神崎の幼馴染は苦労人



 神崎左門という少年は、いわゆる方向音痴である。そのくせ自分の判断力に絶大な自信を持っていて、猪突猛進に見当違いな方向に突き進む、通称「決断力ある方向音痴」だ。なんとも傍迷惑な人間である。

 そんな神崎の友人に「無自覚な方向音痴」こと次屋三之助という男子がいるが、それはまあ俗に言う類友というやつなのだろう。腐れ縁として彼ら二人の世話を焼く富松作兵衛という少年は不憫だと言われている。

 しかし、××**という少女もまた、方向音痴に手を焼いている人物の一人である。なぜなら彼女と神崎は隣人かつ幼馴染という関係にあるからだ。彼が迷子になる度に協力要請がかかり、彼の捜索および捕獲という任務が課せられる。

 いま現在も進行形で、**は神崎を捜している。


「さもーん……いたら返事してー……」

 疲労のため力ない声であたりに呼びかける。残念ながら応答はないので、どうやらここにはいないらしい。**は溜め息をついた。

 放課後に神崎が姿を消したと報告され、彼を捜し始めてから、優に一時間は経過している。いったいどこに行ったのだろうか。まさか校外に出ていったわけでは……ないと言い切れないのが、悲しい現実だ。やつは平気であらゆる境界を越えていく。

 制服のポケットからスマホを取り出す。電話やメールの着信、および LIME の返信は、まったくない。着信音もバイブも嫌って OFF にしている彼のことだ、気づいていないのだろう。本当に迷惑なやつだ。少なくとも次屋の方は電話に出るのに。

 はぁ、溜め息が口から漏れる。画面を消灯したとき、画面が再び点灯した。神崎……ではなく富松からの LIME だ。どうやら次屋を捕獲したらしく、その報告と「見つけたか?」という質問が届いた。

 トーク画面を開く気も起こらず、通知画面のまま「まだ」と返信しようとしたとき、画面が変わった。今度こそ神崎からの LIME だ ――― 「すまん! いま行く!」。

 瞬いて、**は顔を上げた。耳を澄ます。とても静かだ。校庭から遠く離れた人気〔ひとけ〕のない裏庭にいるのだから、当然だ。**は目を閉じて、より聴覚を研ぎ澄ました。

 静かに数秒待つ。すると不意に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。だんだんと大きくなり、確実に**のところへと近づいてくる。**は息を吸って目を開けた。

「**は、たぶん、こっちだ ――― っ!!」

「さも ――― ん!」

 幼馴染の声に続けるように、彼の名前を呼ぶ。直後、ドドドド……と地響きがして、校舎の角から神崎が飛び出してきた。**を見つけて、笑顔で駆け寄ってくる。

「見つけたぞ、**! 遅くなってすまん!」

 **の前で急停止した神崎は、ニカッと明るく笑った。その笑顔を見て安心しつつも、**は眉を下げる。

「そう思うなら、電話に出てよ。すごく探し回ったんだから」

「む、そうか……すまん。善処する」

「じゃ、作兵衛たちのとこ行こう? 探してるよ」

「そうだな!」

 大きく頷いて、神崎は手を差し出してきた。**が手を重ねると、ぎゅっと握られる。力強いが、決して痛くはない。幼いころは力が強くて泣かされたものだが、いまではもうすっかり力加減を心得てくれている。

「よし! では作兵衛たちのところへ向かうぞ! こっちだ!」

「ううん、左門、こっち」

 威勢よくビシッと変な方向を指さす神崎に、**は正しい方向を指し示した。神崎が目を丸くして「そうなのか?」と首を傾げる。**は「そう」と頷いて、歩き出した。神崎も従って歩き出す。

 曲がり角に来る度に、神崎は「こっちか!」と指さすが、**が「ちがうよ、こっち」と言うと、「そうか」と大人しくなる。その姿に、**は感慨を覚えた。

 昔の神崎は、**の言うことなど聞かず、自分の信じる道をひたすら突き進んだものだ。勢いよく駆けていく彼に引きずられ、彼の速度についていけずに転び、よく泣いていた記憶がある。

 それを繰り返すうちに神崎は、**と手をつないでいる限りは走らなくなり、**の言葉に耳を貸してくれるようになっていった。さらにどういうわけか、**の元へは迷子になることなく辿り着けるまでに進歩している。

 だから、**が自分を探していると神崎が気づいてさえくれれば、**は彼と出会うことができるのだ。そのため、いまの**は大いにホッとしている。


「……あ! 左門! **!」

 不意に富松の声がして、**は意識を現在へと戻した。次屋のネクタイを掴んだ富松が、**たちの元へと向かってきていた。首を絞められる形になっている次屋が眉を寄せて文句を言うが、富松は無視だ。

「こんのバカ左門! どこ行ってたんだ!」

「喉が乾いて自販機を探しに行ったんだが、どうやら移動したらしくてな! 探し回ってた!」

「アホ!」

 一喝とともに、富松が拳を振り下ろした。頭に拳骨を落とされ、神崎が「痛い!」と叫んだ。次屋が「わかる。作兵衛の拳、痛いよな」と自分の頭に触れる。彼も鉄拳制裁を受けたようだ。だからといって反省した様子は見受けられないが。

「ったく……いちいち探し回る**と俺に申し訳なく思わねぇのか」

「すまん、**!」

 即行で神崎が**を振り返り、元気よく言った。富松が「俺への言葉は?!」とわめくが、次屋に「まぁまぁ」と宥められていた。その光景に苦笑して、**はつないでいる手に力をこめる。

「たしかに疲れるけど、でも左門は私を見つけに走ってきてくれるから、うれしいよ」

 率直な気持ちを口にすると、神崎はうれしそうに笑った。つなぐ手にますます力がこめられる。**もつられて笑った。次屋が「お熱いことで」と呟く。

「**のためなら方向音痴も克服するんだから、左門はほんと**が大好きだよな」

「ああ、僕は**が大好きだぞ!」

 少し皮肉がこめられた言葉に、神崎はまっすぐに返す。その無邪気さが微笑ましくてうれしくて、**は「ありがと。私も左門が好きだよ」と頬を緩めた。

「その情熱を少しでも俺に回してくれりゃ、俺の苦労も多少は減るのによ」

「何を言う。**と作兵衛はちがう」

 皮肉混じりにぼやく富松に、神崎がはっきりと言った。その場にいる者たちが目を瞬かせる。神崎が身体に力をこめたのを、**は感じ取った。

「**は僕の大切な幼馴染で、絶対に一人にさせたくない女の子だ。……昔、僕とはぐれたせいで**が怪我をしたときに、そう決心したんだ」

 苦々しげに眉を寄せた神崎の言葉を聞いて、**は目を丸くした。言われてみれば、そんなことがあった気がする。本人ですら記憶が曖昧な出来事を、まさか神崎が覚えているとは、驚きだ。

 力の抜けた**の手を、神崎はしっかりと握りしめた。**をまっすぐに見下ろして、得意そうな笑みを浮かべる。

「だから安心しろ、**! 僕は絶対、君を見失わない! ほかの道をいくら間違えようとも、**に続く道だけは間違えないぞ!」

 なんて恥ずかしいセリフを言うんだろうか。それも友人たちの前で。顔が赤くなるのを感じながら、**は俯いた。温かくてホッとするのに、むずがゆくて落ち着かない気持ちになる。とりあえず、うれしい。

 何も言えないまま、もう一度つないだ手に力をこめる。そこにこめた気持ちは、無事に神崎に伝わったらしい。頭上で彼が太陽みたいに笑う気配を、**は感じた。



ただ真っ直ぐに 
 (強く想ってるから、辿り着けるんだって)



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 このお題は、左門のために存在している。と、個人的に思いました。まっすぐ猪突猛進な左門がかわいいです。単純でアホっぽく見えるけど男前な左門が好き。彼に探し出してもらいたい。そんな願望の表れ。

 家族愛に近い恋愛感情。お互い無自覚だとおいしい気がする。ほのぼのとかわいい感じのストーリーになっているとうれしいです。

お題配布元:サンタナインの街角で
 

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