「今年のハッフルパフ生も安定だなー。見るからにハッフルパフっぽい子ばっかし入ってくる」

「そうだな」

「ハッフルパフっぽい子ってどんな子だ?」

「うるせえロブ察しろ」

「ひでえ」

 新入生の組分けの儀式を眺めながら、エドガー、ローレンス、ロバートが言葉を交わす。適度に相槌を打ちつつ、セドリックは残る新入生へと視線を滑らせた。あと数人だ。

 ザカリアス・スミスという名前が呼ばれて、金髪の男子生徒が前へ出る。その影になっていた子の顔が露になって、セドリックは息を詰めた。周りから音が消える。

 小さな猿を肩に乗せ、その身体を撫でながら順番を待つ女の子。広間の明かりを反射するきれいな黒髪と、白い肌色が印象的な静かな横顔。時折かすかに身じろいで猿へと視線を向け、ほのかに笑みを浮かべる彼女に、心臓が大きな音を立てた気がした。



「……そういうわけで、あの、好きです」

 長々と経緯を語ったあとにそうまとめる。ドキドキしながら反応を待つが、肝心のリンは呆然と硬直していた。

 一目惚れというものをしてから早半年が経過。いつまでもウジウジしてんな攻めろと友人たちから背中をど突かれるまま、彼女を呼び出して勢いで告白。きょとんとした彼女から「お話したことありましたっけ……?」と問われ、とりあえず好きになったいきさつを語ってみた。うん、冷静に考えると見当違いな語りだった気がする。だが訂正がきくものでもない。

「……あの、リン」

 とりあえず声をかけて硬直を解こうとしたとき、リンの肩にいた猿(スイという名前らしい)が、リンの頬をペチリとたたいた。びっくりするセドリックの前で、リンがはたと我に返り、スイを見る。スイはセドリックを指さした。

 けっこう知能が高いなんて思って見ていると、スイとセドリックの目が合う。ほら続けたまえ、と言わんばかりの表情をされ、セドリックはつい背筋を伸ばした。

「あの、リン」

「は、はい」

 どぎまぎした様子でリンも姿勢を正す。その姿に既視感を覚えて、さすがいとこだなと、セドリックはぼんやり思った。

「すぐに返事を求めてるわけじゃないんだ。ただ、ひとまず僕の気持ちを知ってもらいたくて」

「……返事?」

「………好きとかきらいとか、僕と男女交際はできないとか、そういう感じのこと」

 何のことかと言わんばかりの不思議そうな顔をするリンに、スイが呆れた表情で彼女の頬をたたき、セドリックが曖昧に説明する。リンは合点がいったのか、頬を染めて「すみません」と謝罪した。

「あの、交際はたぶん無理です。ごらんの通り、私すごく無知で、きっとあなたに不快な思いをさせてしまうかと、」

「僕はぜんぜんかまわないよ、それで」

 早口でまくしたてるリンを思わず遮る。びっくりした様子で視線を向けてくるリンを気遣う余裕もなく、セドリックもまくしたてる。

「ただリンと並んで何気ないことを話したり、たまにどこか出かけたり、そんな風に一緒の時間を過ごせれば満足なんだ。手をつなぐとか、ハグとか……キスとか、そんなこともできたらいいとは思うけど、でもリンが抵抗を感じるならしなくてもいいし、えっと……その……」

 だんだんと自分の発言内容が恥ずかしくなってきて、言葉が尻すぼみになる。けっこう欲張りだな自分。リンも真っ赤な顔で硬直してるし。引かれてるかもしれない。でもとにかく押そう。やけだ。

「無理にとは言わないけど、男女交際も視野に入れて……とりあえず当面は友人として、僕と付き合ってほしい」

 耳の奥で鳴っている心臓の音を聞きながら、まっすぐにリンの目を見て言う。握った手のひらに汗を感じた。震えそうになる身体に力を入れて、じっとリンの返答を待つ。

「……私、まだ十二歳の子どもです。日本人だし、明るくかわいらしい性格じゃない」

「僕だって十四の子どもだよ。あと人種とか血筋とか僕は気にしないし、リンの淡々とした性格も好きだ」

「……、ほんとに無知で疎くて、ムードとかぶち壊すだけだと」

「僕が粘り強くがんばるよ。それに、慣れてるより無知でいてくれたほうが、僕の精神衛生にもいいと思う」

「………たぶん、ほかの女性を選んだほうが、幸せになれるんじゃないでしょうか」

「僕はリンがいいんだ」

「………、私、あなたのこと、名前と学年しか知らないです」

「これから知っていってくれればいいよ。そういう意味を込めて、友人関係からはじめたいって言ったんだし」

「…………あなたのイメージと実際の私はぜんぜんちがうかもしれないです、し」

「そのあたりのことも、これから知っていきたいって思ってる」

「……………」

 ひとつひとつ丁寧に言葉を返していくと、やがてリンが黙ってしまった。ぎゅっと唇を結んで、困ったように視線をさまよわせる。スイがポンと彼女の頬を軽くたたいた。……もしかして、遠回しな断りだったんだろうか。

「……ごめん。もしかして、僕のこと拒否してる感じかな。だとしたらごめん、気づかなくて」

「え……あ、いえ、そういうわけでは……」

「そっか、よかった」

「…………」

 ほっと肩の力を抜く。正面のリンは視線を落とした。彼女が何も言わず、彼女の返答を待つ立場の僕も黙っているため、沈黙が訪れる。

 数秒して、スイが身じろいだ。リンの耳元へと顔を寄せ、ひそひそ話のポーズを取る。リンが何か言いたげにスイを見たが、スイの尻尾がリンの背中を軽くたたいて、リンは口を閉じた。

 なんだか会話してるみたいだなと思って見ていると、リンが視線をセドリックへと戻してきた。長い睫毛の奥にある目がゆらゆら揺れていて、どきりとする。

「……友人関係なら、持ってもいいです」

「っほんとかい? ありがとう!」

「ですが、男女交際に発展するかは、保証しませんからね? まったく発展しない確率のほうが高いです」

「それでもいいよ。うれしい」

「………っ、」

 頬を緩ませて笑うセドリックに、リンは視線を逸らしてぎゅっと唇を引き結んだ。セドリックが「よろしく」と差し出した手を、逡巡のあとそろそろと取る。その手を握りしめて、セドリックは幸せそうに笑みを深めた。



**あとがき**
 ルル様リクエスト“「世界」のifで、(リンちゃんの)入学式当日にリンちゃんに一目惚れしてしまったセドリック”でした。 結ばれるかについて言及がなかったので、とりあえずはじまりのワンシーンという形で書いてみました。不服でしたら申し訳ない。
 あと「押せ押せなセドリックとタジタジで女の子らしい反応なリンちゃん」とのご希望でしたので、そんな雰囲気を目指しつつ。うまくいったかな、タジタジのあたりがわかりづらい気が。
 セドリックは押す場合、天然で断りづらさを与えながらグイグイくるイメージです。ただでさえきっぱり断れない日本人にはつらいタイプ。天然なのが性質悪い。そんな私のイメージを書き入れてみましたが、伝わればいいなと思います。



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