日曜日の午後はドタバタしていた。ウィーズリー氏が五時にハリーを迎えに行くことになっており、その支度で追われているからだ。

「もうすでに十五分オーバーだね」

 のんびり読書しながらリンが呟くと、スイが頷いた。ハーマイオニーはソワソワとウィーズリー氏を見ている。見かねたジニーが父親に声をかけた。

「パパ、遅刻よ」

「分かってる!」

 飛んで返ってきた声に、ジニーが肩を竦める。このやり取りもすでに五回目である。ジニーは匙を投げたようで、リンに寄り添って本を覗き込んだ。

「こんなに遅れて……ハリーのおじさまたち、心配してるんじゃないかしら」

「ハリーは心配してるだろうけど、彼の親戚たちはしてないと思うよ」

 不安げに時計を見たハーマイオニーに、リンが本のページをめくって言う。隣のジニーがリンの読むスピードについていけず目をパチクリさせているのを、スイは見た。

「こんなに待たせられて、むしろ怒ってるんじゃない? 魔法嫌いのおかたいマグルなんでしょう? 時間にもうるさそう」

「それなら、ハリーが心配だわ! 八つ当たりされてるかもしれない!」

 ハーマイオニーが悲鳴を上げ、ウィーズリー氏の元へと走っていく。その後ろ姿を一瞥し、リンはまたページをめくった。ジニーがリンと一緒に文字を追うのを諦め、スイに手を伸ばして撫でてくる。スイは尻尾でジニーの腕を緩く撫で返した。

 しばらくして、ウィーズリー氏が支度を整え、フレッドとジョージ、ロンを伴って「ダーズリー家」へと出発した。

「……そういえば、いまどきのマグルの家って、暖炉を使ってるの?」

 ウィーズリー氏が暖炉から姿を消す音を聞いて、リンは本から目を上げ、状況を確認したあと、ハーマイオニーへと呟いた。フレッドとジョージが連続で「飛行」するのを見ていたハーマイオニーは、一瞬の間をおき、それからハッと口元を手で覆った。

「た、たぶん使ってないわ!」

「なんだって?」

 いままさに暖炉に片足を突っ込んだロンが、思わず振り返って目を剥いた。

「バカ言うなよ。暖炉を使わないなんて、マグルってどういう神経してるんだい?」

「だって電気ストーブがあるもの! それに私たちは、暖炉を移動手段になんて使ってないわ!」

「じゃあ何に使ってるんだよ?」

「それはいまどうでもいいよ」

 ロンとハーマイオニーの終わりが見えそうにない論争(単なる言い合いだとスイは思ったが)を、リンが強制的に打ち切った。パッと口を閉じてリンの方を振り向く二人に、ジニーは「リンってばすごい」と感嘆する。スイはやれやれと溜め息をついた。

「たぶん向こうでも混乱してるよ。ハリーだって、まさか『煙突飛行』で迎えにくるとは思ってなかっただろうし」

「じゃあ、僕、パパたちに知らせてくる!」

「いや、待っ ――― 」

 リンが制止する間もなく、ロンは飛んで行ってしまった。スイが尻尾を振り下ろし、リンが溜め息をつく。

「……君まで『煙突飛行』で行ってどうするんだよ」

「まったく、ホント考えなしなんだから」

「仕方ないわ。ロンだもの」

 リンと同じように溜め息をつき腰に手を当てて首を振るハーマイオニーに、ジニーが笑った。何気なく扱いひでぇな。スイは内心でツッコミを入れた。そろそろ喋りたいと思うこの頃である。

「まあ、もうどうしようもないし、パパに任せましょ。あたし部屋に戻るわ」

「私も行くわ……またバタバタするだろうから」

「絶対うるさくなるわよ。リンはどうする?」

「私はもう少しここにいるよ」

 ジニーとハーマイオニーは愛想を尽かしたようだ。巻き込まれたくないというオーラを全身から放出して、キッチンを出ていった。リンと二人きりになって、スイはようやく身体を伸ばした。

「ストレスの溜まりすぎで死ぬかと思った」

「ずっと喋れてなかったからね」

 再び本へと目を下ろしてリンが言うと、スイは「まったくだよ」と頷いた。

 例年通りであれば、いま頃は思う存分に話せているスイだが、今年はそれが許されなかった。スイが話せるという事情を知らない人たちばかりと触れ合っているからだ。ウィーズリー家に来てからは、もうほとんど口が利けなかった。

「リンったらなかなか一人になってくれないんだからさ」

 何かとウィーズリー家のメンバーにつき纏われているリンを、スイは睨み上げた。まだロンドンでシリウスやルーピンと暮らしていたときの方がマシだったとスイは思っている。

「くっそ、リンのバカやろ」

「双子やジニーがくっついてくるのは、私の責任じゃないよ」

「いや、魅力的なリンが悪い」

 スイはバシバシと尻尾でリンの腕を叩きまくる。理不尽な言い分と地味な痛さにリンが顔をしかめたとき、ビルとチャーリーがキッチンに入ってきて、スイの自由時間は呆気なく終わりを告げた。


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