アルバ・ゴールドはグリフィンドールの四年生だ。かの有名なハリー・ポッターの一つ下の後輩であり、彼の熱狂的ファンであるコリン・クリービーの無二の親友でもある。

 そんな彼はいま、偉大なる先輩ハリー・ポッターの指導の元、ダンブルドア軍団 ――― 通称DAの活動に参加している。

 今日の課題は「失神術」だ。ついうっかり手加減を忘れて、ペアのネビル・ロングボトムを即行で失神させてしまい、アルバは彼が目覚めるまで手持ち無沙汰になっていた。仕方ないので、周りの練習風景でも眺めることにする。

 すぐ近くで練習している双子のウィーズリーは、お互いではなく、なぜかザカリアス・スミスを狙って呪文を飛ばしている。いつもやっていることなので、どうやら彼のことがかなり気に入らないらしい。

 ぼけーっと見ていると、双子のどちらかと目が合った。あいにくとアルバは彼らの見分け方を知らないので、フレッドなのかジョージなのか分からないが、悪戯っぽくウインクをされた。

「アルバ! いま見たことは秘密だぞ!」

「うん、まあ、それはべつにいいけど、ウインクはよしてくれよ。男からされてもうれしくない」

「言うねえ」

 もう一人のウィーズリーがクックッと笑った。それから相方に杖を向け、まじめに練習を始める。アルバは彼らから視線を外して、親友の姿を探した。すぐに見つける。弟と練習中だ。呪文が的外れで、本棚をガッタンガッタン揺らしている。

「腕を勢いよく振りすぎだって、コリン」

 苦笑いしたとき、バーン! アルバの頭上で爆発音がした。

「ん? ――― うおっ?!」

 顔を上げて、慌てて飛び退く。間一髪。ついさっきまでアルバがいたところに、燃え盛る松明が落ちてきた。ブワッと熱風がアルバの顔を打ち、チラチラと火の粉が舞う。これだけでもかなり熱い。直接ぶつかっていたら、火傷どころの騒ぎじゃなかっただろう。

「あ……っぶね……」

「ごめんなさい! 大丈夫?!」

 胸を撫で下ろすアルバの元へ、女の子の声が飛んできた。視線を上げると、人混みの間から小柄な女子生徒が転がり出てくる。長い金髪が、炎の明かりを受けてきらりと光った。

「ご、ごめんなさい! 失神呪文が的を逸れて飛んでいっちゃって……」

「あー、いや、大丈夫。避けたから大事には至ってない」

 的外れすぎだろ。そう言いそうになったが、女子生徒の目に涙が浮かんでいるのを見て、呑み込む。女の子を泣かせるようなことは、英国男子としてしたくない。代わりに、へらりと笑い、ひらひら手を振って「無事ですよ」アピールをする。

「ほんとに、ほんとにごめんなさい」

 足元でごうごうと燃え盛る炎を見て、女子生徒が眉を下げた。その背後から、べつの女子生徒が二人、顔を出した。一人は知らないが、もう一人はよく知っている……ハーマイオニー・グレンジャーだ。

「アルバ、大丈夫?」

 心配そうな表情を浮かべたハーマイオニーは、床の上の松明を見て、杖の先から水を出し、あっという間に消火した。さすが我らがグリフィンドールの頼れる頭脳だ。アルバは感嘆し、礼を言った。

「ありがとう、ハーマイオニー」

「べつに、これくらいどうってことないわ。それより、あなた本当に大丈夫? どこかに怪我とかしてないわよね?」

 じっと見てくるハーマイオニーの後ろで、もう一人に宥められていた金髪の女子生徒がアルバに顔を向けた。ゆらゆら揺れる瞳がアルバを見つめる。彼女の目を見返して、アルバは快活に笑ってみせた。

「大丈夫、ぜんぜん無事! ほら、俺、反射神経いいから、華麗に避けたよ。こう、正義のヒーローみたいな、かっこいい動きでさ」

 シュパッと「かっこいい動き」を軽く実演したあと、首を傾げながら「俺の勇姿、見ててくれた?」と言ってみせる。そんなアルバに、見知らぬ女子生徒二人が目を丸くする。その前で、ハーマイオニーが溜め息をついた。

「まったく、アルバったら。すぐヒーローごっこに持ち込むんだから……でも、それだけ元気なら大丈夫ね」

「ごっこ遊びじゃないって。本気だよ、本気!」

「はいはい」

「おい、ハーマイオニー、ほんとに、」

「……ふふっ」

 軽く手を振ってあしらってくるハーマイオニーに、アルバが口を開いたとき、誰かがクスクス笑い出した。視線を巡らせて、アルバは瞬く。金髪の女の子と、その隣にいる女子生徒が、そろって笑っている。

 さっきまで泣きそうな顔をしていた女の子が笑っているので、アルバはホッとした。よかったと思って見ていると、不意にアルバの目と彼女の目が合った。途端、彼女の顔が赤くなる。

「……あ、ご、ごめんなさい、ちがうの。ただ、あの、ちょっとおかしく、じゃなくて、その、おもしろかったから、」

「ああ、うん、大丈夫。馬鹿にしてるんじゃないって分かってるさ」

 あまりにもオロオロする様に吹き出したくなるのを抑えて、アルバはニッと笑った。金髪の女の子は、それを聞いて安心したようだった。身体の力を抜いて、アルバを見上げてくる。

「ありがとう。あなた、とってもいい人ね!」

「え? あー……そう、なのかな?」

 困惑するアルバに「そうよ」と力強く頷いて、女の子はニッコリと微笑んだ。

「私、ハンナ・アボット。ハッフルパフの五年生よ。あなたの名前は?」

「……俺は、アルバ・ゴールド。グリフィンドールの四年生さ」

 先輩だったのか……てっきり同級生か後輩だと思ってた……。少しばかり失礼なことを考えるアルバの前で、ハンナはうれしそうに彼の名前を口にしたのだった。


 頭上注意

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