| パンジーが絶交宣言をして以降、ヘンリーはパンジーに近づいてこなかった。まったく交わらない関係がひたすら継続した。ついに、二人が再び顔を合わせたのは、ホグワーツでの「最終決戦」から二週間後のことだった。
「………」
パンジーは聖マンゴ魔法疾患損害病院の通路を歩いていた。ちらちら周りに目を配りながら足を進め、ある部屋の前で立ち止まる。深呼吸し、意を決してドアに手をかけたとき、室内で話し声がするのに気づいて硬直する。迷ったあと、パンジーは手を離して踵を返す ――― カツン。小さく足音が立った。
「 ――― パンジー?」
病室の中から、懐かしい声がした。思わず振り返るのと、ドアがひとりでに開くのが同時で、パンジーの目に、部屋の中の様子が飛び込んでくる。一番ドアに近いベッドに、ヘンリーがいた。病院用の寝巻きを着用し、枕をいくつか重ねてもたれ掛かり、手には、ドアを開けるのに用いたのであろう杖を持っている。
「やっぱりパンジーだ。もしかして、僕の見舞いに来てくれたの?」
戸口に立つパンジーの姿を見て、ヘンリーがうれしそうに顔を綻ばせる。反対に、彼の見舞い客たち ――― 全員そろって怪我人たちだが ――― は、眉をひそめた。温度差に戸惑いつつ、パンジーは、ヘンリーの言葉に頷く。ヘンリーの顔がいっそう輝いた。
「ほんとに? ありがとう、すごくうれしい。ほら、入ってきてよ」
周りの雰囲気の変化に気づかず、ヘンリーはにこにことパンジーを手招く。パンジーは頭が痛くなった。見舞いに来ようなどと決心しなければよかったかもしれない……。もはや後の祭りだが。
観念したパンジーがそろそろと静かに病室に入り込むと、フィンチ-フレッチリーが、すっと椅子から立ち上がった。
「ヘンリー、僕たちは外に出てるよ。邪魔になったら悪いし」
「そうね。私も、ちょうど、お茶でも飲みたい気分なの」
ボーンズが微笑んで、続いた。マクミランとアボットも立ち上がって出ていく。ドアが閉められ、パンジーだけがヘンリーのベッド周りに残された。
「……えっと、パンジー、とりあえず座るといいよ」
ヘンリーが微笑んだ。友人たちが座っていた椅子を指しかけ、ふと思い直した風情で杖を振り、その椅子を消し、どこからともなく新しい椅子を出現させる。ヘンリーなりに、純血主義者のパンジーを気遣ったらしい。
小さく礼を言って、パンジーは椅子に腰を下ろした。そのまま自分の杖を取り出して振り、花瓶を取り出して、持ってきた花束を活ける。ヘンリーが花を見つめて「すごくきれいだね。ありがとう」と言った。
包み紙を消しながら、パンジーが「ええ」とだけ返し、沈黙が降りる。パンジーは、ヘンリーの視線が花から自分へと移ったのを感じたが、じっと花を見つめ続けた。数秒して、ヘンリーが口を開いた。
「さっきも言ったけど、君が見舞いに来てくれて、すごくうれしいよ。……もう、会ってもらえないかと思ってたから」
「……来るかどうか、迷ったのよ。でも ――― 」
一瞬、パンジーは言葉を切って息を吸い、それから「……パパとママが、世話になったんだから見舞いくらい行きなさいって」と続けた。
「それで、怪我の具合はどう? そもそもどんな怪我なの?」
「たいしたことないよ。失神呪文が、なぜか内臓に作用して、その名残があるだけ。順調に回復してるって。でもまだ、ときどき食事後に胃や腸が機能しなくなって焦るけど」
花を見つめたままパンジーが「そう」と相槌を打ち、再び沈黙が訪れた。静寂の中、パンジーは奇妙な気持ちになった。ヘンリーと話している……しかも「最終決戦」で受けた怪我の経過について。「終わったのだ」という感慨が、静かに湧き上がってくる。
「……あのさ、怒らないで聞いてほしいんだけど」
不意に、ヘンリーが沈黙を破った。静かな声に惹きつけられるように、パンジーが無意識に視線を動かす。目が合う。ヘンリーは穏やかに微笑んだ。
「僕は、あのときパンジーが一番に学校から避難してくれて、よかったと思ってる」
「……それ、は……ポッターを売ろうとしたアタシを責めてるの? それとも、」
「君が傷つけ傷つけられながら戦うなんて、僕には耐えられないから」
「そんなの、アタシだって同じよ……! アタシこそ、あなたに避難してほしかった」
「それは、どうして?」
緩く笑みを口元に残しながら、ヘンリーが首を傾げた。目がほんのり輝いて見える。パンジーは答えようとして言葉に詰まった。数秒待ったあと、ヘンリーが話を続ける。
「僕が残って戦った理由は、『例のあの人』の時代を確実に終わらせたかったから。セドリックが殺されたとき、僕は確信したんだ。『あの人』が支配する世界は危険で、……そこでは、パンジーは幸せにはなれないだろうって」
最後の言葉を聞き、パンジーが目を見開いて固まる。ヘンリーは「もう少し告白を続けさせて」と笑みを深める。
「DAに入ったのも、パンジーを闇の魔術から守れるだけの力を手に入れたかったからだよ。あいにく、なんか誤解させちゃったみたいだけど」
ヘンリーは、困ったように首の後ろに手を当てて、乾いた笑い声を口から漏らした。
「絶交って言われたときは、すごくショックだったよ……頭が真っ白になって、舌一枚や指一本すら動かせられなかったくらいだ。僕の人生もう終わりだって、絶望した」
「……なん、で」
ようやく舌が回るようになって、パンジーが呟いた。
「どうして……あなたは、そこまで……」
「それはね、パンジー、僕が君のことを好きだからだよ ――― 昔から、ずっとね」
ふんわりと微笑んで、ヘンリーが言った。パンジーは息を呑む。その頬に指を伸ばして、そっと触れ、ヘンリーは目を柔らかく細めた。
「ね、パンジー、期待してもいい? さっき君は僕に戦ってほしくなかったって言った。それは、君が僕と同じ気持ちを持ってるからだって、勘違いしてもいい?」
表情と声は優しくて、指先は温かい。なにかが心の奥からこみ上げてきて、パンジーは泣きたくなった。たまらなくて俯けば、ぱたりと雫が膝に零れ落ちる。それを見た瞬間、パンジーの心に仕舞い込まれていた言葉までもが、口から零れ落ちた。
ついに外に飛び出した言葉と入れかわりに、これ以上ないほど幸せそうなヘンリーの顔が、パンジーの心の中に広がった。
零れ落ちた隙間から
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