夏休み最後の夕食は豪華だった。テーブルにご馳走がずらりと並んで、上には横断幕が三枚掲げられた。真紅の幕にはロンとハーマイオニーの監督生就任を祝う言葉が書かれ、黄色の幕はそれのリン名前バージョンで、青色の幕ではジンの主席を祝われていた。 みんなで乾杯をしたあと、リンはジンとぽつぽつ会話をしながら食事を進めた。今日はフラーがいないので、ジンの機嫌もよかった。平和でいいなぁと思いながら、スイはパイにかぶりついた。 三人の横では、ビルとウィーズリー夫人が、いつものごとくビルの髪型論争を繰り広げていた。 「……ほんとに手に負えなくなってるわ。あなたはとってもハンサムなのに……短い髪のほうがずっとステキに見えるわ。ねえ、リン」 「えっ? あ……えっと」 「なんでリンに聞くんだい、母さん」 いきなり話を振られたリンがまごついてるあいだに、ビルがちょっと不機嫌な顔で母親を見た。ウィーズリー夫人は「なんとなくよ」と言って、今度はジンを見た。 「ジンはどう? 男性から見て、このポニーテールはアリかしら」 「……髪型は一種の自己表現ですし、個人の自由だと思いますよ」 「だよな」 淡々としたジンの意見を聞いて、ビルが満足げに笑った。ウィーズリー夫人はキュッと唇を結んで、リンへと振り返る。 「リンはどう?」 「えっ」 再び矛先を向けられたリンは困惑した。一度ジンに流れたので油断していた。とっさにスイへと視線を向けたが、スイは会話には関心がないらしく、せっせとパスタを巻いている。仕方なしに、リンはゆっくりと口を開いた。 「……ビルの髪型ですし、ビルの好きにすればいいと思いますけど……」 「そう? 男性なら短髪だって思わない?」 「いえ……私の寮の先輩にも、ポニーテールの先輩がいらっしゃいますし……短髪の女性がいるなら長髪の男性がいても問題ではないかと」 「ほら。いまはそういう時代なんだよ、母さん」 うきうきと口角を上げたビルに、ウィーズリー夫人は納得いかないという顔をしていた。リンは苦笑をにじませて、さりげなく二人から離れた。 隅のほうで、ハリーが、双子とマンダンガスの会話に首を突っ込んでいるのが見えた。ジンが眉をひそめたが、ちょうどそこで、キングズリーがジンに話しかけたため、彼が四人の会話に割って入ることはできなくなった。 「やあ、ジン。主席おめでとう。君にまちがいないと思っていたよ」 「……ありがとうございます」 「今年で卒業だが、進路は決めたのかい?」 「いえ……まだ、明確には……」 自分は会話に参加する必要はなさそうだと判断して、リンはするりと移動した。とりあえず、ハリーたちのほうへ行ってみよう。ジンが気にしていたし。 近づいていくと、ふとマンダンガスと目が合った。そしてギョッとした顔をされた。リンが首をかしげながら歩いていくうちに、マンダンガスは双子と顔を突き合わせてゴソゴソし、リンと入れ違いになる形で足早に食べ物のほうへ行ってしまった。 「……彼、どうしたの?」 「恩に着るぜ、リン! 君がダングをビビらせてくれたおかげで、商談がまとまった!」 イマイチ答えになっていない答えが、フレッドから返ってきた。瞬きをするリンに、苦笑まじりのジョージが「気にするな」と言って、フレッドと一緒に厨房を抜け出していった。 「……W・W・W絡みの何か?」 「アー……うん……まぁね」 「そっか。二人ともがんばってるんだね」 それだけ返してリンがチキンパイを頬張ると、ハリーが「リンは二人のこと応援してるの?」と聞いてきた。咀嚼しながら、リンはとりあえず首を縦に振って、口のなかを空にしてから言葉を返した。 「彼らに合ってるよ、悪戯専門店。現時点ですら、ゾンコよりバラエティ豊富でクオリティ高い商品をつくってるし」 「そっか……」 ハリーは口角を少し上げた。なんだか安心しているような様子だった。ちょっとだけ疑問に思ったリンだったが、まぁいいかと流して、再びパイを頬張った。 ** 満腹になったスイが眠ってしまったので、リンはみんなより一足先に部屋に戻ることにした。健やかに寝息を立てるスイを抱きかかえて階段を登りながら、リンは、そういえばハッフルパフのもう一人の監督生はだれだろうかと考えた。単純に成績で言えばジャスティンが任されそうだが、正直、彼と一緒に監督生をするのは遠慮したい。疲れそうだ。 内心で悩みながら踊り場に差しかかったとき、リンはふと視線を感じて顔を上げた。黒い目とかち合う。息を呑んで、リンは硬直した。ナツメが、上の階からリンを見下ろしている。 「………」 「……こ、こんばんは、母さん」 相変わらずの無表情で無言のナツメに萎縮しつつ、リンは挨拶をしてみた。しかし反応は返ってこない。いつものことなので構わないが。 「何か、私にご用でしょうか?」 ナツメは基本的に、用事がない限り現れない。いまここにいるということは、リンに何か用事があるのだろう。 「………」 ぐっとナツメの眉間に皺が寄った。リンが息を詰めて身構える。無意識に失言でもして怒らせてしまったかと冷や冷やするリンのまえで、ナツメがゆっくりと腕を動かし、何かを放って寄越した。キラリ、二つの光が現れる。 リンは慌てて念力で手のひらへと取り寄せ、そっと確認した。……フックピアスだ。キラキラした緑色の鉱石(エメラルドだろうかと、リンは思った)が下がっている。 「母さん? あの、これって……」 ひょいと顔を上げたリンは瞬いた。ナツメがいない。渡すだけ渡して、さっさと帰ってしまったらしい。リンは困惑した。このピアスをいったいどうしたらいいのか分からない。せめて渡された経緯くらいは知りたかった……。 (……とりあえず、しまっておこう) つけていいのか分からないし、そもそも穴を開ける勇気もない。ひとまず保管だと結論づけて、リンはそっとピアスを握りしめた。 5-11. 始業式前夜 |