とある女子が気になる鉢屋



 ――― 鉢屋三郎。

 十七歳。私立大川学園高等部二年二組、学園祭実行委員会、合気道部に所属。

 容姿端麗、成績優秀。髪型や制服の着こなしや持ち物のセンスが良く、社交性もある。

 一見モテそうなタイプだが、物に対しても事に対しても人に対しても好き嫌いが激しい人間なので、男子はともかく女子受けは実はあまり良くない。

 上述の理由から、交友関係は「浅く広めに時々深く」がモットー。特に初対面の人間には完全に一線を引いて接する。そのくせ趣味は人間観察。

 そんな鉢屋がいま一番気にしている存在(観察対象)というのが、彼の隣のクラスに在籍する、ろくに話したこともないような一人の女子生徒 ――― ××**であった。


「……三郎、××さんのことガン見しすぎ」

 久々知兵助の肩越しに××を観察していた鉢屋に、ちょうど彼の前で昼食を取っていた尾浜勘右衛門が言った。

 鉢屋は視線を××から外して、勘右衛門へと移す。勘右衛門は呆れ顔を鉢屋に向けていた。

「さっきから、だまぁーってじぃーっと見つめてさぁ、どうかしたの?」

「別にどうもしないさ。ただ観察してただけだ」

「それ悪趣味だからやめなよって、僕いつも言ってるよね?」

「三郎は言っても聞かねえだろ」

 まったくもうと溜め息をつく不破雷蔵の言葉を、竹谷八左ヱ門が明るく笑い飛ばす。

 そのあと「八ちゃん、俺の方に米粒飛ばすな。俺の豆腐が穢れたらどうしてくれるのだ?」「お、おう……わりいな、兵助」「兵助、瞳孔ちょっと開いてる。怖いよ」「え、そう? ごめん、雷蔵」「俺への謝罪はねえんだな……」「は?」「八、一応言っておくけど、そもそもの原因は君だからね?」「す、すんません……」と応酬が続く。

「ところで三郎、なんで××さん観察してんの?」

 若干冷や汗をかいている竹谷を興味なさげに見ていた鉢屋に、あんぱんを食べ終えた勘右衛門が、新たにクリームパンを開封しながら質問した。

 それを機に、不破と竹谷が意識をこちらへと向けてくる。久々知だけが鉢屋以外のもの(豆腐)に視線を注いでいて、他はみんな鉢屋を見つめてくるという状況になった。

 鉢屋は缶コーヒーを一口飲んだあと、少し離れたところで数人の女子生徒と昼食を取っている××へと視線をやった。

「……だって、あいつ、不思議じゃないか」

 はて、と不破たちは首を傾げた。

 不思議とはどういうことだろうか? 彼らから見たところ、××という女子生徒は至って普通の、どこにでもいるような女の子であるように見受けられるが。

 それを口にすると、鉢屋は視線を戻して「それだ」と言った。

「ほとんどの奴が、××のことを平均的な奴だと思っている。それが不思議なんだ」

「……えーと、××は普通じゃないってことか?」

 困惑した様子の竹谷の問いに、鉢屋が頷く。不破は目を瞬かせ、勘右衛門は興味深げに鉢屋を見つめつつ、メロンパンを咀嚼し、久々知は保冷バックからデザート(杏仁豆腐)を取り出していた。

 一組の二人の食に対する意地(執着)は理解し(慣れ)ているので、鉢屋は気にすることなく真面目に話を続ける。

「八左ヱ門、よく見ろ。××は普通に美少女だろう」

「三郎、ちょっと日本語おかしいよ」

「んん……お、ホントだ。けっこう可愛い」

 不破の声は、竹谷の声にほとんど掻き消された。

 勘右衛門が笑顔で「八ってばホント面食いだよねー」と言い、メロンパンの最後の一塊を口に放り込む。その横で、食事を終えた久々知が「顔しか見てないから、ろくでもない女に引っかかって泣きを見る羽目になるのだ」と辛口批判をした。

 竹谷が何かを言う前に、鉢屋が久々知に水を向ける。

「兵助、知っているか? ××は頭がいいんだ」

「知ってるのだ。学年上位二十番……調子がいいときは十番以内に入ってるの、××の周りの女子が騒いでるから、分かる」

 おほー……と感心する竹谷に、久々知が「その口癖やめた方がいいぞ、なんか卑猥だから」と辛辣な一言を送る。

 「さっきから兵助が俺に冷たいんですけど?!!」「ほら、八、さっき兵助の豆腐に米粒飛ばしかけたから……」「未然なのにこの態度?!!」「黙れ焼きそば」「ひでえ!」「ほら、兵助は根に持つタイプだから……」「俺より勘右衛門の髪の方が特徴的だろ?!」「は?」「兵助が怖い!」「ほら、兵助は勘右衛門のこと大事にしてるから……」「なにこの扱いの差?!」などと騒がしいメンツを無視して、鉢屋は、ドーナツを手にしている勘右衛門を振り返る。

「勘右衛門、気づいていると思うが、××は運動神経もいい」

「うん。スポーツテスト、全部の種目で、十点満点中、八点以上取ってたらしいね」

 すごいよねーと言った後、勘右衛門は一気にドーナツの四分の一を口に含んだ。

 モゴモゴと、リスのように口(というか顔)を動かす勘右衛門を見て、竹谷が「……勘右衛門、ちょっと食いすぎじゃね?」と心配そうに言った。しかし「八ちゃんの分際で勘ちゃんの行動に口出しするな、この虫野郎」と久々知に言われ、「もうマジでいいかげん許してください兵助さん!」と拝み倒す。「兵助って豆腐のことになると短気で陰険になるよね」と不破。「いまもう豆腐関係ないよな?!!」と竹谷が律儀にツッコミを入れた。

「つまり何が言いたいかと言うとだな!」

 鉢屋が少し声を張り上げると、不破が素早く話を聞く体勢を取った。竹谷と久々知も口を閉じて、殊勝に鉢屋を見る。勘右衛門も、ドーナツの残りを丸ごと口に入れて咀嚼し、飲み込んだ。

「容姿も含めて、××は全てにおいて、十段階評価で言えば八か九、上の下もしくは上の中という位置を確立しているのだ!」

「微妙な立ち位置だよねー、そりゃ気づかれにくいって」

「それなのに、何故みんな××を中の中にいる奴だと思っているんだ? 私は納得がいかない!」

 笑顔の勘右衛門の言葉を無視して、鉢屋はブツブツと考え始める。

「理由や如何に? 何か、人の目を誤魔化すような不思議な力を、××が持っているとでも言うのか? それとも ――― 」

 不破たちは互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。もはやツッコミを入れてやるのも億劫だ。鉢屋には悪いがしばらく放置させてもらおう。

 全員で身体の力を抜き、楽にする。竹谷は大きな伸びまでした。

「ったく、なんであんなにも××の評価にこだわるんだか」

「そりゃ、好きだからでしょ」

「はぁ?」

 ニコニコ笑う勘右衛門の言葉に、竹谷が素っ頓狂な声を上げた。不破は「ああ、なるほど」と頷く。しかし、久々知は眉をひそめた。

「三郎が××を好きだとしても、あそこまで騒ぐ理屈が分からないのだ。中の中なら別によくないか? 一番下に見られてるわけじゃないんだし」

「えー、じゃあ兵助。たとえばだけどさぁ、世界中の人が『豆腐の美味しさなんて、食べ物の中では中の中だよな』って言ってたらどうする?」

「ふざけるな豆腐は食べ物の中で最上位に光臨するに決まってるだろうが舌腐ってんのかこのクズ共、ってネット上で罵る。とりあえず」

「怖えよ。そのあと何する気だよ」

「それと同じ原理だよー、相手が違うだけで」

「すごい例え方しちゃったね勘右衛門」

「そうか! なるほど納得なのだ!」


 間の竹谷と不破の言葉を全て無視して、久々知はキラキラした瞳で頷いた。

 竹谷と不破は閉口する。ここは何も言わない方がいいのだろうと思ったのだ。不破にしては珍しく、一瞬たりとも迷わなかった。

「えーっと……あ、そうだ! 三郎はなんで××のことを好きになったんだ?」

 いい感じの話題を思いついた風情で、竹谷が勘右衛門に問う。視線を向けられた勘右衛門は、団子の串を片手にニッコリ笑う。

「去年の学園祭の準備のときに、三郎が××さんに運命感じたんだよー」

「へえ……そんないい雰囲気になってたの?」

「そりゃあもう。二人とも、絵の具とペンキまみれのつなぎ着て軍手して、めちゃくちゃ集中して立て看板の色塗りしててさぁ」

「いやそれ全然いいムードじゃねえよな?」

「それで、三郎はどんな風に××さんに運命を感じたの?」

 想像した竹谷が思わずツッコミを入れるが、不破は興味の方が勝り、勘右衛門の方へと身を乗り出した。団子を二つ一度に頬張っていた勘右衛門は、パチパチと瞬きをして、やがて目尻を下げる。

「……ふふ、一から説明するのめんどくさいから、ひみつー」

「そこは嘘でも『三郎に悪いし……』とか言っとけよ」

「え? だって三郎、自分が××さんのこと好きだって気づいてないし」

「嘘だろ??!」

 渾身のツッコミをかます竹谷に「ホントだよー」と言って、勘右衛門は、未だに××を見つめてブツブツ言っている鉢屋を振り返った。

「ねー三郎。三郎って××さんのこと好きなのー? って八が言ってる」

「は? なに馬鹿なことを言ってるんだ。そんなわけないだろう」

「ないわけあるかバカかお前!」

 至極真面目な顔で言い放った鉢屋に、竹谷も真面目に突っ込む。

 彼の背後で、勘右衛門たちが「八ってば今日突っ込みすぎだよね」「よくやるのだ」「いや、今日一番ツッコミ入れさせたの兵助だからね」などと会話していたが、この際無視して、竹谷は鉢屋に詰め寄った。

「寄るな暑苦しい」

「おまっ、好きだから××のこと気にしてるんだろ?!!」

「何を言う。これは人間観察の延長だ。したがって、私が××に対して抱いている感情は好奇心以外の何物でもない」

 キッパリと真顔で言い切る鉢屋に、竹谷は口をあんぐりと開けた。呆然と「嘘だろ……?」と呟く彼に、鉢屋は「本当に決まっているだろう。阿呆な勘違いも程々にしろ、この焼きそば」と舌打ちをして、再び××に対する世間の評価について考え出す。

 それを見て、不破が眉を下げた。

「三郎ってば、変なところで疎いからね……」

「まったく世話が焼ける奴なのだ」

「疎いとかいう次元じゃないだろあれ?!!」

 不破と久々知の会話に喚く竹谷の肩をポンポン叩いて、勘右衛門はヘラリと笑った。

「まぁまぁ、だまぁーって生温かく見守っててあげようよ」

 おもしろそーだし。ウキウキと言って、勘右衛門は綺麗に平らげた団子の串を、すでに空き袋でいっぱいになっているビニール袋の中に、突き刺すように突っ込んだ。



無自覚な恋 
 (応援してあげよう、友達として当然の行為だからね!)



****
 夢主が登場しない話を書いてみたかったので。
 完全なるキャラサイドの話、名前変換があるだけのエセ夢小説でしたが、案外楽しかったです。またいつか機会があれば書きたいな。

 sincere の中の五年は基本こんな感じです。久々知(無意識)と尾浜(意図的)の空気の読まなさ具合が好きです。鉢屋は普通に変人(not変態)。不破は安定の癒し系。竹谷は巻き込まれ(とばっちり)タイプの苦労人。がんばれ竹谷。

お題配布元:サンタナインの街角で


Etcerera Main Top