防衛術の自主練習についての討論は、なかなかうまくいった。というのがハーマイオニーの意見だった。ハリーとロンは逡巡したのち、あいまいにうなずいた。結果として、今日集まってくれたひとたちは練習へ参加してくれるらしいし、まぁ成功したと言えるだろう。ザカリアス・スミスや、チョウの友人など、不安なメンバーもいるが。 「あら、マリエッタ・エッジコムは分からないけど、ザカリアス・スミスはそこまで不安に思わなくて大丈夫だと思うわよ。クィディッチ・チームのひとたちがしっかりしつけ……監督してくれてるもの」 「言い直さなくてもよかったと思うけど」 ハリーが言うと、ハーマイオニーが困ったように笑った。ロンも含めた三人の頭のなかに、エドガーに頭を鷲掴みにされたり蹴り飛ばされたりしていたザカリアスの姿が浮かんだ。傍から見たら笑える光景だったが、本人は涙目だったと思い出す。 「アンジェリーナはすぐ手を出すひとじゃなくてよかったよな?」 「フレッドはよく殴られたり叩かれたりしてるけどね」 「それより私はケイとヒロトのほうが信じられないわ! まだ二年生でホグズミード行きを許可されてないのに、デニスを連れて城を抜け出してくるなんて!」 ロンとハリーがしみじみと話していると、ハーマイオニーがプリプリ怒り出した。「ジンが叱ってたからいいだろ」とロンがなだめたが、「あんまり反省してなかったわ」と一蹴された。「だったらホグズミードを集合場所に設定するのやめてくださーい」「そうですよ! 下級生に不利です!」という意見は、ハーマイオニーのなかでは却下のようだ。 「あっ」 小言をつらつら言っていたハーマイオニーが不意に立ち止まった。ハリーとロンもつられて足を止める。ロンの「今度はなんだい?」に対して、ハーマイオニーは「あそこ」と指さした。 「ディーンとベティよ」 「? 珍しいな、ベティがリンと一緒にいないなんて」 首をかしげるロンの横で、ハリーは瞬きをした。二人の手が、いわゆる恋人つなぎでつながれている。なんとなく理解して、ハリーは頬を淡く染めてハーマイオニーを振り返った。 「あの二人、付き合ってるの?」 呑気にバタービールの最後の一口を飲み干そうとしていたロンが、唐突にむせた。ゲホゲホするロンを無視して、ハーマイオニーが「んー……」と首をかしげた。 「少なくとも今朝ディーンが、今日ベティにきちんと言葉にして気持ちを伝えるって意気込んでたのは知ってるけど。まぁ、見た感じ、うまくいったんでしょうね」 「アイツらが恋人?! どうしてそうなるんだよ!」 「あら、ロンはどうしてそう思うの?」 「だってさ……そりゃ、ディーンの好みは僕だって知らないけどさ、でもベティはかなり顔がいいやつが好きだろ?」 「憧れや尊敬と恋愛はちがうのよ。ね、ハリー」 「えっ?! な、なにが?」 ハーマイオニーが大人びた顔で話を振ってきたので、ハリーはドキッとした。まったく身に覚えがなくて、どういう流れで矛先を向けられたのか分からない。 「だって、ハリーも気づいたんでしょう? リンへの感情は恋じゃないって」 一気に体温が上がるのを、ハリーは感じた。びっくりした顔で見てくるロンと視線を合わせないように、ハーマイオニーの目……も恥ずかしいので、首元くらいを見る。 「……そ、そのことなんだけどさ、ハーマイオニー。恋じゃないなら、どういう感情だと思う?」 「それはハリーが自分で考えるべきことだと思うけど」 ハーマイオニーがにべもなく言った。ですよね。ハリーは思った。思ったが、自分だけでは消化しきれないのだ。助けてほしい。 「考えてるんだけど、ぜんぜん分からないんだよ。だから、その、僕よりずっといい洞察力と判断力を持ってるハーマイオニーに、ヒントだけでももらえたらって思って……」 それとなくおだててみながら、そろーとうかがってみる。ハーマイオニーは深く息を吸って、深々とため息をついた。 「……たとえるなら家族愛かしら。年の離れた姉とか、いっそ母とか」 「僕、リンのこと老けてるとか思ってないよ?!」 「わかってるわ。たとえよ」 動揺するハリーとは対照的に、ハーマイオニーは落ち着き払っていた。 「でも、あなたってけっこうリンに意見を求めたり、リンから肯定されると安心したり、リンに諭されると冷静になるってのが多いじゃない? だから、そういうたとえがしっくりくるかなと思ったのよ」 「……僕、お母さんならウィーズリー夫人かなって思ってた」 「それママに伝えてもいい? 感涙するぜ」 「やめて恥ずかしい」 呆然状態から立ち直ったロンが一転、残念そうな雰囲気で苦笑した。ハーマイオニーも眉を下げた。 「べつに無理に名前をつけなくてもいいのよ。どんな種類であれ、大切なひとっていう表現にちがいないんだから。最低限、恋愛と区別ができてればね」 「なんで恋愛とは区別しなきゃいけないんだい?」 「恋愛は交際や結婚と結びついちゃうでしょ」 簡潔な説明に、ロンは「あー……なるほどね」と納得した。相変わらず、ハーマイオニーは現実的だ。ハリーも苦笑しつつ「なるほどね」と呟いた。 「感情ってむずかしいや」 「そりゃあね」 相づちを打って、ハーマイオニーは再び歩き出した。羽根ペンを買いにいきたいらしい。 「っていうかさ、僕の周りのやつらってみんな恋してるわけ?」 歩きながら、ロンがさりげない調子で言った。ハリーは「どうだろう」とにごしたが、ハーマイオニーは「そうかもね」とそっけなく返した。 「いまだに恋愛経験がないお子様は、あなたとリンくらいかも」 「なっ、僕だって恋くらいしてるさ! リンと一緒にするなよ!」 「あらそう」 「なんだよそのテキトーな相づち!」 「だって興味ないもの」 ポンポン交わされる二人の応酬を聞きながら、ハリーは、さりげなくリンがバカにされてると苦笑した。 5-20. ホッグズ・ヘッドを出て |