“特別”になりたい仁王
| 「……のう、参謀。どうしたら××は俺に堕ちるじゃろうか」
部活終了後、レギュラー揃って部室で着替えているとき。ふと思ったことを柳に聞くと、室内に沈黙が降りた。
「……真田、仁王を殴ってもいいよ。俺が許可する。ていうか殴れ」
「暴力反対じゃき」
「仁王君、私の後ろに隠れるのはやめたまえ」
清々しい笑顔を浮かべた幸村の言葉に、俺はサッと柳生の背後に避難する。相棒の呆れたような声は無視した。それよりと柳を見る。
「なぁ、柳、どうなんじゃ」
「なぜ俺に聞く」
「癪じゃけど、お前さんが××と仲いいからじゃ。癪じゃけど」
「どんだけムカついてんだよ」
「ハゲは引っ込みんしゃい」
「…………」
勝手に会話に入ってきたジャッカル(コイツも実は××とそこそこ仲がいい)に毒づくと、ヤツは俺らに背を向けた。鼻をすするような音が聞こえた気がするが、俺には関係ない。
無視して柳に視線を向けていると、切原が声を上げた。
「仁王先輩って、副会長がスキなんスか?」
「いや。俺は××の“特別”になりたいだけじゃ」
「つまり好きなんだろぃ……」
「特別イコール恋愛対象っちゅーんは、ちょっと短絡的すぎるぜよ」
「あーはいはいそうですかすいませんね」
なぜか丸井に、まったくしょうがねーヤツという目で見られた。イラッときたのでパッチンガムを投げつけた。案の定ヤツは「お、くれんのか?」と引っかかった(クラスメイト数人に仕掛けたのを見とるはずなのにな)。あー、能天気すぎてムカつく。
「……どうしたらいいかと言ったが、仁王、いままでに何か行動を取ってきたのか?」
「さっ、真田副部長が、恋の相談に……っ?!!」
「嘘だろぃ?!! つか、夢?!!」
「天変地異の前触れか……!?」
「そ、そんな……あ、あの真田君が……」
「……興味深い現象だな」
「はは、ぜんぜん似合わないよね。思わず一瞬引いちゃったよ」
まさかの真田の発言に、部員が各々反応を示した。切原と丸井とジャッカルは雷に撃たれたようなショックを受け、柳生は恐ろしいものを見たかのように震え、柳は高速でノートにペンを走らせ、幸村は笑顔で言葉の刃を真田に突き立てた。
ちなみに俺は、驚きのあまり硬直したあと、すぐ我に返って、スマホで動画撮っとけばよかったと痛烈に後悔した。
数十秒待って、柳がノートを取り終えたところで、俺は幸村に促されて話し始める。衝撃に打ちひしがれて放心していたメンバーは慌てて戻ってきた。
「いまは引いとるとこじゃ」
「引く……?」
「押してみたけど駄目だったから、今度は引いてるってことだよ、赤也」
「仁王先輩でも手こずる人、いるんスね」
「仁王の押し方がヘタクソなんだよ」
ぷくーっときれいにガムを膨らませながら、丸井が言った。俺はイラッときて、丸井が膨らませていたガムをつついて破裂させる。ガムが顔に張り付いて、丸井がくぐもった悲鳴を上げた。
ジャッカルが救助に乗り出したのを横目に、柳が息をついた。
「一応言っておくが、仁王。××には、そういう手は通用しないぞ」
「……やっぱりか」
「鈍感ってことか? ××はそんなヤツじゃねぇと思ってたけど……」
「ちげーって、ジャッカル。ここはアレだろぃ、恋愛には興味ねえってヤツ」
「うむ、丸井の言うことにも一理ある。男女交際など、学生である我々にはまだ早い。さすが××だ。全校生徒の上に立つ人間としてしっかりしている」
「副部長……」
「真田君、いまの時代、必ずしもそうとは言いきれませんからね」
「ハッキリ言っちゃいなよ、柳生。時代遅れなんだよこの堅物が! って」
「ゆ、幸村君っ! 私だってそこまでは……あ、いえ、違いますよ真田君っ! ちょ……っ、笑ってないでください、桑原君!」
「なんで俺だけ?!!」
おもしろい展開になっている。無言の真田にワタワタ慌てている柳生と、巻き込まれて焦るジャッカル、笑い転げている幸村たちを見て、俺は口角を上げる。
とりあえず相棒を手伝ってやろうと、ロッカーから取り出したスーパーボールをジャッカルの頭に投げつけてやった(「だからなんで俺だけ……!!」)。
「……ところで仁王、なぜそこまで××を意識する?」
今度の発言者も、まさかの真田だった(あの真田、実は俺の変装じゃなかろうか……)。
やつの発言を受けて、みんな口をピタリと閉じて、柳はカッと目を開けまでして、俺を見た。幸村が微笑む。
「うん、それは俺も聞きたいな」
「……ヒミツじゃ」
「え、なんて?」
「……ピヨッ」
えー、言ってくれないんスか?! なんでだよぃ! 仁王、素直に言ったらどうだ? 仁王君、誰も笑ったりしませんから……。次々問い詰められるが、俺は頑として口を割らなかった。
数分後、ついに真田が腕組みをして言った。
「仁王が言いたくないのであれば、無理に聞くことはないだろう。無理強いは俺の信念に反する」
「真田……俺、いま、生まれて初めてお前さんの言葉に感動したぜよ」
「……そうだね。じゃあ、この話題はやめようか。だけど、せめて、いままで具体的に何をしてきたか、そしていま××さんとどんな状態なのか教えてほしい。じゃないと協力できないからね」
「べつに恋とかじゃないし、協力とかいらん」
「教えてくれるよね、仁王?」
拒んだら、分かるよね? という微笑みの裏に隠された副音声が確かに聞こえた気がして、俺は覚悟を決めるしかなかった。
**
「まあ、とりあえず、友達から始めてきなよ」
ニッコリ笑う幸村の助言(命令)を思わず(面倒がって)拒否した俺は、問答無用で××のクラスまで引きずってこられた。幸村に命令されたジャッカルによって(「なんで俺がこんなこと……」「ジャッカル、尻痛いんじゃが」「うるせぇ」)。
壁にもたれて座り込んでいる俺の横には、ノートを装備した柳が立っている。何じゃこのメンバー。傍から見たら異色すぎるじゃろ。
「さて、仁王。やることは分かっているな」
「いまは無理じゃ。眠い。帰りとう」
「××、話があるんだが」
「聞きんしゃい糸目こけし……すまん、開眼せんといて」
そうこうしているうちに、××がドアのところまで来た。不思議そうな顔をしている。
「柳、どうしたの? 何か連絡事項?」
「いや、用があるのは俺ではない。こいつだ」
指差された俺と、××の目が合う。××は瞬きをして「ああ、確かテニス部の……」と呟いた。
……あれだけ声をかけて、話をして、悪戯して……とにかくいろいろしたのにこの態度か……。俺は少しだけショックを受けた。
「今日はどうしたの? 何か困ったことでもあった?」
××は首を傾げて、心配そうに俺を覗き込んでくる。誰にでも向ける顔と声で。“生徒”である俺に、“生徒会副会長”として。
――― 分かっとる。××はみんなに平等で公正で、贔屓も差別もしない。だから生徒みんなに慕われている。平等で公正で、誰にも何にも、特別な想いを抱いていないから。
柳も幸村も、みんな気づいているのだろうか。このハッキリとした境界線に。絶対的な自他の区別に。
(……俺は、そんなの不快じゃ)
パシッと、俺は××の細い手首を掴んだ。下から睨むように見上げる俺に、××が少し目を見開く。柳がノートを開いてペンを構えた気配を感じながら、俺は××を見つめたまま口を開いた。
「虫唾が走るぜよ」
ちょ、おま、そんなセリフ……とジャッカルが呟いた。俺は無視して、目を瞬かせている××の手首を握る手に力を込めた。
「俺は××に興味津々なんに、なんで××は俺のこと見んの」
「………、そんなこと言われても……」
「××。俺は、押しても引いても開かんドアは、ピッキングしてでも蹴り飛ばしてでも開けるナリ」
グッと身体に力を入れて、××の手を離さないまま立ち上がる。一気に目線が高くなって、今度は俺が、××を見下ろす。不思議そうに見上げてくる××に口角を上げ、俺は空いている手で××の片頬を包み込んだ。
「俺はお前さんの“特別”になってみたい。じゃから、覚悟しときんしゃい、××」
それだけ言って、俺はパッと××の手首と頬から手を離した。そのまま××に背を向け、呆然としているジャッカルとノートに勢いよく書き込みをしている柳を置いて、歩き出す。
××にとって特別な感情と言えるなら、彼女が俺に抱く感情は恋情でなくとも、そう ――― たとえば、嫌悪でもいいかもしれない。そう考えていた俺を、××が呼び止めた。
「 ――― 仁王君」
振り返ると、××がいつものように笑っていた。しかし俺の目には、どう捻っても、××の目がいつもと違うようにしか見えなかった。楽しそうというか、おもしろがっているというか、遊んでいるような、そんな目をしていた。
「押しても引いても開かないドア、私だったら、左右か上下にスライドさせるドアか、そもそもドアじゃなくて単なる装飾かもって思うよ」
「……プリッ」
なるほど、そうくるか。心の中で呟いて、俺は再び前に向き直って歩き出した。口角が自然と緩やかに吊り上がるのが分かる。ああ、これは、想像以上にハマるかもしれない。
(……やっぱり、どうせなら恋情の方がよか)
さてどうやって堕とそうかと思案しながら、笑う。
先に喰われるのはどっちか。なんとなく、その答えは分かっているような気がした。
押して、引いて、途方に暮れて (スライドドアとか、飾りとか、普通考え付かんじゃろ)
**** だいぶまえに書いたやつ。いま読み直して思う。果たして、これはお題に沿えているのか……? 疑問だらけですが、まあ良しとしようかな ← 幸村属性の女子(正確には、幸村と柳を足して割った感じの子)を書いてみたかったんです。しかし上手くいったか謎です。登場したの最後だけだし。レギュラーが出張りすぎた……。
sincere の中の仁王は、クールで淡泊、どちらかというと女が苦手。え、「セクシーでミステリアス、おまけに遊び人」? まあそう見えないこともないけど、もうちょっと身近な存在な感じ。意外と感情的なとこがあって、時々脆さが見えたりすると、悶えます。sincere が。
ちなみに幸村は「穏やかで優しいけど、気の許せる人に対しては、爽やかに腹黒さとSの気を垣間見せる人」。真田は「熱い漢。我が道を行くが、意外と空気が読めて、そして面倒見が良い人」。他のメンバーはまた追々。
後書きが異様な長さになりかねないので、ここら辺で終わります。 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
お題配布元:Tantalum
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