「頭が三つある犬……?」

 呆然と呟くと、ネビルが激しく首を縦に振る。首が外れそうなくらいだった。

 ネビルによると、先日リンが彼を見舞いに行った日の夜、ハリー・ポッターとその他数名と共にトラブルに巻き込まれて、その犬に出くわしたらしい。不憫というか不運すぎる。

 一種の同情めいたものを覚えたリンに、真っ青な顔をしたネビルが少し近寄った。

「四階の『禁じられた廊下』には、絶対に近寄らないようにね。すっごく危険だから」

 そう言って、ネビルはワタワタと歩いていった。どうやらリンに忠告をするためだけに、わざわざ来てくれたみたいだった。

 ネビルの背中を見送ってから、リンは肩の上にいるスイに視線を向けた。

「……何か知ってるの?」

「……う……」

 スイはぎくりと体を揺らした。ネビルが話している間ずっと変に体を硬くしていたので、何か知っているに違いないとリンは確信していた。

 スイは気まずそうに視線を泳がせる。自分よりずっと年上なのに意外と分かりやすい人だとリンは思った。

「……言えないことだったら、無理に言わなくていいから」

 俯くスイの頭を軽く撫でて、リンはゆっくりと歩き出す。かぼちゃの匂いが充満している廊下には、多くの生徒がいて、急ぎ足で大広間へと向かっていた。

「……早く広間に行こう。本場のハロウィーンのご馳走、食べたいし」

 パンプキンパイっておいしいのかな。できれば今日はかぼちゃジュースじゃない飲み物がほしいな。なんて呟くリンに、スイはつい笑ってしまった。

「君って、変なところを気にかけるね」


**


「リン、あの、紅茶がありますけど、飲みますか?」

「……もらおう、かな……ありがとう、ジャスティン」

「いえ! あ、砂糖とミルクは?」

「……うん、じゃあ……砂糖だけで」

 右側に座るジャスティンにいろいろと話しかけられ、リンは居心地がよろしくなかったが、表情には出さずに食事を進める。二人の間で食事をしているスイは、気まずさを感じた。

 相変わらず、ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーは、リンと会話をしているだけなのに心底嬉しそうに笑っている。彼がリンに向けているのは純粋な友情であってほしいと、スイはいつも思っている。

 “本”を読んでいた限りでは、こんな性格の少年には思えなかったけど。なんて感慨に耽っていると、クィレルが全速力で大広間に駆け込んできた。

「トロールが! 地下室に! ……お知らせしなくてはと思って……」

 言い終わらないうちに、クィレルはその場でバッタリと気を失った。おかげで広間は大混乱になったが、ダンブルドアがそれを鎮め、生徒たちと先生方に指示をして、姿をくらました。

 そんなこんなで、リンはハンナやジャスティンたちと一緒に、寮へ戻ろうと一年生の群れに続いて廊下を進んだ。ハッフルパフの寮の入口は一階にあるので、すぐに着くだろう。

 それより、肩に乗っているスイが何かを考え込んでいる様子であるのが気になった。

「……さぁて……どうするべきかな……」

 べつに行かなくても彼らは何とかするだろうしなぁ……などと呟きながらスイが悩んでいる間に、寮に辿り着いてしまった。

 それに気がついて、スイは溜め息をつき、リンの肩から飛び降りて先に談話室へと駆けていった。悩みはもうどうでもいいらしい。リンは不思議そうな顔をしたが、気にしないことにした。

 談話室に入ると、いつの間にかハロウィーンのご馳走が運び込まれていた。どうやら続きは談話室でやれ、ということらしい。リンは適当に食べ物を手に取って、ハンナと一緒に窓際で食べることにした。

 リンがパンプキンパイ ――― 美味だとリンは思う ――― を頬張っていると、三つ編みを一本背中に垂らした少女と、ミルクティーブラウン色のくせ毛の少女が近寄ってきた。

「こんばんは。リン、ハンナ」

「こんばんは、スーザン、それからベティ」

「ご一緒しても?」

「ええ、構わないわ」

 ハンナが頷いたので、スーザンはハンナの、ベティはリンの横に腰を下ろして四人で ――― リンとハンナの間にいるスイを数に入れるのなら、五人になるが ――― 食事を取り始める。

 不意に、スーザンとベティが揃って暖炉のほうを見てクスクス笑った。リンとハンナは顔を見合わせた。スイも首を傾げる。

「どうして笑うの?」

「ジャスティン・フィンチ‐フレッチリー」

 ハンナが尋ねると、スーザンが答えた。ベティはまだ笑っている。暖炉のほうを見て、スイは理解した。

 なるほど、ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーがそわそわとこちらを ――― 正確にはリンだけを ――― 見ている。

 リンと食事をしたいのだろうが、あいにく今のリンは女子に囲まれているので、近づいてくることができないわけだ。

「……アーニーと仲良く食べてればいいのに」

 小さく呟くリンに、三人は笑った。ベティがニヤニヤ笑いでリンの脇を小突いてくる。

「すごい好かれてるじゃん?」

「……どうしてなのか、さっぱりだけど」

 紅茶のカップを手に取りながらリンが言うと、ベティは笑みを深め、スーザンとハンナも面白がっているような笑い方になった。

 わけが分からないとリンが首を傾げると、笑いを飲み込んだスーザンが、こっそり耳打ちしてきた。

「あのね、ジャスティンはあなたに憧れていて、あなたを崇拝してるのよ」

1-7. ハロウィーン
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