なかなかに白熱したらしい「第一の課題」が終わり、クリスマス休暇も終わり、新学期が始まった。

 授業が再開してから最初の土曜日、エドワードはいつも通り湖で泳いでいた。気温の低さは物ともしない。それより気になるのはダームストラングの船だが、もはや単なる風景のように扱うことにした。水への渇望が勝った。

 それに最近、遊泳仲間ができたのだ。件〔くだん〕の学校の生徒、ビクトール・クラムである。彼も泳ぐのが趣味(鍛練)らしい。しばしば湖の中で鉢合わせるが、お互い不必要に干渉しないので、とくに気にしていない。

 ただ、一度「服を着たままでヴぁ、泳ぎづらくないか?」「水泳パンツ一枚では、寒くないか?」などと会話を交わしたことはある。相手の意見を聞いたあとでも、二人とも己のスタイルを変えなかったが。

 そんな感じで、二人は今日もほどほどの距離感を保って泳いでいた。深く潜っていたエドワードが浮上してきたとき、浅めのところで遠泳じみたことをしていたクラムが、エドワードに気づいて泳ぐのをやめた。

「……邪魔したか?」

 立ち泳ぎで近づいてくるクラムに、耳栓を外したエドワードが首を傾げた。彼のコースから外れた場所に浮上してきたつもりだったが、もしかして何か気に障ったのだろうか。しかし、クラムはむっつりしたまま首を横に振った。

「君の友人が、あそこに来ている」

 クラムが岸辺を指差した。その先を追ったエドワードは、ルーナの姿を見つけた。岸辺に座り込んで、エドワードに手を振っている。少しだけ眉を寄せたあと、エドワードは、情報をくれたクラムに礼を言い、岸辺に向かって泳いでいった。

「……なんの用だ?」

 湖に膝から下を浸したまま、エドワードが問うた。ルーナは相変わらずの夢見るような表情で、「邪魔はしたくなかったんだけど」と前置きから始める。

「でも、できるだけ早く、あんたに渡したかったんだもン」

 そう言って、ルーナは、茶色い包装紙に包まれた小物をエドワードへと差し出した。エドワードは瞬き一つして、それを受け取った。「開けてみて」と促されるまま、静かに包装紙を剥がす。

 巻き貝の形をしたガラス細工が出てきた。海色の液体が中に入っていて、冬の太陽光の下でも、きらきらと美しく輝いている。きれいだと、エドワードは感嘆した。

「きれいでしょう? 見つけた瞬間、エドワードの顔が浮かんだんだ」

 エドワードの顔をじっと見つめながら、ルーナがにっこりした。

「ちょっと遅くなっちゃったけど、クリスマス・プレゼントだよ」

「………そうか。ありがとう」

 礼を言って、エドワードはガラスの貝を軽く握り締めた。そのまま岸辺のほうへと足を進め、水から上がる。ルーナが、ただでさえ大きい目をさらに見開いた。

「泳ぐのはやめちゃうの?」

「ああ」

「残念だな。エドワードが泳ぐところを見るの、あたし好きなのに」

「………」

 心なしかしゅんとして見えるルーナの姿を、エドワードは視界の外に追いやった。彼女に背を向けて立ち止まり、杖を取り出して、身体と衣服の水気と汚れを落とす。髪まできれいに乾かしたあと、芝生の上に腰を下ろした。

「………」

 そっと手を開いて、ガラスの貝を見つめる。ゆらゆら、小さな海が揺れ、指を淡く照らす。エドワードの目が、穏やかに細められた。

「やっぱり、それ、あんたが持ってるときが一番きれいだな」

 不意にルーナが感嘆の息をついた。いつの間にか、エドワードと向かい合う位置に座り込んでいる。いつもであれば眉をひそめるところだが、手の中の海に惹かれているエドワードは、あまり気にしなかった。

「とってもよく似合うって、あたし確信してたんだ。エドワードの色だもン」

 どことなく弾んだ声で、ルーナが続けた。エドワードは視線を上げた。にっこりしているルーナの顔を、無表情に眺める。

「俺の色? 青が? 緑でも銀でもなく?」

「緑はぜったいちがうもン。銀色は似合うと思うけど、でもやっぱり、あんたには水の色だと思うよ」

「……そうか」

 スリザリン生である自分の色が、水の色とは。スリザリン家系として緑と銀に囲まれて過ごしてきたため、あまり実感がない。そもそも、自分の色など考えたことすらなかった。

 驚くと同時に、エドワードはうれしかった。愛してやまない“水”が似合うと言われて、悪い気はしない。自然と頬が緩む。正面にいるルーナが目を丸くした。

「エドワード、濡れてなくても笑えるの?」

「……陸の上で笑ったら悪いか」

 一転して顔をしかめるエドワードに対し、ルーナは「ううん」とにっこりした。

「とってもすてき」

 実に楽しそうな表情で、ルーナは笑う。身長差のため見上げてくる顔に、陽の光が当たり、銀色の目が輝く。ダークブロンドの髪も、キラキラ日光を反射していた。

「………」

 言葉を口から出そうとして、エドワードは失敗した。言おうと思っていた言葉が、どこかで迷子になってしまったようだった。苦肉の策として、フンと鼻を鳴らし、ルーナから湖へと視線を移す。

 泳いでいたはずのクラムは、いつの間にかいなくなっていた。船に戻ったらしい。最後まで鍛練を終えたのか、それとも大イカに邪魔されたか、どちらかだ。

 吸盤つきの触手をなびかせている大イカをしばらく見つめたあと、エドワードは視線を自分の手元に向けた。海を閉じ込めた貝が輝く。

 エドワードは立ち上がった。ルーナの「帰るの?」という問いに頷いて、貝をポケットに入れ、荷物を呼び寄せ、靴下と靴を履き、鞄とネクタイを手に持って歩き出す。なんとなく、ネクタイは外していたい気分だった。

 背後でパシャンと水音がした。振り返ると、ルーナが湖に手を差し入れている。これから水遊びをするらしい。ふっと空気を揺らして、エドワードは再び城へと足を向けた。

 さて、彼女には今度、何かプレゼントを返さなければならないが、いったい何を贈るべきか……。考えながら、エドワードはポケットに手を入れ、自分の海に触れた。


 僕の色

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