試験前最後の休日、図書館も談話室も人口密度が高かった。O・W・L生もN・E・W・T生も、通常の学期末試験生も、復習と対策に追われていた。リンも例に漏れず、「呪文学」の教室を貸してもらって勉強会の真っ最中だ。関係ないスイが寝転がって眺める前で、ハンナたちは椅子をアナグマに変身させていた。

「みんなだいぶ上達したね。いったん休憩にしよっか」

 駆け回るアナグマたちを椅子に戻して、リンがうなずいた。試験のプレッシャー対策に幻覚で視せていた大勢のギャラリーも消すと、ハンナたちが身体の力を抜いて、おのおの近くの椅子に崩れ落ちた。ベティがリンをにらむ。

「幻覚のやつら、性格悪すぎ。呪文唱えようとするたびヤジ飛ばしてくるんだけど」

「それは、君が呪文を唱えるタイミングでヤジを飛ばされたらイヤだなって考えてるからだよ。そういう悪い方向性の想像力を反映するように設定してるからね」

「なるほど……真の敵は己にありってことか。手厳しいけど、僕らが恐怖や焦燥、緊張を克服して最善の魔法を繰り出すトレーニングとしては、とても効果的だ」

 淡々としたリンの説明に、アーニーが必要以上に重苦しく納得の言葉を発した。スーザンとジャスティンも無言で同意を示す。ハンナとベティは何やら言いたげだったが、最終的に口を閉じたままだった。……疲労させすぎてしまっただろうか。心配そうな顔をして、リンはおもむろに立ち上がった。帰りに返却しようと考えていた図書館の本の山を抱えて、ハンナたちを振り返る。

「ちょっと気分転換に図書館まで本を返しにいってくるね。テレポート使うから、一人で大丈夫」

 立ち上がりかけたジャスティンが、しゅんとした顔で腰を下ろした。彼の肩をポスポス尻尾でたたき、スイはリンの肩へと飛び乗る。リンは寝室から菓子とジュースをテレポートで取り寄せて、ハンナたちに提供したあと、図書館前の廊下へと移動した。

 本を返却し終えて図書館から出たところで、リンを呼ぶ声が廊下の向こうから飛んできた。セドリックが本を手に歩いてくる。スイが「わーお」とおもしろがっているような声を出した。リンは気まずさから視線を一瞬さまよわせたあと、意識してセドリックと目を合わせた。

「こんにちは、セドリック」

「久しぶり。思ったより……つまり、試験間際にしては、元気そうだね」

「……セドリックは寝不足そうですね」

 端正な顔にあるクマを見て、リンが言った。セドリックは眉を下げて「……まぁ」と呟いた。目を伏せた拍子に、リンのネックレスが目に入る。セドリックは瞬きを数回したあと、そっと口を開いた。

「きれいなネックレスだね」

「え? あ、ありがとうございます」

 とっさにネックレスに触れて、リンはドギマギを隠して笑みを浮かべた。制服のときは襟で見えないのに、今日は私服なので見えてしまったようだ。べつに悪いことをしているわけではないが、なんとなく気まずい。

「リンにすごく似合ってる。プレゼントしたひとは見る目があるね」

「たしかにセンスは ――― 私、もらい物だって言いました?」

 怪訝な顔で顔を上げる。セドリックは当たり障りのない笑顔を浮かべて「いや」と否定した。

「なんとなく、そんな気がして。当たってた?」

「……はい」

 目を伏せてうなずく。リンを見つめるセドリックの目が揺れるのを見て、スイは盛大な気まずさを感じていた。

「O・W・Lで十二科目受験するって聞いたけど、無理してないかい?」

 唐突に話題を変えて、セドリックが沈黙を破った。リンは目を上げて、セドリックを見つめて瞬きをした。

「えっと、はい。今のところ無理はしてないです」

「ならいいんだけど……体調を崩したりしたら我慢はしないようにね」

「気をつけます」

 リンの返事に笑顔を浮かべて、セドリックは手にしている本を軽く上げた。

「僕、本を返しにいかなきゃ……談話室でエドたちが帰りを待ってるし」

「引き留めてしまってごめんなさい」

「いや、話しかけたのは僕だから、リンのせいじゃないよ」

 それじゃあ。と手をあげて、セドリックは図書館の中に入っていった。ドアが閉まった瞬間、スイがため息を吐き出す。リンが困った顔でスイを撫でた。

「なんか、ごめん」

「……いや」

 スイは尻尾でリンの背中をポンポンとした。

「とりあえず教室に戻ろうよ」

「そうだね」

 うなずいて、リンは「呪文学」の教室へと移動した。右の壁際でアーニーとベティが、左の壁際でスーザンとジャスティンがそれぞれ羽根ペンを飛ばしている現場に出くわして、首をかしげる。待ちくたびれて実技の練習でも始めたんだろうか。

「あ、おかえりなさい、リン」

「ただいま。何してるの?」

「羽根ペンのサイズの四角を机に書いて、上手に羽根ペンを着地させられるかゲームしてるの。いちばんピッタリ着地させたひとがお菓子を食べられるのよ」

 ハンナの説明が終わらないうちに、アーニーの歓声が上がった。どうやらアーニーが勝ったらしい。ベティが悔しがっていた。反対側では、スーザンが無言でガッツポーズを決めていて、ジャスティンがうなだれている。こちらはスーザンが勝ったようだ。

「ハンナは審判?」

「ううん。お菓子が食べきれないから、一時休戦なの。最初は五人で勝負してたのよ」

 にこにこ笑うハンナの前にある羊皮紙を、机に降りたスイがのぞき込んだ。スコア記録で、意外にもハンナがぶっちぎりトップだった。「浮遊呪文」の才能があるのかもしれない。菓子をのんびり頬張るハンナの頭を、リンはなんとなく撫でた。

 景品の菓子を取りにきたアーニーとスーザンが、リンに気づいて恥ずかしそうに苦笑した。その背後で、ベティとジャスティンが羽根ペンを飛ばしている。

「楽しい練習だね」

「発案者の二人がいちばん損してるけどね」

 背後に視線をやって、アーニーが乾いた笑みをこぼした。
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