翌日の午後にはハーマイオニーが到着した。こちらも自宅に「煙突飛行ネットワーク」が繋がれていないため、ロンドンの「漏れ鍋」の暖炉を利用しての旅だった。

「こんにちは、ハーマイオニー……大丈夫?」

 暖炉から吐き出されるように現れたハーマイオニーを、偶然キッチンに居合わせたリンが気遣った。床に投げ出されたハーマイオニーは、弱々しく「うん」とも「ううん」ともつかない呻き声を出した。

 そんな主人の脇を、クルックシャンクス(床に投げ出された衝撃でカゴから脱出を果たした)が颯爽と通り抜け、庭へと出ていく。薄情というかクールすぎる猫である。ひょっとしたら悲惨な旅路のために気を立てているのかもしれない。

 テーブルの上に寝転がってビルに構われていたスイは、起き上がってハーマイオニーを見、彼女に同情した。あの気持ち悪さと乱暴な扱いは、スイも先日経験している。

 リンの手を借りて起き上がったハーマイオニーは、チラリと暖炉を振り返った。暖炉はもう何事もなかったかのように静かになっている。

「……私、この移動手段は好きになれないわ……」

「そう? 私は、絶叫マシンみたいでおもしろいと思ったけど」

「………」

 呟くリンに、スイが尻尾をビシッと振り下ろした。その尻尾をちょんとつついて、ビルが女子二人に微笑む。

「マグル出身の子だろう? 『煙突飛行』は初心者にはきついからね、仕方ないよ。でも、慣れればどうってことないからさ」

「そ、そうですか……あと何回くらい経験したら慣れるでしょうか?」

 ビルの微笑みに頬を染めながら、ハーマイオニーが尋ねた。ビルが「そうだな……」と考え込んだとき、リンが爆弾発言を投下した。

「あんなの、初回で慣れない?」

 訪れた沈黙の中、スイは「こういうときこそ、なにか他ごと考えて黙ってればいいのに」という目で、不思議そうにハーマイオニーを見ているリンを見やる。スイの上で、ビルが口を開いた。

「リン、君……昨日が二回目なのかい?」

「いいえ、昨日が初めてです」

 ヨシノ家は超能力が使えるため、ほかの魔法族が必要とするものが必要なかったりする。「煙突飛行」もそのうちの一つだ。空間移動を使えば済んでしまうヨシノ一族にとって、それは不要なものであり、当然、未経験だ。

 存在は知っていたが使ったのは昨日が初めてだ(ちなみに、なぜ空間移動を使わなかったかというと、超能力に不慣れなウィーズリー家への配慮である)と言うリンに、ビルが苦笑した。

「その割には、昨日スマートに到着してたね……」

「最初は戸惑いましたけど、回ってるうちに慣れました……あ、でも、スイは最後まで目を回してて、終わってからも気持ち悪そうだったかも」

 それが普通の反応だよ。スイは再び尻尾を振り下ろしながら、内心でツッコミを入れた。いつものことだが、リンの順応性には実に驚かされる。

 ハーマイオニーもスイと同じ気持ちのようで、呆れた目でリンを見ていた。

「あなたの順応性が、他人より数倍高いのよ。いい加減に自覚してちょうだい」

「私より、母さんとかダンブルドアの方がよっぽど高いと思うけど」

「どうしてその二人を引き合いに出すのよ」

 比べる対象が間違っていると指摘するハーマイオニーに、リンが首を傾げる。スイはやれやれと溜め息をつき、ビルはちょっと目を丸くしたあとクスクス笑った。

「本当に、フレッドとジョージが気に入りそうな子だね」

「俺たちが何だって?」

 タイミングよく双子がキッチンに現れた。リンたちの方へ歩いてきながら、フレッドの方は、いつにも増してボサボサなハーマイオニーの頭を見てニヤッとする。

「我らがグリフィンドールの頼れる頭脳、ハーマイオニー・グレンジャー嬢は、なんともスマートな登場をかましてくれたんだろうな? 立ち会えなかったのは残念だ」

「ほっといてちょうだい!」

 ピシャッと言うハーマイオニーに、フレッドは「おお、怖い」と肩を竦める。ジョージは「煤とか埃とか払っといた方がいいぜ」と声をかけた。もう少しマシな言葉はないのかと呆れたあと、スイは再び寝転がった。その腹をビルが撫でまわす。

「リン、ちょっと来いよ」

「おもしろいもの見せてやるからさ」

 双子からの唐突な誘いに、リンは瞬いたが、とりあえず乗っかることにした。じゃあねとハーマイオニーに手を振って、双子に続いてキッチンを出ていく。

 スイは一緒に行きたかったが、ビルのくすぐり攻撃によって阻まれた。イケメンだからって、なにもかも許されると思うなよ……! という目でビルを睨み上げるものの、続く攻撃に身をよじることしかできない。

 ジタバタするスイを、ハーマイオニーがなんとも言えない目で見ていた。


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