吸魂鬼の襲撃から四日目の夜。魔法界の人間からの接触がまったくないことに苛立ちと歯がゆさとを感じていたハリーのもとへ、予期せぬ客人が現れた。

「見事に引きこもってるなぁ、ハリー」

 さわやかな笑顔に顔をのぞき込まれて、暗闇のなか無気力状態で横たわっていたハリーは飛び起きた。おっと、とアキヒト・ヨシノが身体を起こし、頭と頭の衝突は免れた。

「っ?!! ……?!!」

「若者の腹筋すばらしいな」

 言葉も出ないほど混乱するハリーとは対照的に、アキヒトは呑気にカラカラと笑う。いつからいた。どこから入ってきた。ていうか何の用。聞きたいことはいろいろあるが、声がついてこない。無言で口をパクパクさせるハリーを見て、アキヒトはクスクス笑った。

「ドッキリ大成功だな」

「からかうのもほどほどにね、アキ」

 聞き覚えのある声がアキヒトを諌めた。ハリーは視線を巡らす。しかし部屋の電気がついていないせいで何も見えない。電気……とハリーが思ったとき、だれかが「ルーモス!」と明かりをつけた。ハリーは瞬きをした。

 まず机のところにルーピンが立っていた。その横で、紫色の髪をした魔女が杖を掲げ、ハリーを眺めて「わぁああ、私の思った通りの顔をしてる」と言った。

「リーマスの言っていた通り……ジェームズに生き写し!」

「目だけがちがう……リリーの目だ」

 その横の白髪の魔法使いがゼイゼイ声で言った。その隣に立っているムーディが、左右不揃いの目を細めてハリーを見ていた。

「アキ、たしかにポッターだと思うか? ポッターに化けた死喰い人を連れ帰ったりしたら、いい面の皮だ。本人しか知らないことを質問してみたほうがいいぞ。だれか真実薬を持っていれば話はべつだが?」

「野暮なことをおっしゃらないでください、マッド‐アイ。俺が見抜けないとでも?」

「疑い警戒するに越したことはない。油断大敵!」

 うなるように言うムーディに、アキヒトが肩を竦めてルーピンへと視線をやった。心得たルーピンがハリーへと向き直る。

「ハリー、君の守護霊はどんな形をしている?」

「牡鹿」

「まちがいなくハリーだよ、マッド‐アイ」

 ムーディはフンと鼻を鳴らした。コツコツと足音をさせて、ハリーの机のほうへと向かう。ハリーはハッとした。

「なるべく音をさせないで。ダーズリー一家に気づかれたりしたら、」

「案ずるな少年、俺の魔法で防音はバッチリだ。ついでにちょいと拡張もしてる。この人数が入るには少々せまいんでね」

 アキヒトがパチンとウインクを寄越した。ムーディが顔をゆがめる。

「いい歳した男がウインクなぞするな。くだらん」

「はは、自分がウインク似合わないからって嫉妬ですか、マッド‐アイ」

 ふざけたアキヒトの腰を、ムーディがステッキでど突いた。ぃだっ! とアキヒトが腰を押さえるのを見て、紫髪の魔女がクスクス笑う。ハリーが反応に困っていると、ルーピンが一歩まえに出て、メンバーの紹介を始めた。

 紫髪の魔女がニンファドーラ・トンクス。ゼイゼイ声の魔法使いがエルファイアス・ドージ。紫色のシルクハットの魔法使いがディーダラス・ディグル。エメラルドグリーンのショールを巻いた魔女がエメリーン・バンズ。麦わら色の豊かな髪の魔法使いがスタージス・ポドモア。ピンクの頬をした黒髪の魔女がヘスチア・ジョーンズ。

「ハルヨシは知ってるね。彼とキングズリー・シャックルボルトは、いま階下で君の叔父さんたちの相手をしている」

「君を保護しにきたと言うと心象がよくないだろうから、君の学校での素行がよろしくないため生徒指導合宿に連れていくという設定にした。口裏を合わせるように」

 ルーピンの説明にきょとんとしたハリーに、アキヒトが言った。ハリーは困惑しつつうなずいた。そんなハリーの頭を少々乱暴な手つきで撫で、アキヒトは、床の上に開けっ放しで放置されているトランクを指さした。

「話がまとまったところで、荷造りを頼む。合図がきたら即座に出発したいからな」

 はいと返事をして、ハリーは急いで本やら服やらをトランクに投げ込み始めた。えっちらおっちら荷造りするハリーをしばらく眺めたあと、トンクスが杖を構える。

「バカね……もっと早いやり方があるわ。パック!」

 床を大きく掃〔はら〕うように、トンクスが杖を振った。本も服も、望遠鏡も秤もぜんぶ空中に舞い上がり、トランクのなかにゴチャゴチャに飛び込んだ。ヘスチアとエメリーンがやれやれという顔をするのを見て、トンクスは困った顔をした。

「キレイとは言えなくてごめんね……ママならきちんと詰めるコツを知ってるんだけど。でも私はママのやり方をマスターできなくてさ」

「大丈夫だろ。必要なものは入ったし。さっきのハリーの入れ方を見るに、ハリー自身にやらせても、これとたいして変わらないさ」

 ヘドウィグの鳥籠を清めたアキヒトが、ざっくりフォロー(?)を入れた。トンクスは「だよね!」と顔を明るくする。彼女の背後で何人かが複雑そうな視線を彼女に送っていたが、あいにくと気づかれなかった。 

「ところで、私って紫が似合わないわよね……さっきチラッと鏡に映ったときに思ったんだけど。やつれて見えると思わない?」

 洋箪笥の開けっ放しの扉の内側にある鏡へと歩み寄って、トンクスは自分の像を矯〔た〕めつ眇〔すが〕めつ眺めはじめた。部屋にいる面々が瞬きをする。しかし彼らが発言するまえに、トンクスは「うん、やっぱりそうよ」と自己完結した。目をギュッとつむって顔をしかめる。次の瞬間、トンクスの髪はピンク色に変わった。

「どうやったの?」

 呆気に取られたハリーが尋ねると、トンクスは『七変化』という外見を自在に変えられる能力なのだと教えてくれた。ちょっとワクワクしたハリーだったが、後天的に習得するのはむずかしいと聞き、ガッカリした。アキヒトが笑い、ふと表情を変えた。

「……マッド‐アイ、ジンから念が送られてきたぞ。もうそろそろ合図だそうだ」

「よし」

 アキヒトの言葉を聞いて、ムーディが立ち上がった。先に行くと言い置いて、バシッと音を立てて姿をくらませる。ほかの面々も続いた。残ったメンバーがルーピンとアキヒトになったところで、ハリーは質問をした。

「どこに行くんですか? 『隠れ穴』?」

「秘密だ。まぁヒントとして『隠れ穴』ではないと言っておこう」

「じゃ……その、どうやって行くんですか? 姿くらまし?」

「箒さ。俺が瞬間移動で連れていったほうが早いし安全なんだが……君はずっとマグルの世界に缶詰めだったろう? 本部へ行ったあともおいそれと外出できないし、せめて移動時間くらいは魔法に触れて気分転換させてやりたい。……と、リンが意見を出したからな。うれしいなら、あの子に礼を言ってあげてくれ」

 ニッと笑いかけてくるアキヒトの言葉を数秒かけて理解したあと、ハリーは笑顔で力強くうなずいた。

「とりあえず、近くの公園に移動する。あらかじめ人払いと目くらましの結界を張ってあるから、そこから箒に乗って飛び立つ。注意事項としては……まぁいいか。向こうでマッド‐アイがつらつら話してくれるさ」

 ひとまず移動だ。というアキヒトの言葉を最後に、ハリーは唐突に自室から姿をくらました。


5-5. 先発護衛隊
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