視線だけでひとを殺せるんじゃないか。と思わせるほど鋭くにらみ合っているのは、お馴染みのジャスティンとノットだ。今日も今日とてリンを追いかけてきて出くわしてバチバチと火花を散らしている。はた迷惑な連中だ。肩の上のスイもげんなりしている。

「ほら、リンが迷惑しているでしょう。それもこれも君のせいだ。責任を取っていますぐリンのまえから失せてください」

「なぜ僕だけのせいになるんだ。貴様のせいでもあるだろう。僕が失せるなら貴様も失せるのが筋だ」

「僕が失せるだなんて、意味がわかりませんね。僕はリンの平穏を守るため常におそばに控える身。失せてはお役に立てないだろう考えろ脳なし」

「馬鹿か。貴様よりリンのほうがよほど強い。どう見ても貴様はむしろリンに守られる側、つまり荷物だ邪魔だ迷惑だ失せろ身の程知らず」

「リンは周囲からご自分に向けられる好意に関して妙に鈍感なのです。それに付け込もうと画策する貴様のような輩を駆除するのが僕の仕事なんだわかったかこの害虫」

「やさしさに付け込んで四六時中つきまとっている貴様こそ害虫だろう自覚しろこのストーカー」

 二人とも良いとこ出身のくせに、意外と口が悪いよなあ。毒舌の応酬を聞きながらぼんやりとスイは思った。同意を求めてリンを見たが、我関せずと本を立ち読みしはじめていた。自分をめぐって争っている者たちを放置するのはあんまりだと注意すべきか、見放して去らないぶんまだやさしいと褒めるべきか。

 わしゃわしゃと後頭部を掻くスイのまえで、ついに二人は互いの胸倉をつかんで顔を突き合わせていがみ合いはじめる。以前ジャスティンが魔法で攻撃を仕掛けてノットが応戦した際にリンから説教を食らったため、魔法には頼らない方向でいくらしい。とはいえ二人とも良い家柄出身なので、取っ組み合いの醜い喧嘩の仕方は知らないようだ。良いことなのやら悪いことなのやら。

「そろそろ止めろよ」

 つんつんとスイがリンの肩をつつく。リンは本から視線を上げて二人を一瞥して、本を閉じた。パタンと音がして、二人が同時に視線をリンへと向けてくる。あいかわらずリンに関しては地獄耳だ。

「ところでノットは何の用だったの?」

「家から『世界魔法生物図鑑』最新巻が送られてきたから、リンと読もうと思って」

 ……それは魅力的。リンの気持ちが揺らいだ。それを感じ取ったのか、ノットが自分の鞄を軽く持ち上げて「いまここにある」と遠回しに誘う。ジャスティンが乱暴な手つきでノットを突き飛ばした(あいにくとノットは踏みとどまって倒れなかったが)。

「リンは僕と、僕に『数占い』の課題を手伝ってくれる予定だ!」

「そんなこと頼まれた覚えないけど」

「いまようやく頼む機会が訪れたものですから!」

 いま思いついたの間違いだろ。スイは心のなかでツッコミを入れた。しかも横入りだし。ノットも同じ考えらしく、乱れたローブを正してから眉間に皺を寄せてジャスティンをにらんだ。

「いま頼んだのなら、リンは了承してないだろう。それなら僕の誘いを受けることだってできるはずだ」

「僕の用件のほうが緊急性があるんですよ、なにせ今日中に仕上げなくてはならないんですからね。それに君はリンに図鑑を見てもらいたいだけでしょう? リンに本を貸して帰ればいいじゃないですか」

「貴様こそ、今回の『数占い』の課題ならただの復習用課題だ。教科書とノートがあれば事足りる。わざわざリンの手を煩わせる必要はない。それとも、リンの次に成績が優秀だと僕に豪語してみせた貴様が、僕が簡単にこなせた課題に手こずっているとでも?」

 ジャスティンのこめかみに青筋が浮かんだのを、スイは目撃した。ギリギリと歯を食いしばってノットをにらんでいる。効果音をつけるなら「ぐぬぬ」といったところか。……見ている限り、どうやらノットのほうが上手〔うわて〕なようだ。

「……ノットと図鑑を読みながら必要なときにジャスティンに課題を教えるってのは?」

 黙って考えていたリンが、あいだを取った意見を提案した。が、即座に「なぜ僕がこいつと」と異口同音に返されて、あれと首をかしげる。二人の本音にまったく気づいていない様子に、スイがガックリ脱力した。ジャスティンとノットの言い合いが再開される。

「リンは僕の頼みを優先してくれます! ノットより僕とのほうが仲良いですし!」

「それはどうだか。提案内容としては、僕のほうがリンには魅力的だ」

「ひとが誘いを受けるかどうかの判断には、内容より人物のほうが強い影響を与えるんですよ、君はこんなこと知らないですかもしれませんが」

「そのくらい知っている馬鹿にするな。それに、リンの僕と貴様への好感度など同じくらいだ自惚れるな」

「……もし、仮に、万が一、そうだとしても! リンへの愛なら負けない! 一年生のときからずっとリンへ敬意を抱き続けてきたんだ」

「年数だけでものを言われてもな。僕がリンに抱く敬意は、貴様も凌ぐ」

「そんなことない! ですよね、リン!」

「えっ」

 リンの肩が跳ねた。予想外のタイミングで矛先を向けられ、明らかに困っている様子だ。漫画でいう冷や汗マークがありそうだとスイは思った。しかしジャスティンはおかまいなしにリンへと詰め寄ってくる。

「僕のほうが良い友人ですよね!」

「いや、リン、どちらが良い友人かは、答えなくていい。それよりどちらの誘いを受けるのか答えてほしい」

「僕ですよね!」

「だから、………いや、考えてみればそうかもしれない。寮や家風などで差別せず僕を受け入れてくれるリンだけど、スリザリン生である僕と一緒にいるときの周囲の視線に、きっと心を痛めているだろう……僕はリンのことを敬愛に値するかけがえのないひとだと思っているけど、きっと、リンは……」

「え、いや、大丈夫。私もちゃんとノットのことを大切な友人だと思ってるから」

「……ほんとうか? 僕の今日の誘いは迷惑では?」

「ないから。大丈夫だから」

「そうか……なら、今日は僕と過ごしてくれるんだな。ありがとう、リン。すごくうれしい」

「え、あ、うん……?」

「リン! そんな姑息な演技に引っかからないでください!」

 さっきまで気落ちした雰囲気でうつむいて視線をさまよわせていたノットが、打って変わって穏やかに微笑んだ。なにこいつ怖いとスイが震えたところで、ノットの豹変に呆然としていたジャスティンが我に返って叫んだ。だが時すでに遅しだ。

「言質は取った。残念だったな、フィンチ-フレッチリー」

「リンのやさしさに付け込むなんて卑怯だぞ……!」

「目的のためには手段を選ばない狡猾さがスリザリン生の美徳だ」

「悪徳だろう!」

 地団太を踏みかねない勢いでわめくジャスティンを、ノットが涼しげな表情で見下ろす。スイは、額に手を当ててうなだれているリンの背を尻尾でたたいてやった。



**あとがき**
 カナリア様リクエスト“「世界」主で、ジャスティンとセオドールにわちゃわちゃ取り合いされる話”でした。(こんな感じでいいのか不安です……)
 どちらが勝つのか、そもそも決着がつくのか明記してなかったので、勝手にセオドールを勝たせてみました。ジャスティンはふだんから出番あるからいいよね 笑
 ジャスティンとセオドールが出くわすとセリフの毒性が強くてかなわない。わちゃわちゃってかピリピリになってしまう。ぜんぜんかわいらしくならない。最後のほうで雰囲気を変えてみたので、そこでかわいらしさが少しでも出てることを祈ります。



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