三月から四月にかけては、いろいろ目まぐるしかった。大きなニュースとしては、トレローニーが解雇され、新しくフィレンツェというケンタウルスが「占い学」の教師として就任し、もう少し身近なことだと、迫りくるO・W・L試験に対するプレッシャーとストレスが限界突破したハンナが「鎮静水薬」の世話になった。さらに追い打ちをかけるように(とベティが一度だけ愚痴った)DAではついに「守護霊の呪文」の練習が始まった。

「アーニーはイノシシなんだね」

 イースター休暇前の最後の練習中、足元をぐるぐる回っている銀色の守護霊を眺めながら、リンが言った。なぜ本人ではなくリンの足元をうろついているのかという質問はいったん置いておく。やり切ったぞ!という表情を曇らせたくはない。なにせグループのなかではリンを除いて一番に有体守護霊の創出に成功したのだ。

「……僕、O・W・L乗り越えられる気がしてきた」

「よかったわねー!」

 投げやりな返事をして、ベティがもう一度呪文を唱えた。が、杖先からは銀色の靄しか発生せず、苛立った声とともにアーニーの背中を思い切り叩くに終わった。完全な八つ当たりである。いつもならスーザンやジャスティンが𠮟責するところだが、あいにくと今現在は二人とも有体守護霊の創出のため格闘中で、アーニーの短い悲鳴は虚しく掻き消えた。

「………、?」

 代わりにとリンがベティの足を踏みつけようとしたとき、「必要の部屋」のドアが開いて閉まる音がした。それからドア近くの生徒たちがひっそりとなり、続いて部屋の一部が静かになる。視線を向けると、ドビーがハリーと話しているようだった。

「……リン」

 音もなく近づいてきていたジンが声をかけてきた。びっくりしているハンナたちをとりあえず置いておいて、リンはジンを見上げる。

「不測の事態ですかね?」

「だろうな。今日はエッジコムがいないし、ひょっとしたら ――― ポッター、待て!」

 不意にジンが矛先を変えた。ドビーの警告を聞いてみんなに逃げるよう指示しようとしていたハリーが固まる。困惑の視線を受けつつ、ジンが眉間に皺を寄せて歩き出す。

「ドアの外はすでに張られている可能性が否めない。俺たちが全員を転送させよう」

「ホグワーツじゃ『姿くらまし』とかそういう魔法は使えませんよ」

 ザカリアスが言ったが、ジンは「心配無用、我々の移動術は問題なく作用する」と一蹴した。ほんとかよ。という目でザカリアスがリンを見てきたので、リンは大丈夫だと親指を立てておいた。

「ケイとヒロトでグリフィンドール生を、リンはハッフルパフ生を、俺がレイブンクロー生を転送。いいな」

 はい。はい! はぁい。とそれぞれ返事をして、リンたちは担当の生徒たちを自分の近くへと集めてから「必要の部屋」をあとにした。


「……なんで中庭?」

 尻餅をついていたエドガーが、ひょいと立ち上がりながら言った。

「あのまま寮に移動したら、このメンバーで何かをしていて、しかも慌てて帰ってこざるを得ない状況だったと分かっちゃうじゃないですか。目撃証言がアンブリッジに寄せられたら面倒です。だから適当な場所を脳内検索したんですけど、寮に近くて人気〔ひとけ〕のないところが屋外しか思い浮かばなくて」

 「必要の部屋」から近い図書室でも良かったが、あそこはたぶんジンが向かうだろうので却下。ケイとヒロトは、近場でふくろう小屋か、適当な空き教室かどこかへ向かったはずだ。

「……それはいいとして。おまえ僕たちの扱い雑すぎないか?! 僕たちもベンチに下ろせよ!」

 ザカリアスが怒鳴った。女子はベンチにそっと下ろし、男子はふわっと地面に着地させたリンの対応が気に食わなかったらしい。リンは首をかしげた。

「点在してるベンチに全員丁寧に下ろすのは疲れるし……それに一応弁解しておくけど、君たちもちゃんと着地させたでしょう? ただ君たちがバランス取れずに尻餅ついただけで」

「いきなり別の場所に連れて来られて、瞬時にバランスなんか取れるか!」

 正論である。とばかりに、ロバートやアーニーがうなずいた。ほかの男子は苦笑にとどまる。エドガーは「『移動キー』と変わらねーだろ鍛錬しろ」と援護をくれたが。

「……せめて全員平等に地面に下ろすならまだしも……」

「ザカリアス、故意に女子に尻餅をつかせることを良しとするのは、英国男子としてどうかと思う」

「おまえこそ英国男子の何を知ってるんだよ」

 はぁ……とため息を吐き出して、ザカリアスは前髪を掻き上げた。こいつの相手疲れる……中身もないし無駄だからもうやめる。べつにリンの背後から真顔で凝視してくるカール頭が怖いわけではない、断じて。つつと視線を逸らして口を閉じたザカリアスを疑問に思いつつ、リンは「……お先に帰られますか?」とセドリックたちを見やった。

「……いや、リンたちから帰るといいよ。女の子だし」

 ふんわり微笑みかけられて、リンは反射的に視線を空へと移した。今日も綺麗な星空だった。そういえば寝落ちたので寝室に置いてきたスイは大丈夫だろうか。そんな現実逃避を一瞬だけして、リンはセドリックたちに挨拶をし、ハンナたちに声をかけ、寮へと帰った。

**

 翌朝、学校中に魔法省令が掲示された。アンブリッジが校長に就任したらしい。人生何が起こるか分からないもんだなー。とアキヒトは笑っていたが、笑い事ではない。

「壁に貼った名簿は盲点だったね。すっかり忘れてた」

 「薬草学」からの帰り道。寮に帰ったあと結局どういうわけか(たぶん疑いをかけられて)校長室まで呼び出され、ダンブルドア対ファッジたちの現場に居合わせたというハリーから詳細を聞き、リンが呟いた。ハーマイオニーも「私も忘れてたわ……」とため息をつく。「バタバタしてたから仕方ないよ」とアーニーがフォローを入れた。

「……まぁ、おかげで綺麗なオチがつけられたから、怪我の功名ではあったけど」

「綺麗なオチ? ダンブルドアがいなくなってアンブリッジが校長になったのが?」

 ため息混じりのリンの呟きに、ハリーが憤然とした。風になびいた髪を片手で押さえて、リンがもう一度ため息をつく。

「あのね、違法な学生組織の存在を完全に隠すのは無理だったんだよ。ミス・エッジコムの顔に『密告者』と浮き出たんだから。密告っていう言葉じゃなかったとしても、会合について漏らしたときに呪いが発動した時点で、知られてはいけない違法な組織があったこと、その組織に彼女が少なからず関与していたことは示唆されてしまってる」

「話そうとした時点で物理的にしゃべれなくする呪いも考えたけど、そこまでするのはイヤだったの」

 ハーマイオニーが苦い顔で言った。そりゃそうだと苦笑するリンの視界の端で、ロンとアーニーが顔を青くしたが、彼らは何を想像しているのだろうか。
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