| リビングルームに行くと、珍しくリーマスとシリウスが揃っていた。双方とも今日は何も用事がなかったらしい。なにやら話し込んでいる様子の彼らは、リンが近寄っていくと、顔を上げた。リーマスが微笑む。
「ロンから手紙が来たかい?」
「誰に教えてもらったの? 叔父上 ――― アキヒトさん?」
リンが聞き返すと、リーマスとシリウスは驚いたようだった。リンはシリウスが持っている羊皮紙を指差す。
「それ、叔父上からでしょう?」
「どうしてそう思う?」
「ロンが叔父上に許可をもらったって。そうなると、叔父上が事情を知らせる手紙を送ってくるはずだから」
「見事な推理だ」
シリウスはニヤッと笑った。リンも微笑み返して、エロールをテーブルの上に降ろし、持っていた手紙を手前にいるリーマスに差し出す。
「ウィーズリー夫人から、二人宛てに来たよ」
リーマスが受け取り、開封した。広げられた羊皮紙を男二人が覗き込む。
あんなに寄り添ってて暑くないのかな……なんて思いながら、リンは濡れタオルを用意し、エロールの身体を簡単に清め始めた。水を張った桶で洗わないのは仕様だ。水を飲んだり沈んだり溺れたりしたら怖い。
一通り綺麗になると、エロールはホォと鳴いた。水を飲んだし休んだし綺麗になったし、さっきより少しは元気になったようだ。安心したリンが棚からクッキーを出して彼に差し出したとき、リーマスが振り返った。
「どうかな、リン」
「うん、大丈夫。だいぶ元気になったよ」
「そっちじゃなくてね」
エロールを撫でるリンに、リーマスが冷静に返した。リンは二人の方に顔を向けて瞬く。なにが? という顔をしているリンに、シリウスが溜め息をついた。
「ワールドカップを観に行きたいかって聞いてるんだ」
「行ってもいいの?」
リンの返答に、シリウスが片眉を上げた。そのまま黙り込む彼の横で、リーマスがクスクスと笑う。
「どうするんだい、シリウス。あんなことを言われたよ」
「うるさいな。おまえはどうなんだ」
「私かい? 無論、リンの意思を尊重するよ」
穏やかな笑みを浮かべるリーマスに、シリウスはまた口を閉じた。リンに視線を向けると、彼女はエロールのためにクッキーを割ってやっていた(あまりのマイペースぶりに脱力しかけた)。
正直なところ、行かせたくない ――― いや、行ってほしくないと思っている。ここにきて、これだけの年月を経て、ようやく一緒にいられるようになったのだ。できるだけ共に過ごしたいに決まっている。
だが、このワールドカップが見逃せないものであることも理解している。自分だって行けるものなら行くだろう。しかし時期が悪い。自分が無罪だと世に知られてから、まだ二か月しか経っていないのだ。このタイミングで国際的な場に出るのは、当然、望ましくない。
自分は行けないが、だからといって、リンまで道連れにしていいのだろうか? リーマスは行かないと言ってくれた……たぶん、一言ほのめかせば、リンも留まってくれるだろう。しかし、それでいいのか?
悩みに悩む親友を見やり、リーマスは嘆息した。
シリウスの気持ちは、嫌というほどよく分かる。だから、リンが心からワールドカップを望んでいない限りは、シリウスに何かを言うつもりはない。諌めることも、諭すこともしない。
リンの意思を尊重してやりたい想いはあるが、しかし、ぶっちゃけた話 ――― クィディッチ・ワールドカップなど、大切な人たちと過ごせる時間に比べれば、まったく価値はない ――― と思ってもいる。
再び手紙を読み出すリーマスを見て、リンは、どうしたら行かせてもらえるだろうかと思案した。二人の様子を見るに、少なくともシリウスの方はリンを行かせたくないようだ。だがリンは ――― 正直に言うと、行ってみたいと思っている。
一度は国際的なイベントに参加してみたいし、クィディッチの試合にも関心がある。学期末に、アーニーから「ブルガリア・チームのシーカーがものすごい」と聞いていたので、興味が湧いたのだ。
ウィーズリー家に泊まる件は置いておくとしても、ワールドカップには行きたい。そのために、この過保護な男性たちをさてどうやって説得しようかと思考を巡らせ始めたとき、シリウスがついに口を開いた。
「行きたいんだったら、行くといい……引き止めはしない」
リンとリーマスが同時にシリウスを見た。彼は気難しそうな顔で、しかし真っ直ぐにリンを見ていた。嘘をついているわけではないようだ……リンの顔が、ゆっくりと綻んだ。
「いいの? シリウス ――― 本当に?」
「ああ。行ってこい」
「……っ、ありがとう」
パッと目を輝かせたあと、リンははにかんだ。雰囲気もどことなくふわふわしたものになる。実に嬉しそうなリンを前にして、シリウスは身体の力を抜いた。その肩をリーマスがポンと叩く。
「よかったのかい?」
「まあな。あんな表情が見れただけで充分だ」
「なんとも大人な判断だね……昔では考えられないくらいに」
「うるせぇっての」
語気を強めるシリウスに、リーマスはクスクスと笑うのだった。
4-4. 招待状
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