目が覚めてからホグワーツ特急に乗るまでも、てんやわんや怒涛の時間だった。

 まず朝に、ディゴリー氏の生首が、マッド‐アイ・ムーディが騒ぎを起こしたというありがたくないニュースを持ってきた。

 次にウィーズリー夫人が、普通のマグルのタクシーでロンドンに行こうと言い出した。絶対に何事かが起こると思ったリンは、彼女を言いくるめ、空間移動を使ってみんなで移動するという結論に持っていった。スイが「タクシーはダメ、タクシーはダメ」と必死にバシバシ叩いてきたのも理由の一つだ。

 さらに見送りのメンバーがホグワーツで起こる“何か”について仄めかすので、双子やロン、ジニーが興奮し、宥めるのに苦労した。

 最後に、フレッドとジョージに彼らの発明品の製造方法のメモを与えたら、叫びながらの抱擁を食らった。間一髪、スイは列車の窓枠に避難した。

「リン、君、最高だぜ! 救世主だ! 愛してる!」

「いったいどうやったんだ?」

「ちょっと……あー、ヨシノの魔法で」

 耳鳴りと、クラクラする頭と、締めつけられる身体に耐え、リンはジョージの質問に一言だけ答えた。詳しく述べる気はない。しかしそれで充分だったようで、双子はさらに興奮を身体で体現し始めた。

 抱きしめられ、頬にキスされ、髪を掻き回され……ぐしゃぐしゃにされるリンを見て、スイはヒョイと尻尾を振った。

 スイは知っている。リンがいろいろと苦労して、なんとか暖炉の時間だけを巻き戻し、投げ捨てられた瞬間のメモを入手したことを。なかなか機会も訪れず、正解な時刻も把握できず、大変だったのだ。

 遠い目をしてリンを眺めていたとき、スイは誰かに身体を掴まれた。明るく爽やかな声が上から降ってくる。

「よう、諸君、楽しそうだな?」

 ぐるりと首を回したスイは、予想通りの人物を視界に入れる。ニヤニヤと笑ってリンたちを見ているのは、やはりエドガー・ウォルターズだった。

「おい、セド、来いよ。おもしろいリンが見られるぜ」

「ひとを見世物にしないでください、エドガー」

 近くのコンパートメントの一室に声をかけるエドガーに、リンが眉を吊り上げる。だが、リンが双子の腕から脱出する前に、セドリックが現れた。リンと目を合わせ、驚く。

「……何事だい?」

「我らが親愛なるリンに愛を囁いてたところさ」

「ディゴリーはお呼びじゃないな」

「つまり泥沼ラブコメディーらしい」

「…………」

 セドリックの問いに、フレッド、ジョージ、エドガーが順に答えた。フレッドに至っては、リンの口を片手で塞いで彼女の頬に唇を寄せるというふざけた演出つきだ。スイが、エドガーにぶら下げられた状態で尻尾をバシッと振り下ろした。

「………アクシオ リン」

 ニッコリ微笑んだセドリックが、杖をリンに向けた。は? と声が出る間もなかった。グンッと引き寄せられ、気づけばリンは彼の腕の中にいた。

 身体のあちこちが痛いのは、無理やり引き離されたからか、勢いよくセドリックに衝突したからか……。きっと前者だ。咄嗟に発動させた浮遊能力で、セドリックとの激突は辛〔から〕くも避けたのだから。

「……セドは心が狭いなぁ」

 楽しそうにエドガーが呟く。それを背景に、セドリックがリンを腕に抱いたままコンパートメントに入り、ドアを閉めた。

「………」

「…………」

 妙な沈黙が流れた。リンもセドリックも、動かないし何も言わない。十秒待って、相手が喋らないのを確認して、リンが口を開いた。

「……なに考えてるんですか?」

「………ごめん、特になにも考えてなかった」

「そうですか。よくあることですね、わかります」

 セドリックは何も返さなかった。再び訪れた沈黙の中、また十秒数えたリンが言葉を発した。

「……あの、よければ離してくれませんか? スイを置いてきたし、荷物も置きっぱなしで……あと、ハンナたちとも待ち合わせて、」

「リンは、あの二人のどちらかと付き合ってるのかい?」

「……え? いえ、交友関係はありますけど……恋愛関係はないです」

 いきなり話が飛んだけど、どうなっているのだろう? この場合、どうしたらいいんだ? 返事をしつつ、リンは困惑した。とりあえず、抱きしめてくる力が、少しだけ、痛い。

「……あの、」

「友達のところまで送るよ、リン。荷物は重そうだし、……何かあると困るし」

「………お願いします」

 反論できる雰囲気ではないことを悟ったリンは、素直に受け入れることにした。セドリックに手を引かれてコンパートメントを出る。その先の通路で、引っ掻き傷だらけの三人を発見した。

 すぐさま肩に乗ってきたスイを見るに、どうやらリンが連れていかれたことに腹を立て、三人に八つ当たりをしたらしい。心なしか、好きなはずのセドリックを睨んでいる。セドリックが小さく謝罪した。

「リン、スイの爪、切った方がいいぜ」

 なぜか一番傷が多いフレッドが、疲れ切った顔で言った。スイが「黙れ!!!」と言わんばかりに、毛を逆立てる。これは相当気が立っている……リンは、そっと彼女を抱きかかえた。

「リン? 何があった? 無事か?」

「リンッ! そんなところに! ご無事で?」

 セオドール・ノットと、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーが、同じタイミングで現れた。ノットは近くのコンパートメントから顔を出し、ジャスティンは通路を駆けてくる。最悪のタイミングだと、リンは頭を抱えたくなった。

 案の定、顔を合わせた途端、ノットとジャスティンは険悪な雰囲気を醸し出した。身長差のため、ノットが見下ろす側、ジャスティンが睨み上げる側となっている。傍から見ればどちらも恐ろしい。スイはすっかり怒りを忘れて思った。

「……おそばにはべっていなかったなんて、珍しいな。捨てられたのかと思った」

「心配どうも。リンが僕を不必要だと思うことは未来永劫あり得ないから、どうか安心してくれ。むしろ、リンから留守を預かるほど信頼されているのさ」

「……留守を預けた覚えはないけど」

 小さく呟いたリンの声は、汽笛の音に掻き消された。なぜこのタイミングで汽笛が鳴るのか、不思議でならない。

 その間にも、二人の舌戦は盛大に繰り広げられる。上級生四人が苦笑しているのが、気配で分かった。

 今日は厄日かな……。リンは窓の外を眺めて、溜め息をついた。

4-22. ホグワーツ特急にて
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