朝日が初々しく昇り、霧も晴れ、いまや辺り一面に広がったテント村が見渡せた。リン、ハリー、ロンの三人は、周りを見るのがおもしろくて、ゆっくり進んだ。

 他のキャンパーも次々と起き出していた。最初にゴソゴソするのは、小さな子供がいる家族だ。大きなピラミッド型のテントの前では、まだ二歳にもなっていないだろう小さな男の子が、しゃがんで、嬉しそうに杖でナメクジをつついていた。

「……ナメクジの口元って、なんとも言えない輪郭してるよね」

「なんで君そんなとこ見てんの?」

 サラミ・ソーセージぐらいに膨れ上がったナメクジ。じっとそれを見ていたリンが呟くと、ロンがツッコミを入れた。もはや立派なリンへのツッコミ役である。

 そこから少し歩くと、先程のチビッコ魔法使いよりちょっと年上の魔女っ子が二人、おもちゃの箒に乗っているのが見えた。爪先が露を含んだ草々を掠める程度までしか上がらない箒だ。

 それでも、それを発見した魔法省の役人が、リンたちの脇を通り抜け、注意すべくすっ飛んでいった。杖も出せず「姿現わし」も使えないのが大変そうだ。

 あちこちのテントから、大人の魔法使いや魔女が顔を覗かせ、朝餉の支度に取りかかっていた。こっそり杖で火を熾〔おこ〕していたり、マッチの使用に四苦八苦していたり、いろいろだ。

 白く長いローブを着たアフリカ系の魔法使い三人が、ウサギのようなものを鮮やかな紫の炎で炙っている。それを見て、リンは「アフリカのローブは黒ではなく白なのか」「あの肉は持参なのか」「というか、朝から肉オンリーなのか」などと考えていた。

「……あれ? 僕の目がおかしいのかな……それとも、何もかも緑になっちゃったのかな?」

 不意にロンが言った。しかしロンの目のせいではなかった。三人は、三つ葉のクローバーで覆われたテントの群れに足を踏み入れていた。

「……アイルランド・チームのサポーター集落だ」

 リンが呟いた。まさにその通り。直後に三人を大声で呼んだのは、グリフィンドールの新四年生、シェーマス・フィネガン……アイルランド出身の少年だった。

 やはり三つ葉のクローバーで覆われているテントの前に座っている。傍には母親らしき黄土色の髪をした女性と、ディーン・トーマスの姿がある。妙にキラキラした表情でリンを呼ぶシェーマスに、三人は歩み寄った。

「やあ、リン! 久しぶり! こんなところで君に会えるなんて、朝からすごくラッキーだ! あ、紹介するよ、僕のママ! ママ、彼女がリンだよ! リン・ヨシノ! ほら、何回か話しただろ?」

 怒涛のようにまくし立てるシェーマスに、リンは少しだけ引いた。朝からやけにテンションが高い。疲れないのだろうか。そんなことを思いながら、リンはフィネガン夫人と挨拶を交わす。気の強そうな人だと思った。

「ハリー、ロン、この飾りつけ、どうだい?」

 ディーンと一言二言交わしていたハリーたちに、シェーマスがにっこりと笑いかけた。肯定的な意見しか求めていない様子に、リンは息をつく。ふと顔を横に向けると、ディーンと目が合った。

「……疲れない?」

「………ちょっとだけ。でも、なにか言える立場じゃないしな」

 肩を竦めるディーンに、リンは労わりの視線をプレゼントした。そのまま彼と少し世間話をしたあと、リンはハリーたちと一緒に緑化地帯をあとにした。

「環境に配慮した、目にやさしい、リラックスできる区域だったね」

「誰とも会話をしなくて済むならね」

 呑気なリンに、ロンがふてくされた。アイルランドの応援を強要されたのが不満らしい。気を取り直すためか、ハリーがブルガリアのサポーター集落を見に行こうと提案した。

 こちらのテントは緑色ではなく、どちらかというと白黒だった。テントに貼りつけられていたのは、植物ではなくポスターだったからだ。

「……指名手配犯みたいな扱いに思えるんだけど」

「クラムだ」

 至るところにベタベタ貼られている顔写真に、リンが呟く。それに被せるように、ロンもそっと言った。ハリーが「え? この人が?」と目を丸くして写真を見つめる。リンもパチクリ瞬いた。

「クラムって、ブルガリア・チームのシーカーの?」

「そう! ビクトール・クラム! すっげぇ人だよ! 天才なんだ!」

 鼻息荒く語るロンを、リンはスルーした。自分を取り囲んでいる大勢のクラムのうち一人をしげしげと見つめる。

 真っ黒なゲジゲジ眉の、無愛想な顔だ。せっかく動く写真に写っているのに、瞬きするか、顔をしかめるか、はたまた睨むか、それだけしかしない。

 もったいないとも思えたが、それより好感が持てた。あまり自分の評判にこだわりを持っていない印象を受けたからだ。クールというか、自分の軸を持っているというか。鼻を高くしたり調子に乗ったりしていない。

 いくら天才で有名人でファンが多くとも、ロックハートのようにキラキラ目立ちたがり屋だったら、イラッとくる。たぶん、うっかりポスターを燃やしてしまっていただろう。

「……試合で活躍を見るのが楽しみだ」

 自然に上がる口角を自覚しながら、リンは呟いた。

 そして、未だに語り続けるロンと、それを聞きながらポスターを見つめているハリーに声をかけて、再び水道へ向けて歩き出した。



 なんだかんだと、やっと水を汲んで帰る途中、三人はあちこちで他の顔見知りに遭遇した。

 元グリフィンドールのクィディッチ・チームのキャプテン、オリバー・ウッドは、自分のテントにハリーとリンを引っ張っていき、両親に二人を紹介した。

 次に会ったのはハッフルパフのアーニー・マクミラン。彼は、ハリーとロンと並んで歩くリンを見て目を丸くした。

「君はこういう場には来ないかと思ってたよ」

「ちょっといろいろあったんだよ。興味も少なからずあったし」

 友人に微笑んで、リンはテントの前にいたアーニーの両親に挨拶をした。返された挨拶は、さすが貴族というべきか、とても丁寧なものだった。恰幅の良いマクミラン氏を見て、アーニーの体型は遺伝かと、ハリーとロンは思った。

「ハンナもいるから、探してみるといいよ」

「スーザンたちは?」

 首を傾げるリンに、アーニーは気まずそうに笑った。彼曰く、スーザンとベティは切符を入手できなかったらしい。ジャスティンは元々クィディッチには興味がなく、リンはワールドカップに行かないと思ったため、アーニーの誘いを断ったとのことだ。

「……なんで私を基準にするかな」

「仕方ないさ。それがジャスティンだからね」

 苦笑しながら「ここでリンと会ったことがばれたら、僕、ジャスティンに殺される」とぼやくアーニーに、リンはふと笑ってしまった。

 マクミラン一家と別れたあと、今度はチョウ・チャンに出会った。リンは面識がないが、ハリーによるとレイブンクローのシーカーらしい。

 少しだけ興味を持ったリンが視線を向けると、ハリーに手を振っていた彼女はパッと顔を逸らしてしまった。そのままこちらから離れるように歩いていくチョウに、リンは首を傾げる。

「……なにか気に障るようなことしたかな」

「そんなの僕たちが知るわけないだろ」

「それより、あの子たち、誰だと思う?」

 肩を竦めるロンの横で、ハリーが話題を変えた。同じ年頃の外国人らしき子供たちの一大集団を指差している。視線を向けて、ロンが「どっか外国の学校の生徒だと思うな」と話を始める。

 ビルが昔ブラジルのペンパルに呪いの帽子を送りつけられたという話を聞き流しながら、適当に相槌を打ちつつ、リンはテントへと帰った。

4-13. 寄り道だらけの水汲み
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