| 音楽が再び落ち着いたテンポの曲になっていたので、リンたちは気晴らしにまた踊ることにした。人混みのなかに紛れて、ステップを踏んでいく。真横でダンブルドアとマクゴナガルが踊っていたので、ちょっと緊張した。
「何か、飲み物とかいるかい?」
適当なところでダンスをやめて端に寄っていく途中、セドリックが尋ねてきた。リンはふるりと首を振った。
「いえ、さっき飲んだので大丈夫です」
「そうか。……あ」
不意にセドリックが「しまった」と渋面を浮かべた。どうかしたのかと首を傾げるリンに、エドガーたちがいるテーブルにバタービール(栓を抜いただけで飲んでいないらしい)を置いてきてしまったと呟く。
「ちょっと取りに行ってくるよ……待ってて」
「はい。いってらっしゃい」
するりと人混みを掻き分けていったセドリックを見送って、リンは息をついた。ドレスを着ているからか、緊張しているからか、身体に変な力が入ってしまっている。ちょっと疲れたなと思うリンの肩を、だれかが叩いた。
「こんばんは、リン。よければ僕と一曲踊らないか?」
「え……」
答える前に、リンの片手は相手に取られ、腰にも腕が回された。いきなりの接触にリンの身体が硬直する。困惑して、リンは相手の顔を見上げた。
「ザ、ザビニ、」
「なんだ?」
楽しそうに口角を吊り上げて、ブレーズ・ザビニは首を傾げた。リンが戸惑っていることは分かっているはずなのに、どこ吹く風で、ぐいぐいとフロアに引っ張っていく。力が強いわりに乱暴な感じは与えないあたり、女の扱いに慣れているのだろう。
「ちょっと待って。私、パートナー、」
「まだ戻ってこないだろう? 一曲だけなら大丈夫さ」
腰に回した腕に力を込められ、さらに耳元に顔を寄せて囁かれて、リンの身体が跳ねた。まったく免疫のないことをされて、思わず鳥肌が立つ。セドリックに視線をやると、エドガーになぜかヘッドロックをかけられていた。こちらに意識を向ける余裕はなさそうだ。
こういうときに限って、エドガーは余計な邪魔をしてくれる。頭のどこかで苛立ちを覚えたが、現状に対する混乱の方がはるかに多くの容量を占めている。断らなければと焦るのに、ザビニは「いつもきれいだけど、今日は一段と美しいな」「そのドレス、君によく似合ってる」などと言葉を並べ立てて、リンに口をはさむ隙を与えない。
どうしよう。この人、苦手だ。
いっそ横面でも張って逃げようかと思ったとき、声が割って入ってきた。
「ザビニ。リンに迷惑をかけるのなら、帰れ」
「……ノットか」
眉間に皺を寄せていかにも不機嫌なオーラを出すセオドール・ノットが、行く手を遮るように立ちふさがった。睨まれて、ザビニが目を細める。
「迷惑だって? たった一曲分のダンスを申し込んでるだけじゃないか。まあ、ついでに口説いてはいるけど」
「広間の外へと向かいながら、よくも『踊りたい』などとぬかせるな」
「……へえ。僕の考えは全部お見通しってわけか」
「おまえのろくでもない魂胆はだいたい予想がつく。これ以上リンに不快な思いをさせるなら、」
「はいはい。分かったよ」
やれやれと言わんばかりに溜め息をついて、ザビニはリンから手を離した。やっと解放されたリンは、慌てて静かにザビニから距離を取る。無意識にかドレスの胸元を握り締めるリンを見て、ザビニは艶やかな笑みを浮かべた。
「リンは意外と初心〔うぶ〕で反応がかわいらしいな。うれしい誤算だ」
「………、」
「ザビニ」
反応に困って何も言えないリンに代わって、ノットが強い語気でザビニの名前を呼ぶ。ザビニは肩を竦め、皮肉っぽく「優秀な護衛だな」と呟いて、人混みのなかに消えていった。
その後ろ姿を睨みつけたあと、ノットは身体の向きを変え、リンを見下ろした。眉間の皺は浅くはなったものの、まだ残っている。
「……リン、ディゴリーはどうした?」
「え……あ、いまは、飲み物を取りに行ってて」
「……使えないな」
ノットは再び眉間の皺を深くした。視線だけでセドリックの位置を確認して、周りを見、それから、おもむろにリンへと手を差し出す。リンは瞬いた。
「一応ここはダンスフロアだ。いつまでも立ち止まってたら迷惑になる。……適当に踊り抜けよう」
「あ、はい」
納得して、リンは差し出されていた手を取った。一拍置いて「……悪いけど、触れる」と呟いて、ノットは遠慮がちにリンの腰に手を当てた。正確には、手首あたりを腰に当て、手のひらはリンの身体に触れないギリギリのところで静止していた。
「……あの、ノット、そこまで遠慮しなくても、」
「触れられることには、多少の抵抗があるんだろう?」
首を傾げたノットの言葉に、リンはぱちくり瞬いた。その目をじっと見つめて、ノットは「行こう」と前置きをして動き出した。リンも慌ててついていく。
さすが貴族というべきか、ノットもダンスが上手い。人々の間を縫いながら、リンは思った。実際の動きは「踊る」というより「歩く」に近いのに、ちゃんとしたダンスに見えるのはすごい。
そんなことを思っている間に、セドリックたちの元へと辿り着いた。一分も経っていない。ノットの器用さにリンは吃驚した。
「……リン?」
友人に妙な技をかけられていた最中のセドリックが、突然ほかの男子生徒と現れたリンを見て、目を丸くする。エドガーもポカンとして力を抜いた。その隙にと、セドリックが彼の腕から逃れる。
「パートナーならしっかり傍にいるべきだ。今日のリンはとくに注目を浴びてるんだ、さらわれるぞ」
目を細めてセドリックを見据え、ノットが言った。先輩相手だというのに、ずいぶんと横柄な口振りだ。さらにフンと鼻を鳴らして「すでに一匹、僕が駆除した」と付け加える。
それを聞いて、セドリックはハッとした表情になり、それからすぐ眉を寄せ、「……ありがとう。気をつけるよ」と、少しトーンの落ちた声で呟いた。
「……きれいな花は、虫除けが大変だなあ」
カラカラと笑うエドガーに、リンが目を瞬かせる。わけが分からないという顔をする彼女に、エドガーはますます笑みを深めるのだった。
4-45. ダンスタイム
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