会計委員会の「夫婦」



 とある朝、六年い組の立花仙蔵は優雅に朝食の席に着いていた。

 食堂のおばちゃんが用意してくれた食事に舌鼓を打っていると、他の六年生が食堂にやってきた。ようやく起きてきたというわけではなく、それぞれ委員会や鍛錬など自分の用事を終わらせてきたのである。

 ろ組の中在家長次と七松小平太が仙蔵の向かいの席に腰を下ろしたとき、は組の善法寺伊作と食満留三郎が到着した。そしてごく自然に、善法寺が自分の足に躓き食満を巻き込んで転ぶというお約束の流れになった。

「……伊作……」

「ご、ごめん、留さん」

「相変わらずドジだなぁ、いさっくんは」

 なはははっ! 豪快に笑ったあと、七松はふと思い出したように後ろを振り返る。

「滝夜叉丸! 今日は昼過ぎから臨時委員会だ! 下級生たちにも伝えておけよ!」

「え”っ!!? あ、いえ………分かりました……」

 頼んだぞー! と笑顔を向けて前に向き直る七松の背後で、平が力なく項垂れるのが仙蔵の視界に入った。「昼過ぎに始めるということは、大分長い時間委員長に拘束されるわけか……」という彼の気持ちが、安々と理解できる。体育委員会の活動は、夕方まで ――― 下手すると、七松の気が済むまで行われるのだ。

 あいつらも不憫なことだ。仙蔵が緑茶を飲んだとき、彼と同室の潮江文次郎が後輩たちとともに現れた。全員揃って目の下に(色の濃さに差はあれど)隈がある。また徹夜をしたようだ。

「 ――― では、今日も戌の刻から委員会を行う」

「却下。やるなら一人でやってください」

 後輩たちに顔を向けて言った潮江の言葉は、その後輩の一人である五年い組の××****によって即座に否決された。潮江の頬が引き攣り、それを見た下級生が怯え出す。が、すぐに一歩前に出た××により、彼らの視界から潮江の姿が消える。

「……どうして却下する」

 唸るような低い声に下級生の肩が跳ねた。その気配を背中で感じたのか、××の眉が吊り上がり、潮江へと向けられている視線が一層鋭くなった。

「……徹夜は昨晩で三日を越えました。後輩たち、特に一年生は体力の限界が近い。休息を与えて然るべきです。それに明日、三木ヱ門たち四年生は実習があるのです。今日はその準備をする必要がある。徹夜で帳簿整理などさせられません」

「バカタレ、会計委員たるもの、三日やそこらの徹夜で、」

「へばります。まだ下級生は体が作られていないのです」

「では、帳簿整理ではなく鍛錬を、」

「俺の話聞いてました? ちゃんと機能しない耳ならもぎ取りますよ」

 冷ややかな声音に、潮江は一瞬で顔色を変えた。××ならば本気でやりかねないことを、潮江は身に染みて知っているのだ。

 たじろぐ潮江を見て、仙蔵はわざとらしく溜め息をついた。

「……××に敵うわけがないだろうに、馬鹿め」

「あとで覚えとけ、くそったれ」

「耳のついでに口も削ぎ落として差し上げましょうか」

「悪かった。すまん。頼むから苦無を下ろせ。殺気を仕舞ってくれ」

 両手を上げて降参のポーズをとりながら頭を下げている潮江は、見ていて本当に面白い。仙蔵は堪え切れずに腹を抱えて肩を震わせる。

 それは潮江の機嫌を損ねる行為であったが、仙蔵は全く心配していなかった。奴は××の手前、静かにしている他ないのだから。ますます愉快になって笑う仙蔵の耳に、××の声が届いた。

「……では、今日明日の委員会は中止ということで」

「おい! 今日は認めるが明日は、」

「二度言わせるおつもりで?」

「………」

 潮江は渋々異論を飲み込んだ。飲み込むしかなかった。

 しばらくの無言ののち静かに許可を出した潮江の顔は、相当な数の苦虫を噛み潰したかのような顔だった。反対に××は満足そうに口端を上げ、後輩たちを振り返る。

「聞いたね。今日明日は活動なしだから、各自体調を整えておくように」

 はいっ!! と元気な声が響いた。下級生たちの明るい表情を見て、潮江が複雑そうに閉口する。

 ××は、任暁左吉、加藤団蔵、神崎左門の頭を順に撫でて、級友たちの元へ行かせた。そのあと、申し訳なさげな表情を顔に浮かべて佇んでいる田村三木ヱ門に微笑みかけ、彼の頭も撫でてやる。

「……好成績を取ったという報告を楽しみにしているよ、三木」

「……っ、はい!」

 田村は頬を染めてはにかみ、××と潮江に礼をしてから、他の四年生たちがいる食卓へと小走りで向かった。

 それを見送ったあと、××も潮江に礼をして踵を返す。彼が潮江の横を通り過ぎる際、湯呑を口につけていた仙蔵の耳に、五、六年生用の矢羽根が届いた。

『……心配せずとも、二日なら、二人で充分委員会を回せますよ』

『……喧しいわ、バカタレ』

 仙蔵は思わず口に含んだ茶を吹き出しそうになった。すぐさま視線を向けるも、潮江はともかく、××はもう五年生の輪の中に交じっていたため、彼の表情は窺えなかった。だが、潮江が罰の悪そうな気恥ずかしそうな何とも言えない顔をしていたのは、しっかりと見えた。

「……まったく」

 本当に、陰で「会計委員会の夫婦」と言われているだけはある。図書委員会の中在家長次と不破雷蔵も「夫婦」と称されているが、潮江と××は、あの二人とはまた違った「夫婦」の雰囲気を持っている。

 その称号を手にしているのは、一つしか離れておらず、先輩後輩にしては付き合いが長いからか、はたまた相性か。

「……文次郎。やはり、××は作法に寄越せ」

「仙ちゃん、ずるい! 私も****が欲しい!」

「用具だったら、どこよりもいい待遇をするぞ」

「いいや! ****は私と同じで力が有り余っているから、体育委員会がいいはずだ!」

「作法以外のどこで××の美貌を活かすというのだ、阿呆共め」

「後輩好きな****には、用具委員会が合う!」

 言い争い始めた仙蔵たちを、善法寺は笑顔で、中在家は無言で見守っている。潮江はしばらく黙って聞いていたが、不意に舌打ちをして低く呟いた。

「****はどこにもやらん。俺の後輩だ」

「……口うるさくて敵わん、態度がデカい、本当に敬意を払っているのかと、毎日愚痴を零しているくせに」

「あれは……、別に、心底から不満を言ってるわけじゃねえ」

「ほう? 後輩にまったく頭が上がらないのを気にして、事あるごとに落ち込んで悩んでいるではないか」

「うるせぇっ!!」

「いいぞ、仙蔵。もっと言ってやれ」

「はっ、自分では俺に一泡吹かせられないからと人任せか、留三郎。みっともねえな」

「あ? てめえ喧嘩売ってんのか!」

「ああ? やんのか!」

 睨み合い始める二人に、周囲が溜め息をつく。

 仙蔵は一瞬だけ、淡々と朝食を取っている××に視線を向け、静かに席を立った。中在家もそれに続く。善法寺が二人に声をかけるのを聞きながら、仙蔵は潮江の足を蹴り、小さく舌打ちした。

(……何が「俺の後輩」だ……変に独占欲の強い奴め)



曖昧な独占欲 
 (迷惑している素振りを見せておいて、それか)



****
 ずっと書きたいなぁと思ってた話だったので、書けて満足。イマイチ上手くまとめられなかった気がしますが、まあいいか ←

 主人公、なんか物騒なキャラになってビックリしました。仙様そっくり。文次郎の頭が上がらない理由が分かるような。彼がいれば予算会議は安泰ですね、いろんな意味で。

 委員会ごとに「夫婦」とか、余裕があったら考えてみたいですね。あ、でも図書はなし。あそこは長雷が公式なので。会計だって、文三木で「夫婦」でも勿論いいです。あと、こへ滝も。あ、そうすると、夢主入る隙がないや。

お題配布元:Tantalum
 

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