三年は組の学級委員長



「……よし、決めた。****にしよう」

 とある夜、三年長屋の一室にて、浦風藤内はグッと拳を握った。

**

「起立、礼」

 ××****による淡々とした号令のあと、全員が揃って「ありがとうございましたー」と言い、本日の三年は組の授業は終了した。

 先生が出ていった途端ガヤガヤ騒がしくなる室内で、使い終わった教材を片付けながら、藤内は慎重に××の様子を窺う。藤内から少し離れた場所 ――― 教室前方の戸口に一番近い席に、××はいた。

 藤内と同じように、自分の荷物を手早くまとめている。慌ただしく教室を出ていく者たちに声をかけられては返事をし、爽やかに彼らを送り出す。そうして支度を整えて立ち上がり、藤内たちの方を振り返った。

「数馬、藤内、昼ご飯食べに行こう」

「ご、ごめん、ちょっと待って」

 返事をしたのは、藤内の隣の席の三反田数馬だ。また不運を発動して、せっかくまとめた荷物を、食堂に急いでいた誰かに蹴り散らされていた。

「数馬、大丈夫?」

「う、うん……大丈夫……よし、準備できた!」

 行こう! と笑った三反田に、××もニッコリ笑って頷き、藤内たちと共に教室をあとにした。


 三人並んで歩きながら、藤内はいつにも増してじっくりと(××にバレない程度に)××の様子を観察する。

 転びかけた三反田の腕をサッと掴んで転倒を未然に防ぎ、廊下を歩いていた一年い組の生徒数人から挨拶をもらって返し、どこからか飛んできたバレーボールを弾き返し、仲良く移動していた一年ろ組の子たちに挨拶をもらって返して少し会話をし、擦れ違った五年生の先輩方に挨拶をし、駆けてきた一年は組の集団(群れ)から三反田を避難させ、そして彼らに囲まれる。

 いつも通りの流れであるが、藤内は真剣に観察し、メモを取った。それに気づいた三反田が、不思議そうな表情を浮かべて藤内を見てきた。

「藤内? 何してるの?」

「え……あー……、ちょっと、さっきの授業で板書してなかったところ思い出して」

 曖昧に笑って誤魔化した藤内は、一年は組の集団を促して歩き始めた××を追う。三反田が慌ててついてきた。


 四年生になると、一日誰かを尾行・調査する課題が出されるようになる。委員会の先輩からそれを聞いた藤内は、その予習をしてみることにした。

 そして、今日一日観察する者として選んだのが××****だ。穏やかで親切で、成績優秀で、いつも人に囲まれている、三年は組の頼れる学級委員長。

 そんなすごい相手を無事に観察できるか不安にもなったが、初めてのことなので成功しないのは百も承知。それならせっかくだし××にしてみようと思ったのだ。

 というわけで、今に至る。


「おーい、ジュンコー」

 スタスタと中庭を歩きながら、××は某同級生の愛蛇を捜す。つい先程、三年い組の伊賀崎孫兵が「ジュンコが! ジュンコが行方不明なんだ! ****、頼む! 一緒に探してくれ!」と××に頼んだ(拝み倒した)のだ。

 うわ、めんどくさい……と、傍で聞いていた藤内は思ったのだが、××は二つ返事で了承し、現在捜索に勤しんでいる。

「ジュンコー?」

 きょろきょろ辺りを見渡しつつ、軽い足取りで、しかししっかりと落とし穴を避けて、××は学園を徘徊する。よくやるなぁと藤内が見ていると、不意に××が足を止めた。

 藤内が隠れている茂みから顔を覗かせて注視する先で、××は穏やかに微笑んで、彼のすぐ前にある木の枝へと腕を伸ばした。

「……やっと見つけた、ジュンコ」

 どこの恋物語の男の台詞だ、と思わずツッコミを入れたくなるようなことを素で言ってのけ、××は無事にジュンコを保護(捕獲)した。

 そのあと伊賀崎のところへ行こうと動き出した××は、ふと動きを止めた。それを不思議に思った藤内が、もっと××を観察しやすいところへ移動しようとしたときだった。

「一体全体、作兵衛と三之助はどこなんだ ――― っ!!!」

 突然、叫び声と共に(藤内がいるところとは別の)茂みから同級生が一人飛び出してきた。三年ろ組の神崎左門、通称「決断力ある方向音痴」だ。どうやらまた迷子になっているらしい。

「やぁ、左門」

「ん? おお、****じゃないか! こんなところで会うなんて奇遇だな!」

 全く以てその通りだと思う藤内の視線の先で、××は笑顔のまま神崎に問う。

「左門、昼ご飯は食べたのかい?」

「いいや、まだだ! 授業が終わって作兵衛と三之助と行こうと思ったのだが、あいつらが勝手に消えてしまったから、今探してるところなんだ!」

 三之助はともかく、作兵衛は消えてない。消えたのはお前だよ。そう突っ込みたくなった藤内だったが、隠れている手前黙っているしかなかった。

 一方の××は、そこには触れないことにしたらしかった。

「そう。じゃあ、とりあえず食堂行ってみようか。ひょっとしたら、二人共もう着いてるかもしれないし」

「ん? うーん……よし、分かった。****が言うなら、そうしよう! 食堂は ――― 」

「あっちだから」

 回れ右して中庭の奥へと進もうとする神崎の足を、××が引っかけて倒す。ぐえっと蛙が出すような声が神崎の口から出たが、××は一切気に留めない。

 神崎の身体を起こし、彼の背中を横断させた長めの手拭いを、脇から前に通して、彼の首の後ろで結び、その結び目を握って、神崎を仰向けにしたまま引きずっていく。

 ちょっと扱いがひどいのでは……という藤内の心配をよそに、当の神崎は「おお! こういう移動の仕方も面白いな!」と喜んでいる。

 いいのか、それで。藤内は額を押さえた。

「……あ。おーい、作兵衛」

「あ? ****! ちょうどいい! 左門か三之助見なかったか?」

「左門なら、ここに」

「…………」

 食堂に行く途中で、××(と神崎)は、迷子捜索中の富松作兵衛と出くわした。××に引きずられている神崎を見て一瞬唖然とした富松だったが、すぐに眉を吊り上げ、拳を神崎の頭頂部に振り下ろした。

「痛い!!!」

「こんっのバカ!! いきなりいなくなるなっつってんだろぉが!!!」

「作兵衛、落ち着け」

「これが落ち着いていられっか!!」

 くわっと目を見開いて吼え、富松は懐から取り出した縄を神崎に手早く巻き付けて縛り上げる。見事な早業である。

 今度の実習か何かで対戦するときに備えて、縄抜けの練習をしておいた方がいいかもしれない……。そんなことを、藤内はうっかり本気で考えた。

「作兵衛、左門連れて食堂に行って、昼ご飯食べてなよ」

 不意に××が、ブツブツと左門に説教をする富松に向かって、神崎に巻いていた手拭いを畳みながら言った。しかし富松は首を振る。

「でも三之助が、」

「あいつなら僕が見つけて連れていくから。作兵衛だって空腹だろ?」

 そこで、タイミングよく富松の腹の虫が鳴いた。

 髪色と同化するのではないかと思うくらいに顔を真っ赤にする富松にニッコリ笑い、××は少々強引に二人を送り出した。そのあと、首に巻き付けたジュンコを撫で、歩き出す。

 スタスタと中庭から移動し、まず生物委員会の本拠地である飼育小屋を訪れた。今日の当番なのか、一年ろ組の初島孫次郎と一年は組の夢前三治郎がそこにいた。

「あ……****先輩、こんにちはー」

「え? あ、本当だー! ****先輩っ、こんにちはー!」

「こんにちは、孫次郎に三治郎。孫兵いるかな?」

「伊賀崎先輩なら、竹谷先輩と一緒に毒虫小屋で泣く泣く作業してまーす」

「そうか、ありがとう」

 一年生たちにお礼を言って、××は小屋の方へ行く……のではなく、小屋の方を向いただけだった。そして、口の横に手を当てる。

「おーい、孫兵、ジュンコ届けにきたよー」

「先輩……そんな声じゃ伊賀崎先輩聞こえません……」

「ジュンコ ――― ?!!」

「え、うそ、聞こえ……って、速っ!!!」

 初島の予想を外れ、伊賀崎がすごいスピードで××……基〔もとい〕ジュンコの元へと馳せ参じた。いつも笑顔でボケ担当(?)の夢前が思わずツッコミを入れる。しかし当の伊賀崎と××は至って通常運行だ。

「ああああジュンコ! 探してたんだよ! 散歩はいいけど遠くに行ったらいけないと言ってるだろう?!」

 だから、散歩じゃなくて脱走だよ、それ。

 藤内は思ったが、離れていて声が届かないだろうし、たとえ届いても聞こえちゃいないだろうので、心の中に留めておく。××もそう考えているのか、そこには触れなかった。

「じゃあ、孫兵。僕はこれで」

「ああ、うん……****、本当にありがとう」

「いえいえ」

 爽やかに踵を返し、××はスタスタと来た道を戻る。背後でなされている「それにしても無事でよかったよジュンコ ――― !」「孫兵! いい加減作業に戻ってこい!」という応酬は無視だ。

 ××はふと方向を変え、ざっくざっくと穴掘りに勤しむ四年い組の綾部喜八郎の横をサッサと通り過ぎ、長屋の方へ行く。

 一年、二年、三年の長屋を通過し、隠れ抜け道を通って学舎の方へと出る。辺りを見回しながら歩き、不意に動きを止めた。

 ちょうど廊下から地面に飛び下りたところの、三年ろ組の次屋三之助、通称「無自覚な方向音痴」を見つけたのだ。

「三之助、止まれ」

「ん? おお、****! どうし、たぁあ?!!」

 歩きながら振り返った直後、次屋の姿は消えた。

 ぎょっと目を見開く藤内とは反対に、××は深々と呆れた風に溜め息をつき、地面にポッカリ空いた穴に近づいた。

「落とし穴があるから気をつけろって言おうとした矢先がこれかい、三之助?」

「……ツイてねぇー……数馬みたいだ」

「ああ、そういえば数馬も落っこちてるよね」

「え、嘘、どこ?」

「君のいる穴から少し離れたとこ。たぶん気失ってる」

 ああ、数馬、また不運か……。憐みの念を感じていた藤内は、ふと××と目が合った。

「………へ?」

「藤内、朝からずっと僕のこと見てたよね」

「……あー……気づいてたんだ……」

「当然」

 ふふ、と笑う××に、藤内は降参のポーズを取った。

(あーあ……やっぱり****は手強いなぁ……)

 もっと予習して上手くならなくては。しかし、たとえ藤内の技術が上がったとしても、××も勿論成長するわけだから、××の上手を行くなんて無理ではないだろうか……となると、一体どうしたらいいのだろう? ああ、難しい。

 悶々と考えながら、藤内は落とし穴に細心の注意を払って××(と他二名)の元へ近づいていく。

 その間に××は、三反田のいる穴に飛び込んで、三反田を担いで出てきた。さすがである。人一人担いで蛸壺〔たこつぼ〕から脱出する力量も、次屋を先に外に出さない判断も。

「さて、藤内。どうする?」

 次屋を救出して、彼の腰辺りに手拭いを巻き付け、その上から縄で縛って、××が藤内を振り返る。

 いつも通りの彼の笑顔を見て、藤内は何となく嫌な予感を覚えた。それが表情に出たのか、藤内を見ていた××が笑う。

「嫌だな、そんな強張らないでよ。突拍子もない無茶振り言うわけじゃないんだからさ。もっと気軽に」

「そ、そっか。そうだよね」

 ホッと息をつく藤内に頷いて、××は言った。

「三之助を食堂まで引っ張ってくのと、気絶してる数馬を医務室まで運ぶの、どっちがいい?」

 どっちも同じくらい力のいらない楽な仕事だから、大丈夫。

 ニッコリ笑う、穏やかで親切な、成績優秀の頼れる学級委員長で、しかも三年一の怪力の持ち主を前に、藤内は硬直した。

「勝手に僕を尾行〔つけ〕てたから、その罰ゲームみたいな感じで」

「いや、それは、その……」

「藤内ってば僕に何も言わないからさ。僕、何かあったのかなって心配したり、何かしたかなって悩んだり、密かにショック受けたりしてたんだよ?」

「……う……あ……」

「だから、これくらいの仕返しは許されると思うんだ。ね?」

「 ―――― ッ」

「……ドンマイ、藤内」



言い訳だけでも聞いてくれ 
 (ていうか、絶対何とも思ってなかっただろ!)



****
 藤内が可愛い。数馬も可愛い。三は可愛い。藤内やっぱり可愛い。彼にバレバレな尾行・観察されてみたい。そんな願望(欲求)から生まれた話です。完全に俺得の自己満足です。
 せっかくなので三年生全員出演させてみました。王道な展開だったと思います。迷子組のネジの緩み具合が好きです。孫兵のおかしなベクトルも好み。作兵衛もネジがぶっ飛んでるときとか可愛い。藤内と数馬は予習と不運で可愛すぎて泣ける。
 詰まる所、三年生が好きすぎてつらい。

お題配布元:Tantalum


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