今年度はホグワーツにて「三大魔法学校対抗試合」が行われるらしい。未成年者であるエドワードには関係がなく、またもとより興味もないのだが。

 ただ一つだけ、その対抗試合の影響で、エドワードに甚大な被害がもたらされた ――― ダームストラングの船が湖に停泊し、気ままに泳ぐことができなくなったのだ。

「ダームストラングはなぜ、魔法で船を陸に上げてしまおうと考えないのだろう。そもそも、なぜ、よりによって船で、ここを訪れたのだろう。理解できない」

 十一月一日の日曜日(対抗試合に参加する他の二校を迎えて二日後)、朝食の席にてエドワードが呟いた。言葉の節々に力を込めて不快感を表すエドワードに、数少ない友人の一人であるセオドール・ノットが「僕に言うな」とクールに返した。

「あちらに異議申し立てをすればいいだろう」

「したさ。結果、『我々がどのように滞在するかは我々が決める。君のような一生徒が口出しすることではない』と返された。あの山羊髭、俺の自由はどうしてくれるんだ」

 忌々しげにカルカロフを睨むエドワードの向かいで、セオドールは嘆息した。まさか実際に申し立てたとは……しかも校長相手に。この友人の度胸には本当に驚かされる。

「船に誰もいないときを見計らって泳いだらどうだ?」

「あの警戒心の強い校長が、見張りも残さずに船を放置すると思うか?」

「……だったら『目くらまし術』でもかけて泳げばいい」

「却下だ。水中で自分の存在を隠すなど、他の水中生物に対して無礼にも程がある」

 セオドールは思った ――― 水中生物への礼儀まで知るか。わがままも大概にしろ。言いたかったが、友情の手前、黙っておいた。一匹狼気質のセオドールにとっても、エドワードは貴重な(少数精鋭の)友人の一人なのである。

 セオドールは紅茶を口に含んで、言葉を胃袋へと流し込んだ。向かいのエドワードも、ちょうど食後のコーヒーを飲み終える。何を言うでもなく、二人は立ち上がり、大広間をあとにした。

 エドワードの足が無意識に湖の方へと向かうのに任せて、二人は校庭に出た。芝生を突っ切って近づいていくと、やはりダームストラングの船が目につく。エドワードが眉を寄せたとき、セオドールが腕を小突いてきた。

 顎で示された方向を見ると、ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーがこちらへと歩いてくるところだった。なにやら話し込んでいる。ふとハーマイオニーが顔をこちらに向けた。

「あ……えっと、おはよう、エドワード」

「ああ、おはよう、グレンジャー」

 遠慮がちに微笑んだハーマイオニーに、エドワードは無表情ながらもしっかりと挨拶を返した。セオドールとハリーが顔を歪めたが、エドワードもハーマイオニーも無視した。

 エドワードとハーマイオニーは、そこそこの交流関係を持っている。顔を合わせれば挨拶をし、場合によっては話をするくらいには、まあまあ友好的だ。周囲の人間からは驚かれ、時には批判されるが。

 初めて互いの友人の前で言葉を交わしたときは、それは揉めた。しかし、いまでは慣れたのか諦めたのか、文句を言うこともなくなった。ロン・ウィーズリーはいまだに痛烈な批判をしてくるが……そういえば彼の姿がなかった。珍しい。だからといってどうとも思わないのだが。

「ポッターといえば、対抗試合について、マルフォイたちが妙なキャンペーンを展開する気だぞ」

 ハリーたちの足音が聞こえなくなってから、セオドールが呟いた。

「ディゴリーを応援しようとかなんとか。それで、ここからが本題だが、そのキャンペーンに使うバッジを作るとかで、僕たちの協力を仰ぐつもりらしい」

「お断りだ。我が寮生たちが、残念なことに魔法を満足に扱えないウスノロ揃いなことは、入学以前から百も承知だが、だからといって手を貸すなど冗談じゃない」

 エドワードは思い切り眉間に皺を寄せた。その辛辣な毒舌に対して一応の注意をすることもなく、セオドールは肩を竦める。

「僕だってそうさ。だから断ったんだが……どうも、彼らは諦めが悪いらしい」

 エドワードが口を開いたとき、左前方から突然パシャンという音が聞こえてきた。なんとなく既視感があると思いながら、エドワードは目を向けて、立ち止まった。

 いつぞやと同じように、ルーナ・ラブグッドが裸足を湖に突っ込んでいた。相変わらず濁り色のブロンドが邪魔で、かつ帽子まで被っているせいで、まったく顔が見えないが、彼女で間違いはないだろう。

「……だれだ、あれは」

 隣のセオドールが奇妙なものを見る目で呟いた。エドワードが「ルーナ・ラブグッドだ」と答えると、セオドールは「ルーニー・ラブグッドだと?」と怪訝な顔をする。エドワードは窺うような視線を友人に向けた。

「知り合いか?」

「それはエドワードのほうじゃないのか? 僕は噂しか知らない」

「俺は名前と顔しか知らないな」

「……レイブンクローの三年生だ。寮の性格に合わない個性的な外見と空想的な言動で有名で、多くの生徒から『変人』扱いされている」

 つらつらと語るセオドールに、エドワードは「そうか」とだけ相槌を打った。視線をルーナに戻す。どういうつもりなのか、金魚を模した帽子を被っていて、まるで巨大金魚に頭を食われているような格好だ。あれでは「変人」と言われても仕方ないだろう。

 無感動に眺めていると、ルーナが顔を上げてこちらを見た。エドワードと目が合う。ぱっちりと瞬いたあと、ルーナはにっこりして手を振ってきた。一応、顔見知りの礼儀として、エドワードは軽く手を上げ、静かに歩き始めた。湖ではなく、城へ向かって。

「水浴びはいいのか?」

「いい。邪魔が多すぎて気が削がれた」

 セオドールに返事をして、エドワードは溜め息をついた。

 ダームストラングの船は、対抗試合が終わるまでずっと湖に停泊し続けるだろうし、どうやら水遊びが気に入ったらしいルーナ・ラブグッドも、飽きるまでずっと湖を訪れるのだろう。

「……憂鬱だ」

「奇遇だな、エドワード。僕も、類が友を呼んできていると思うと憂鬱で頭が痛い」

「俺が呼んだわけじゃない。向こうが勝手に寄ってきたんだ」

「つまり、君が無意識に呼び寄せてしまっているんだろう」

「…………」

 溜め息をつくセオドールを横目で軽く睨んだあと、エドワードはもう一度、今度は先ほどより深めに、溜め息を吐き出した。


 日曜日の憂鬱

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