「君は恐怖が強いだけで、ちゃんと実力がある子だぞ、ネビル。君に必要なのは、力をつけるための努力じゃなくて、力を引き出すための努力だ。つまり簡単に言うと、自信だ。大丈夫さ、恐れることはない。君はやればできる子だ」

 そんな格言めいた言葉を聞いて数秒後。スッキリした顔のネビルが廊下の角から現れた。リンに気づいて、明るく手を振ってくる。リンも手を振り返した。

「ごめんね、リン。スイを借りちゃって」

「気にしないで。基本的に暇なひとだから、話しかけてもらえると助かるんだよ」

「……そっか」

 柔らかく笑うネビルともう一度ひらひらと手を振り合ったあと、リンは廊下の角を曲がった。窓枠のところに、目当ての人物を見つける。今度はリー・ジョーダンに話しかけられていた。

「よっ、スイ、今日も人生相談か?」

「そうだよ。悩める子羊がたくさんいてね、ボクったら大忙し」

「へぇー」

「流すなよツッコミ入れろよ、ボクが恥ずかしいひとみたいだろ」

「いまさら」

 思いきり笑われていた。ネット用語の「ww」が語尾につけられているような会話だ。思わず笑みをこぼすと、スイとリーがそろってこちらを向いた。瞬間、同時に名前を呼ばれる。リンはリーに会釈をした。

「こんにちは、ジョーダン」

「よっ! スイの迎えか?」

 肩へと飛び乗ってきたスイを受け止め、リンが「そんな感じです」と肯定する。リーは「相変わらず仲良いな」と屈託ない笑みを浮かべた。

「んじゃ、俺もフレッドとジョージの迎え行こっと」

 頭の後ろで両手を組んで「知ってるか? あいつらいまスネイプの罰則受けてんだぜ」などとケラケラ笑うリーに、スイが「いったい何やったんだよ」と呆れ顔をした。リンが「あなたたちのほうこそ相変わらずじゃないですか」と苦笑すると、リーは「だろ?」と目を細めて踵を返す。ひらりと振られる手に、スイが尻尾を振り返した。

「……リーってさ、なんだかんだ言動がイケメンだよな」

 後ろ姿を見送ったスイが呟いた。リンは「そう?」と首を傾げる。スイは「そうだよ」と力強く首肯した。

「リーのやつ、けっこう人気あるんだぞ。リーについて女子生徒から恋愛相談しょっちゅう受けるくらいなんだから」

「スイが?」

「そ。ボクが」

「ふぅん、猿に恋愛相談する人いるんだね」

「君すごい失礼。言っとくけど、けっこうみんなマジで聞いてくるんだよ? 双子とリーは本当よく相談される。あと、相談はされないけど、セドリックとかロジャー・デイビースとかマイケル・コーナーとかエドガーとか、よく告白現場を見かける」

「へー」

「君興味ないだろ」

「まぁね」

 あっさりと肯定してのんびり歩きはじめるリンに、スイが呆れたように半眼になった。合わせて尻尾も揺れる。

「リンさ、もうすこしそういうことに興味持ったほうがいいと思うよ。せっかくの思春期なんだからさ」

「思春期なら“そういうこと”に興味を持たなくちゃいけないの? 二つの間に何の相関性があるの?」

「え、いや、それは、ほらアレだ。理屈だけでは説明できない複雑な関係なんだよ」

「すごい苦し紛れな説明だな」

 べつの声が会話に割って入ってきた。スイが目を見開いて振り返ると、マイケル・コーナーが呆れ顔で立っていた。その横でテリー・ブートがプククと笑い、アンソニー・ゴールドスタインが「やあ」と朗らかに片手で挨拶をしてくる。リンが「やあ」と返す傍ら、スイは半眼でマイケルを睨んだ。

「悪かったな、苦し紛れで。君らとちがってそこまで頭がよろしくないんだよ」

「当然だろ、猿なんかに知能で負けてたまるか」

「言ったなてめえ、あんまりボクをナメるなよ! 一応これでも数学は得意なんだからな! 微積分のテストで百点取ったことあるんだぞ! 漸化式ちょー得意でミスしたことないんだからな!」

「微積分に漸化式? なんだそれ」

「チクショウ魔法界育ちめ!」

 教育カリキュラムの違いのために意味が通じず、いかに自分の数学能力がすばらしいか伝えられなかったスイは地団駄を踏む。肩をダンダンと攻撃され、リンは片手でスイの頭を軽くはたいた。

 「痛い」「ごめん、降りるよ」とやり取りしていると、テリーがプハッと吹き出した。先ほどからよく笑うやつである。箸がころげただけでも笑える年ごろというやつかと呆れるスイの視線の先で、テリーは身体を震わせながら口を開いた。

「君ら、ほんと仲良いよな。ともだちとか、きょうだいみたいだ」

「僕も思った。スイはリンにいちばん近しいよね。フィンチ-フレッチリーが嫉妬するほどだし」

「当たり前だろ。ボクはリンの姉貴分だからな」

 テリーとアンソニーの言葉に、スイは誇らしげに胸を張ってみせる。マイケルが小さく鼻を鳴らした。

「猫と喧嘩するようなやつに姉貴風を吹かされてもな」

「おまえ一回なんか動物に変身してアイツと対面してみろ。すごい腹立つやつだから。堪忍袋とか一瞬で爆発するから」

「君の沸点が低いだけだろ」

「なんだとこのやろう、おまえの好きな子バラすぞ」

「はっ?! な、いやいや、ハッタリだろ、おまえが知ってるわけない」

「一学年下で、グリフィ、」

「悪かった! 僕が悪かったから言うな!」

 わたわたしだすマイケルとニヤニヤ優越感に浸るスイ。二人を眺めて、リンは笑みを浮かべた。「けっこう低レベルな会話だよね」と呆れるアンソニーに「本人たちが楽しそうだからいいけど」と相槌を打つ。

「……そろそろ帰るよ、スイ」

 声をかけると、スイはマイケルに舌を出し、会話を終わらせた。小さな身体を軽く撫でて、リンもマイケルたちへと視線を向ける。

「じゃあ、またね」

 ひらりと手を振れば、三者三様の挨拶が返ってきた。それらを丁寧に受け取って、リンは歩き出す。肩の上のスイが語る「今日の出来事」に耳を傾けながら、彼女と一緒にホグワーツに来れてよかったと再実感した。



**あとがき**
 今鹿様リクエスト“「世界」if スイが皆の前でも喋っていたら”でした。
 ふだん人前ではしゃべらないスイといろんなひととを絡めさせることができて、とても新鮮でした。スイはいいツッコミかつ話を広げてくれる役なので、会話が楽しかったです。本編でもそういう設定にしてしまえばよかったかなと若干の後悔が湧き上がったり 笑
 大人なようで、意外と子どもっぽい。それゆえの身近さが伝わればいいなと思います。



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