イースター休暇が終わる少し前、掲示板に新しいお知らせが貼り出された。進路指導の面接の連絡である。横に個人面接の時間割があったので目を通してみると、リンは月曜日の三時からスプラウトの部屋にて面接予定だった。出席番号順かと思いきや、違うらしい。不得意科目を欠席することがないようにという配慮だろうか。

 魔法界の職業を紹介する冊子やチラシ、ビラなどが、談話室のテーブルに積み上げられていたので、五年生たちは休暇最後の週末の大半を資料を読んで過ごした。

「リンはイギリスに就職するの?」

 苦い顔で聖マンゴのパンフレットを読み終えたハンナが、ふとリンを見た。グリンゴッツの冊子を読んでいたリンが、顔を上げて首をかしげる。

「……一応そのつもりだけど」

 途端にパァアッと顔を輝かせるハンナとジャスティンと、静かに頬をほころばせるベティを見て、スーザンとアーニーが顔を見合わせてクスクス笑った。スイも微笑ましそうに目を細める。

「やっぱり魔法省とかですかね? リンのレベルだと」

「んー……私政治は得意じゃなくて」

「そうですよね、失礼しました。僕としたことが、短絡かつ浅慮に……リンともあろう方が、あんなドロドロした汚い権力争いの世界と関わるわけありませんよね」

「ジャスティンから見た私像を一度修正したいな」

「いやもう手遅れだから」

 ベティが手を横に振りながら一蹴した。



 月曜日の午後、リンがスプラウトの部屋を訪れると、なぜか首をかしげられた。

「アンブリッジ先生は一緒じゃないのですか?」

「……彼女の付き添いが必要でしたか?」

「いえ……ただ彼女があなたの面接に同席したいと言っていたので」

 そんな話一言も聞いていない。怪訝な顔をするリンから時計へと視線を移し、スプラウトは「時間ですし、始めてしまいましょうか」とため息をついた。ちなみにあとから聞いた話によると、二時半からのハリーの面接にてマクゴナガルと口論が起こったため間に合わなかったらしい。幸運なことであった。

「さて、ミス・ヨシノ。この面接は、あなたの進路について話し合い、六年目と七年目でどの学科を履修するかを決める指導するためのものです。ホグワーツを卒業したのち何をしたいか、考えはありますか?」

「……えーと……たとえば個人経営とか」

「え?」

「え?」

 まだたった一言なのに遮られて、リンは目を丸くした。しかしスプラウトのほうが愕然としていた。

「魔法省や病院を薦めても断るだろうとは想定していましたが……せめて銀行や学校を挙げてくれるとばかり……」

「……えっと、すみません?」

「ジンみたく教師を目指してみようという気持ちはないのですか?」

「え、ジン兄さんは教師志望なんですか?」

 意外すぎる。ちなみにどの科目だろう。興味津々なリンのまえで、スプラウトは「しまった」という顔をした。うっかり口を滑らせたらしい。コホンと咳払いを一つして、まじめな表情を浮かべる。

「ちなみにですが、どんなお店をしたいんですか?」

「それは、べつにこだわってなくて。本屋でもいいし、母のように魔法薬でもいいし」

「本に関わりたいなら学校の司書も選択肢になり得ますね。魔法薬なら薬学の教師でもいいし」

 やけに学校推してくるなぁ。ぼんやり思いながら「そうですね」と相槌を打つ。そして、ふと頭に浮かんだことを口にする。

「……もし仮に教師になるとしても、それ相応の経験を社会で積んでからの志願ですよね?」

「基本的にはそうなりますね。卒業してすぐにというわけにはいきません」

「なら、いったんは他の職業に就くってことになりますね」

「……まぁ。ああでも、司書や管理人なら、採用時における学校長の判断によっては、卒業後すぐに就業することも可能かもしれません」

 そうなのか。意外と緩い。そんな感想を抱きながら、司書と管理人か……と思考を巡らせてみる。マダム・ピンスとフィルチのイメージが強くて複雑な気分になるが、案外悪くないかもしれない。

「もし興味があるようでしたら、ダンブルドア校長が戻ってらした際に、職務内容について伺ってみてもいいでしょうね」

 リンの表情から興味を持ったことを読み取ったらしいスプラウトが、にっこり笑った。それに対して曖昧に笑みを返しつつ、リンは「あの」と口を開く。

「六、七年の履修授業は、」

「ああ、あなたの場合はとくに懸念事項もありませんね。今まで通りの調子なら、どの科目も継続履修できるでしょう。ただ、時間割の都合で、いくつかの科目を減らさないといけない可能性はあるでしょうが」

 ふうと息をついて、スプラウトは時計を見た。

「まだ時間はありますが……他に質問や相談がないのであれば、面接は終わりにしますが、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 リンは立ち上がって礼をした。その至極あっさりした様子を見て、スプラウトが苦笑する。

「望めばそれこそ魔法省大臣だって目指せるでしょうに、ほんとに無欲ですね」

「……はは」

 何と返すべきか迷って、リンは苦笑にとどめた。失礼しますと会釈をして、部屋を出る。

(……無欲、か)

 ――― リンって無欲だよな。いつかの言葉を思い出して、思わず口元に手を当てる。じわじわと身体が熱くなる感覚に、ぎゅっと唇を噛む。

 あぁもう、ほんとうに、進路よりこっちのほうがむずかしい。

5-44. 進路指導
- 289 -

[*back] | [go#]