「 ――― 『占い学』で優秀だってことが、お茶の葉の塊に死の予兆を読むふりをすることなんだったら、私、この学科といつまでおつき合いできるか自信がないわ! あの授業は『数占い』のクラスに比べたら、まったくのクズよ!」

 朝から嫌に疲れた新学期初日の、昼休みの出来事だった。

 昼食を取るために大広間に来たリンは、グリフィンドールのテーブルから聞こえてきた声に目を丸くした。何事なのか突き止める間もなく、ハーマイオニー・グレンジャーが、ツンツンしながら早足で歩いてきて、リンたちの横を通りすぎ、大広間を出ていった。

「……何事かしら?」

「……さあ」

 呆然とするハンナに返し、リンは、定位置であるテーブルの一番前へと歩き出した。そのあとを、ハンナたちがわらわらとついてくる。

「彼女、『占い学』って言ってたわね」

「それなら午後にあるよ。リンとベティは、そこで理由が分かるかもしれない」

 スーザンとアーニーが言った。リンは振り返って、自分の後ろに続いてくるメンバーを見渡したあと、首を傾げた。

「午後の授業まで待つ必要はないみたいだけど」

「なぜですか?」

「ねえ聞いて! 今日の『占い学』で、ハリー・ポッターが先生から死を予告されたんですって!」

 素直に疑問を口にしたジャスティンを押しのけて、姿を消していたベティが現れた。「いまグリフィンドールの女子生徒に聞いてきたの!」と興奮した様子で語り出すベティを唖然と見つめる友人たちに、リンは「ほらね」と肩を竦めた。

「今日の『占い学』で、お茶の葉を読んだらしいんだけど、」

「ベティ、ニュースを持ってきてくれたのは嬉しいよ。けど、とりあえず昼ご飯を食べようか? 話はそこで聞くよ」

 息せき切るベティを、リンが遮った。ベティは一瞬なにか言いたそうだったが、タイミングよく自分の胃袋が空腹を訴えた音を聞いたあと、黙って従った。

「それで、ハリーが死ぬって、どういうことなんだ?」

 オレンジジュースをグラス一杯飲み干したアーニーが、怖いもの聞きたさといった感じで聞いた。ハンナも恐々と、スーザンは心配そうに、ベティを見つめる。いつもはベティの言うことに関心を示さないジャスティンも、今回は内容が内容なので、興味を持ったようだ。

「あのね……」

 嬉々として語り始めるベティを一瞥して、リンはクロワッサンへと手を伸ばした。



 昼食を終えたあと、リンたちは分かれ、それぞれが選択した授業へと急いだ。リンは最初にどの授業に出ようか一瞬迷ったが、ジャスティンに縋るような目で見られたので、「数占い」から受けることにした。

「リンがすべての授業を履修してくださって、とてもうれしいです。まあ、どちらにせよ、リンに合わせて受講科目を申請するだけなので、問題はないのですが。しかも僕は今回、ほかの生徒たちより履修登録が遅れていましたし」

 にこにこと上機嫌にペラペラ喋るジャスティンに、リンは「そう」とだけ返しておいた。昨年の悲惨な出来事を想起させるようなことを、さらりと言ってのける彼は、強者〔つわもの〕かもしれない。ジャスティンと反対側の隣を歩くスーザンが、苦笑した。

「それにしても、特例として認められるなんて……リンはすごいわね」

「ああ、さすがリンですよね?」

「ハーマイオニーもそうだよ」

「ああ、そうなんですか」

「反応が正直すぎるわ、ジャスティン」

 まったく興味なさそうに相槌を打つジャスティンに、スーザンが眉を下げた。……ジャスティンは、ハーマイオニーが嫌いなのだろうか……ふと、リンは思った。もう少し反応があってもいいだろうに、ちょっと冷たい気がする。

 むしろ彼女のほうが、努力家で熱意があって、リンよりすごいと思うのだが。ジャスティンとスーザンの応酬を聞き流しつつ、リンは昨晩の出来事を思い起こした。


 昨夜、ホグワーツに到着して大広間に向かう途中、リンは、寮監のスプラウトに呼び出された。彼女についていった先で、リンはハーマイオニーと顔を合わせ、時間割に関する話を、スプラウトとマクゴナガルから一緒に聞いた。そこで渡されたものが、いまリンの首にかかっている「逆転時計〔タイムターナー〕」だ。

 べつに道具をもらわなくとも、リンは時間を操作できる。ヨシノは超能力一家で、リンもしっかりとそれを受け継いでいるのだ。そういうわけで返そうかとリンは一瞬思ったが、やめた。「そうだとしても規則です」と突っぱねられそうだったからだ(実際、マクゴナガルが意味ありげにリンを見た)。

 勉学以外には使用しないこと、誰にも言わないこと。この二つを条件として、リンとハーマイオニーは「逆転時計」を受け取った。

 ハーマイオニーは迷わずしっかり頷いて固く約束していたが、リンは無理だろうと思っていた。リンの友人たちはみんなバラバラに授業を選択したので、彼らが互いの授業について話をすれば、自分が複数の授業を受けていることなんてすぐバレるに違いない。

 夕食後に、スプラウトと、なぜか一緒にいたマクゴナガルとフリットウィックに言うと、三人は目を見合わせて微笑み、「ヨシノに独自に伝わる魔法だとでも言って誤魔化しなさい」と言った。そんな軽い言い訳でいいのかとリンは思ったが、いざ言ってみると通じたので、もう気にしないことにした。

 ちなみに、ジンも三年生だったとき、リンと同じように全科目を登録し、そうやって誤魔化していたらしい。

「最初はいいが、時間が経つにつれて負担がかかってくる」

 時間を操作して必要以上に多くの授業を受けることについて、ジンはこう述べた。時間が足りなくてストレスが溜まる一方だと。

「一年間、どの科目を落とすか考えながら授業を受けるといい。俺としては『占い学』を勧める……あれは、はっきり言って、時間を割く価値がない」

 なにかを大っぴらに批判することの少ないジンが真顔で「クズ」だと評する「占い学」は果たしてどんなものなのか。少しだけ楽しみにして、リンは板書に集中し始めた。


**


「子どもたちよ、心を広げるのです。そして自分の目で俗世を見透かすのです!」

 シビル・トレローニーがドラマチックに叫ぶ。薄暗がりの中、リンはペアのベティと目を見合わせて肩を竦めた。

 ベクトルの「数占い」を終えたあと、リンはジャスティンと別れ、「時計」をひっくり返して時間を逆戻りさせ、いまは「占い学」の授業に参加していた。

 初めてお目にかかった「占い学」の教授は、けっこう強烈だった。トレローニーはヒョロリと痩せた女性で、弱々しい外見を裏切らず、霧の彼方から聞こえるようなか細い声を出した。空気に溶けて消えてしまいそうな印象を、大きなメガネのレンズが数倍拡大して見せる目が、なんとか打ち消していた。

 トレローニーは簡単に自己と授業の紹介をして ―――「俗世」だの「心眼」だの「眼力」といった単語が聞こえたが、リンは軽く聞き流した ――― 今学期はお茶の葉の読み方を指導していくと言った。

 そしていま、リンたちは彼女の指示通りに、紅茶を飲み終わったカップから水気を切っている最中である。周りには、もうカップを交換して読んでいる生徒もいた。

「こんなもんじゃない?」

 カップを持ち上げて中を覗いたベティが言った。リンは頷いて、ベティと互いのカップを交換する。先にリンがお茶の葉を読むことにした。ベティが期待顔で身を乗り出す。

「アタシのカップ、どう?」

「紅茶の滓〔おり〕が散乱してる」

 さらりとリンが言うと、ベティは「そうじゃなくて!」と不機嫌になった。

「分かってるよ、少しふざけただけ……えーと、球体……太陽、かな? 『大いなる幸福』か」

 カップと「未来の霧を晴らす」とを見比べて、リンは言った。

「細長い二等辺三角形……山高帽? 逆さの棍棒? やっぱり山高帽かな」

 約十五分間、四苦八苦しながら、なんとかベティのカップを鑑定し、リンは笑った。

「どうやら私には『眼力』が備わってないみたいだ」

「そう? みんな似たようなもんでしょ……さて、次はアタシね?」

 ベティが張り切って腕まくりをし、リンのカップを手に取って中を見つめた。

「大きなバツ印……ってことは、ひどい失敗をする? アンタに限ってないわね」

「いや、普通にあり得るはず」

「ないない」

 ベティはカップから目を離さずに一蹴して、リンのカップをクルリと回す。

「えっと、なんだろ……豆電球? 素晴らしい閃き」

「じゃ、閃くけど失敗に終わるってこと?」

 トレローニーがリンとベティのテーブルの脇を通り過ぎ、二人のすぐ後ろに座っているペアの解読を手伝い始めた。ベティはカップを再びクルリと回し、首を傾げた。

「ここに大きな模様があるわ……横を向いてる動物かしら?」

 リンが興味を示したと同時に、トレローニーも二人に視線を向けてきた。

「んん……狐かな……違う、アリクイ……? や、むしろ動物じゃなくて……」

「あたくしが見てみましょうね」

 スイーッと滑るようにやってきたトレローニーが、あっという間にベティの手からリンのカップを取り上げた。じっと真剣にカップを見る教授に、クラス全員の視線が集まる。リンのカップだからか、みんな興味津々だ。

「歪んだ十字架……あら、あなたには試練と苦難が待ち受けているようね」

「それ、バツ印だと思ったんですけど」

 そっとベティが小声で言ったが、トレローニーは無視した。

「髑髏……行く手に危険が……あらあら、これはあまり幸せなカップではありませんわね……」

「豆電球……」

 消え入りそうな声でベティが呟いた。諦めろ、という意味を込めて、リンは彼女の足を軽く蹴った。

「まあっ!!」

 突然トレローニーが叫んだ。まさかテーブルの下でベティを蹴ったことがバレたのかと、リンは一瞬懸念したが、その心配は無用だった。トレローニーの視線は、リンのカップに釘付けだった。

「まさか……こんなことが……あたくし、こんなことはいままで一度も……」

 恐ろしいものでも見たかのように、トレローニーは胸に手を当て、リンたちから後ずさり、空いていた肘掛け椅子へと座り込んで、深く息を吸った。

「先生? あの、どうかしたのですか?」

 ベティが恐る恐る質問をした。トレローニーがカッと目を見開いた。ベティが「ひっ」と飛び上がる。リンは、トレローニーは教師より役者をやった方がいいのでは……と思った。

「あなた ――― あなたには、グリムが取り憑いています!」

「………おやまぁ」

 数秒の沈黙のあと、ほとんどの者が息を呑むなか、リンは「それで?」と思った(思っただけで口には出さなかった辺り、賢明だと言える)。そんなリンの薄い反応を、トレローニーは見てもいない。

「こんなこと……死神犬に取り憑かれている者を、一日に二人も見るなんて……」

 ショールを胸元に引き寄せて身体を細腕で抱き込むトレローニーに聞こえないよう、リンは静かに溜め息をついた。


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