足りないだけで」

「理解させられないなら助けてるとは言わないんだよ、わかるか? あとさりげなくボクを馬鹿にしたな覚えとけよジャスティン」

「僕に覚えさせるまえに課題と真剣に向き合ったほうがいいのでは?」

「………」

 まったくの正論である。ぐうの音も出ないとはこのことか。恨めしい思いで、スイはジャスティン(今回の先生)を見た。

「こんな意地悪いやつ、いやだ。スーザン、ハンナかアーニーでもいい。代わってくれ」

「ごめんなさいね、私はベティをみるので忙しいの。ベティとジャスティンとは組ませられないし……あと、ハンナとアーニーは自分のことで手いっぱいよ」

「あー、リン早く帰ってこないかな」

 クィディッチの練習に連れていかれたリンへと思いを馳せる。そんなスイを見下ろして、それまで無表情だったジャスティンが眉を吊り上げた。

「リンは忙しいのです。スイのレポートごときでお手を煩わせるなど言語道断」

「ごときだと? ボクの進級がかかってるんだぞ」

「勝手に落第すればいいじゃないですか」

「……おまえボクに対して毒舌だよな。おまえの大好きなリンの双子の姉だぞ、ボク。多少は敬えよ」

「敬ってるでしょう。敬語を使ってやってるんですよ?」

「いや表面上は敬語だけど、内容だとどう考えてもボクを見下してるよな」

「そりゃあ実際に格下ですし」

「表出ろてめえ」

「課題はいいんですか」

「………」

 相変わらずの無表情でしれっと言うジャスティンに、スイは頬を引き攣らせた。かわいくないやつ。リンの前ではあんなに目をキラキラさせてるくせに、リンがいないとなるとすぐこれだ。

「腹黒め。リンにチクるぞ」

「リンは寛容でどんな僕も受け入れてくださるので心配ないですね」

「神に心酔する宗教家みたいな表情と発言だな」

 危ねぇなこいつ。という目で見るスイを、ジャスティンは気にも留めない。そういえば帰りが遅いとリンへ想いを馳せている。スイは溜め息をついた。レポートやろう。

 そのまま黙々と自力でレポートを作成していくこと約四十分、なんとかレポートらしきものが出来上がった。確認すると、指定分量に達しているようだ。スイは笑みを浮かべ、ぐぐと伸びをした。小さく骨がなる。

「おわ……ったあ……」

 爽快感。ほくほくしていると、ベティのほうからも「おわった!」という歓声があがる。視線を向ければ、伸びをするベティと深々と溜め息をつくスーザンが目に入った。ハンナとアーニーに目をやると、とっくにレポートを終えたらしく二人でチェスをしている。ジャスティンは優雅に読書中だ。

 結局あまり役に立たなかった男に苛立ちを感じたが、スイは我慢した。ここで怒っても身体に悪いだけだし、自分は(精神年齢的に)ずっと年上だし、寛容な心で対処しなくては。うん。ボク大人だし。と自分に言い聞かせる。

 勉強道具を片づけてハンナたちがいるソファへと移動したとき、談話室のドアが開いた。見ると、クィディッチ・チームの選手たちが帰ってきたところだ。最後尾にリンの姿を見つけ、スイのテンションが上がった。

「……ただいま、スイ」

 すたすたと足早に歩いてきたリンが、ふんわりと笑った。そのままスイの横に座る。ジャスティンの「おかえりなさい!」は軽く流されたので、スイはざまあみろと思った。

「レポートは終わったの?」

「うん、なんとか。結局自力でやったよ、ジャスティンが助けてくれなかったから」

 わざとらしく言うと、ジャスティンが焦ってモゴモゴと弁解する。しかし当のリンはハンナたちの「お疲れ様」に返事をしていて、まったく聞いていなかった。安定の天然スルースキルである。

「練習はどうだったのさ」

「いつも通りだよ。みんなきれいに飛んでた。たまにロバートがヴィクターに喧嘩を吹っ掛けたりして、エドガーにゲンコツ食らったり。あと、珍しくセドリックがくしゃみしておもしろかった。それから……」

 いろいろと話しながら、リンは微妙に体重をスイへと預けてきた。表情はいつも通り淡々としているが、ぴっとりと控えめながらくっついてくる体温がかわいらしい。スイは思わず頬を緩めた。

 “いない”父親に、親らしいことをしてくれない母親。そんな環境で、双子とはいえ(引き継いだ精神年齢のぶん)頼れる姉として愛情を込めてリンに接してきたスイに、リンはなついてくれている。へたくそなりに甘えてくれるので、うれしい。

 おつかれーと意を込めてポンポン頭を撫でてやると、リンはぱちくり瞬いたあと小さく頬を緩めた。ほんわり、とでも表現すべきか。かわいい。スイは心中で悶えた。

 ジャスティンが殺意のこもった目でスイを射抜いてくるが、まったく気にならない。というか、もしかして彼がスイにとげとげしいのはこれが起因しているのか? と、ぼんやり思う余裕すらあった。とりあえず姉妹愛万歳。

「リンとスイはほんとうに仲良しね、うらやましい」

 いいなぁという目でハンナが呟く。「双子の姉妹だもの」と微笑むスーザンの横で、ベティは「たまーに、双子じゃなくてもっと年の差があるように見えるけどね」と何の気なしに言う。どきりとしながらも、スイは「はは、仲良しだろ」と笑ってみせた。

 ジャスティンが小さく舌打ちをしたが、アーニーが「ジャスティン、もっと寛容に。リンの幸せを壊すつもりはないんだろ?」と諭すと、殺意を収めた。最近アーニーの言いくるめ技術が向上していて、なんだか怖い。

「……なかよし」

 ぽつりとリンが呟いた。すぐ隣にいるスイにしか聞こえないくらいの声量だった。ずしり、預けられる体重が地味に増える。ちょんと、二人の身体の間にあるほうの手の甲同士が軽く触れる。

 スイはきょとんとしたあと破顔し、外側の手をリンへと伸ばした。

「うんうん、ボクも好きだよ、リン」

 きれいな黒髪をぐしゃぐしゃにする勢いで撫でる。ジャスティンが抗議の声をあげ、それを止めたベティと彼の間で口論が勃発する。にぎやかになった空間のなか、リンの口元に笑みが柔らかい浮かんだのを、スイはたしかに見た。



**あとがき**
 結城様リクエスト“もしもスイがリンの双子として生まれていたら”でした。
 スイが双子の姉ポジで生まれてたら、たぶん本編より愛情に慣れた「世界」主になるんじゃないかなと思います。しかしナツメさんの影響で基本的に淡泊な性格というのは変わらない。あと他人との距離感が不器用なのも変わらないかも。
 ジャスティンとスイは仲が悪め。彼は嫉妬しそうです。本編のベティポジっぽくなる。そのせいかベティの影が薄い。ハンナたちもだけど。申し訳ない。



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