「私、巨人って初めて見た」

 ハグリッドの弟分だという巨人を紹介されて、リンがこぼしたのはそんな感想だった。しげしげと巨人を見上げて観察しているあいだも、腕にしがみついているハーマイオニーが後退し続けるので、リンもだんだんと距離を取る形になる。肩に乗っていたスイは、リンのローブのフードのなかに隠れていた。振動が伝わってくるので、なかで震えているらしい。

「グロウピー? 聞いとるか?」

 下にいる人間たちには興味なしで松の木を引っ張り始めたグロウプに、ハグリッドが大声で話しかけるが、どうやら聞いてないようだった。肩をすくめるリンの腕をギリギリ締め上げながら、ハーマイオニーが「こんなの正気じゃないわ……」と呟いた。

「彼と友達になんてなれると思う?」

「でも約束しちゃったもの」

 自分にもしものことがあった場合は力を貸してほしい。とハグリッドに言われた段階で、何についてか確認するまえに、二人とも是と答えてしまっている。もし「父親違いの弟である巨人を連れてきて森に隠しているから、彼の友達になって英語を教えてほしい」と前置きがあったなら、少なくともハーマイオニーは断っていただろう……だが今回はハグリッドの話の運びが上手かった。

「グロウピー、ほら! 下を見ろ!」

 業を煮やしたハグリッドが、大枝でグロウプの膝を突いた。痛みでグロウプが松の木から手を離し、下を見た。ハグリッドがリンたちのところに急いで移動してきて、まずリンの肩にポンと手を置いた。

「こっちはリンだよ、グロウプ! リン! 俺が出かけなくちゃなんねえとき、おまえに会いにくるかもしれん。いいな? そんで、こっちはハーマイオニーだ。ハー……」

 ハグリッドが言いよどんで、ハーマイオニーを見た。だがハーマイオニーは、ようやく人間に気づいてどんより見つめてくる巨人に釘付けで、ハグリッドと目を合わせる余裕は皆無だった。

「ハーマイオニー、ハーミーって呼んでもかまわんか? こいつにはむずかしい名前なんでな」

「かまわないわ」

 巨人に釘付けのまま、ハーマイオニーが上ずった声で返事をした。リンの腕にしがみつく手に力がこもる。どうにかリラックスしてくれないかと、リンはとりあえずハーマイオニーの頭を撫でてみた。余計にしがみつかれたので、思惑は外れた。

「――― グロウピー、ダメ!」

 “ハーミー”を紹介していたハグリッドが不意に叫んだ。リンがとっさに結界を張る。突然に伸びてきたグロウプの手が結界にぶつかり、衝撃音と振動を発生させた。ハーマイオニーがリンの背中に隠れて、震えながらしゃがみ込んでしまう。ローブを引っ張られる都合で一緒に腰を落としたリンは、ちょっと悩んだあとハーマイオニーの背中をさすってやった。

 ちらりと視線を移すと、グロウプを𠮟っていたハグリッドが顔面にパンチを食らって倒れ込むところだった。鼻血が出ているのを見て、リンが手のひらから淡い光を出す。ふわふわ飛んでいった光は、ハグリッドの鼻に触れ、止血と治癒を行って消えた。

「すまんな、リン」

「ううん……むしろ事前に怪我を阻止できなくてごめんね」

「謝るこたぁねえ、俺の不注意だ」

 ふるりと頭を振って、ハグリッドはグロウプを見た。早々にハグリッドから興味をなくし、また松の木を引っ張って遊んでいる。兄に怪我をさせたとかいう自覚はないらしい。

「よし……おまえさんたちはこいつに会った……今度ここに来るときは、こいつはおまえさんたちのことが分かる。うん……まあ、今日のところはこんなとこだな」

 次の機会にはいったい何があるのやら。リンは内心でため息をついた。スイもハーマイオニーも怯えているし、次の機会はないほうが望ましい。ハグリッドとの友情と約束の手前、口にも表情にも出さないが。

 リンの心情も知らないハグリッドは「そんじゃ帰るか」と歩き出した。ハーマイオニーがよろよろと立ち上がる。浮遊させようかと提案したが断られたので、リンは腕にハーマイオニーをくっつけたまま、ゆっくりと歩き出した。



 途中ケンタウルスたちとハグリッドが臨戦態勢でにらみ合うという物騒なイベントが発生したが、なんとか無事に森を出た。ハグリッドにバイバイと手を振って歩き出し、ハグリッドに声が聞こえないところまで来た途端、ハーマイオニーが口を開いた。

「信じられない」

「うん」

「信じられない。ほんとに信じられない」

「気持ちは分かるから落ち着いて」

「落ち着けですって!?」

 ぐるんと勢いよくハーマイオニーがリンを振り返った。そろりとフードから出てこようとしていたスイが、あまりの剣幕に吃驚してフードのなかに転落した。

「巨人よ! 森に巨人! 挙句、その巨人に私たちが英語を教えるんですって! 殺気立ったケンタウルスの群れに気づかれずに森に出入りすること前提で! ハグリッドったら信じられない。ほんとに信じられないわ」

 みんなの反対を押し切って(しかも一部のひとを強制的に巻き込みながら)S・P・E・Wを展開している自分を棚上げして何を言ってるんだろう。と思ったが胸にしまっておくことにして、リンはとりあえず未だに腕をつかんでいるハーマイオニーの手をやんわり引きはがした。

「ハグリッドがアンブリッジに追い出されるまでは、行かなくて済むよ」

「いつまでもつか分からないじゃない。あんなことまでしてるのよ」

「……じゃあ、グロウプが力の加減を覚えるまでは私一人で行くよ。結界を張ればケンタウルスに見つからずに行けるし」

「……厄介事をリンだけに押しつけるなんて卑怯な真似はイヤよ」

 なんだかんだ責任感の強いハーマイオニーである。小さく笑って、リンは「とりあえず一日でも長くハグリッドが残っていられるように祈ろうか」と呟いた。

5-46. グロウプ
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