ホグズミード行きの土曜の朝、ハンナたちと、厚手の布でこしらえた簡易マント(フード付)を着ているスイに別れを告げ、リンは、ハリーと二人で代理石の階段を上り、グリフィンドール塔に向かった。今日の予定は、ハリーと魔法薬学のレポート作成だ。

 ハッフルパフ生であるリンがグリフィンドール塔に入るのはどうかと思ったが、なんと寮監から許可を得たので問題はなかった。

 つい先日、ハリーが驚異的な行動力を発揮し、リンを引っ張って、大胆にもスプラウトとマクゴナガル(と、二人と一緒にいたフリットウィック)に聞きに行ったのだ。お伺いを立てたところ、三人は顔を見合わせ、悪戯っぽく微笑んで許可してくれた(「クリスマスも近いし、特別に」「内緒ですよ!」)。リンが言葉を失うほどの、謎の気前の良さだった。

 そんなこんなで、リンは後ろめたさを微塵も感じず、グリフィンドール塔に向かっていた。他寮に入るのは初めてなので、リンはワクワクしていた。

「おい! ハリー! リン!」

 四階の廊下の中ほどで、リンたちは誰かに呼ばれ、立ち止まった。声がしたほうに振り向くと、フレッドとジョージが、背中にコブのある隻眼の魔女の像の後ろから顔を覗かせていた。なぜそんなところに……という疑問は、この二人に対して抱いても意味はない。

「なにしてるんだい? どうしてホグズミードに行かないの?」

 ハリーが聞くと、二人は意味ありげに笑った。

「行くさ、もちろん」

「だけどその前に、君らにお祭り気分を分けてあげようかと思って」

「とりあえず、こっち来いよ」

 フレッドは、像の左側にある、誰もいない教室のほうを顎でしゃくった。ハリーとリンは顔を見合わせたが、すぐ双子のあとについて教室に入った。ジョージがそっとドアを閉め、二人の方を振り向いてニッコリした。

「一足早いクリスマス・プレゼントだ」

 片割れのセリフに合わせて、フレッドが、マントの下から仰々しく何かを引っ張り出して、机の上に広げる。大きな四角い、相当くたびれた羊皮紙だった。

「これ、いったい何なの?」

 ハリーが何も書かれていない羊皮紙をじっと見つめながら聞いた。またフレッドとジョージの冗談かと思っているのが丸分かりだった。

「これはだね、ハリー、僕たちの成功の秘訣さ」

 ジョージが羊皮紙を愛おしげに撫でた。

「 ――― その名を、『忍びの地図』という」


**


「フレッドもジョージも、なんで僕にくれなかったんだ? 弟じゃないか!」

 双子にそそのかされるまま抜け道を通ってやってきたホグズミードで、すぐに出会ったロンとハーマイオニーに「忍びの地図」の一部始終を話すと、ロンが憤慨した。なんと言ったらいいか分からないハリーの横で、リンが肩を竦める。

「でも、ハリーはこのまま『地図』を持っていたりしないわ!」

 そんな馬鹿げたことはないと言わんばかりに、ハーマイオニーが言った。

「マクゴナガル先生にお渡しするわよね、ハリー?」

「僕、渡さない!」

 ハリーはいろいろと理由を捲し立てながら、断固として拒否した。ロンも援護(たいした説得力はなかったが)をしてくれた。

 ハーマイオニーはシリウス・ブラックの件まで持ち出したが、それにもすぐハリーが反論したので、少し困ったようだった。なんとかほかの理由を考えようとしている。

「でも、」

「諦めたら? ハーマイオニー」

 それまで会話に加わらず、興味深そうに「ゴキブリ・ゴソゴソ豆板」の瓶を眺めていたリンが、ハーマイオニーを諌めた。

「ハリーの行動を心配するのは友人としてもっともなことだけど、行動に口出しをして制限するのは少し行き過ぎだよ」

「そうだけど ――― って、リン! あなたがハリーを止めてくれていたら、こんなことにはならなかったのよ! どうして止めなかったの?」

 理不尽にもハーマイオニーの怒りの矛先がリンに向けられた。ハリーが心配してリンを見ると、彼女は楽しそうに笑っていた。

「だって、おもしろそうだったから」

 唖然とするハーマイオニーを見て、ハリーとロンはニヤッと笑った。リンがハーマイオニーみたいな真面目な優等生だと思ったら大間違いだ。二人は、それを充分に知っている。

 なんとか言葉を捻り出そうとするハーマイオニーに、リンが微笑みかける。

「それに、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ハーマイオニー。私、ヨシノの魔法で、ハリーと私の姿は君とロン以外には見えないようにしたもの。声もね」

 ちょっと輪郭がぼやけて見えて、声も機械越しみたいに聞こえるでしょう? それ、魔法が効いてる証拠だよ。ふわふわした調子で、リンが畳み掛ける。

「一日くらいいいでしょう? 一足早いクリスマスってことで、ね?」

「………分かったわ」

 ついにハーマイオニーが折れたので、ハリーは有頂天になった。



 ハニーデュークスの商品をいろいろ眺めたあと、ロンとハーマイオニーはお菓子の代金を払い、四人は店をあとにして、吹雪の中を歩き出した。

 しばらくロンとハーマイオニーの案内を聞きながら歩いて、不意にロンが歯をガチガチ言わせて提案した。

「ねぇ、『三本の箒』に行って、『バタービール』を飲まない?」

 ハリーが賛成し、リンとハーマイオニーも異論を唱えなかったので、四人は道を横切り、数分後には小さな居酒屋に入っていった。

 なかは人でごった返し、うるさくて、暖かくて、煙でいっぱいだった。カウンターの向こうには、小粋な顔をした曲線美の女性がいた。

「マダム・ロスメルタだよ」

 聞いてもいないのにロンが言った。そのあとロンはちょっと赤くなって、飲み物を買ってくるといってバーに歩いていく。ハリーとリンは、ハーマイオニーと一緒に、奥の空いている小さなテーブルの方へと進んだ。

 五分後に、ロンが大ジョッキ四本を抱えてやってきた。泡立った熱いバタービールだ。

「メリー・クリスマス!」

 ロンは嬉しそうにジョッキを挙げた。乾杯をしたあと、ハリーはグビッと飲んだ。こんなに美味しいものはいままで飲んだことがない……身体の芯から暖まる心地だった。リンを見ると目が合い、微笑んできたので、ハリーはますます気分がよくなった。

 その気分も束の間、急に冷たい風がハリーの髪を逆立てた。「三本の箒」のドアが開いていた。大ジョッキの縁から戸口に目をやったハリーは咽込む。リンが「あらら」と呟く声がした。

 マクゴナガル先生とフリットウィック先生が、舞い上がる雪に包まれて、パブに入ってきた。すぐ後ろからハグリッドが入ってくる。若緑の山高帽に細縞のマントを纏った、でっぷりした男と話に夢中になっている。コーネリウス・ファッジ、魔法省大臣だ。

「……変な組み合わせ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 呑気なリンに、ハーマイオニーが鋭く囁いたが、リンは飄々としている。

「言ったでしょう? 姿を見られないようにしてるって。だから大丈夫だよ」

「先生方には見破られるかもしれないじゃない!」

 半ばヒステリックになって、ハーマイオニーが杖を取り出し、傍にあったクリスマス・ツリーに杖を向けて呪文を唱える。ツリーが十センチくらい浮き上がり、横にフワフワ漂って、ハリーたちのテーブルの真ん前に着地し、四人を隠した。

「お見事」

「黙って!」

 リンがジョッキを軽く掲げて称賛したが、ハーマイオニーに一蹴された。リンは肩を竦めただけで、別段気にした素振りは見せなかった。

 盗み聞きをしたいわけではないが、距離が近いため否応なく、先生方の会話が耳に入ってくる。話題はシリウス・ブラックだった。

 最初のほうはハリーもあまり興味を持っていなかった。しかしブラックの学生時代の話に移った辺りから、ハリーは引き込まれ、真剣に会話に耳を傾けた。


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