パンジーが突発的な衝撃のままにヘンリーを怒鳴った後も、彼のパンジーに対する態度には、変化はなかった。変わったのは、パンジーがヘンリーに対して取る距離だった。

 朝の挨拶にはそっけない返事をし、その後の世間話も適当にあしらい、校内でヘンリーを見かけたときは、できるだけ彼に見つかる前に進路を変更した。突き放すとまではいかないが、自分とヘンリーとの間に境界線を引いたのである。

 そんなパンジーに対し、ヘンリーは最初は無頓着に積極的に接してきた。だが、いくら鈍いヘンリーでも、半年も状況が続けば薄々と何かに気づくらしく、パンジーに近寄ってくる頻度を抑え始めた。

 ついに、ホグワーツ五年目の秋ごろから、ヘンリーがパンジーと接することは、ぱったりと止んだ。パンジーのことを気遣ったのか、はたまた面倒に思ったのか、なんなのかは分からない。とにかく、ヘンリーは、パンジーと目が合っても ――― 一瞬、目を輝かせて身体を動かすものの ――― パンジーの元へと駆け寄ってこなくなった。

 その様子に、パンジーはほっとした。ヘンリーを避けたり、おざなりな態度を取ったりすることは、かなり決まりが悪く、気が咎めることだったからだ。彼のほうもパンジーと距離を取っていると思えば、多少は気が楽になった。

 ヘンリーと関わらなくなったパンジーを見て、ほかのスリザリン生は満足げな顔をした。ドラコやミリセントは「ようやく分かったか」などと笑ったし、上級生の何人かも「よく裏切り者と手を切った」と肩を叩いてきた。

 スリザリンの仲間との絆が深まったように、パンジーは感じた。彼らから完全に認められたような気分になり、心地よかった。純血貴族として「立派で正しい」ことを自分がしているという感覚に安心した。

 反面で、なんとなく寂しい気持ちも、胸の中にあった。どこかからなにかが欠けてしまったような、ぽっかりと身体に穴が開いているような ――― パンジー自身にもよく分からない感覚だった。

 まったく異なる二つの感覚に困惑しながらも、パンジーは、とりあえずスリザリン生らしく振る舞った。他寮の生徒を野次ったり冷やかしたり、とくにグリフィンドール生と対立したり、魔法省から来たアンブリッジに協力したり……。

 そんな単調な日々に、不意に波が生じた。ホグワーツ五年目の春、アンブリッジの指示で「ハリー・ポッターを中心とする違法な会合組織」について調べたときだった。パンジーは、そのグループにヘンリーが加入していたことを知り、衝撃を受けた。



「どういうこと?」

 ダンブルドアが逃亡した翌日、パンジーは手紙でヘンリーを呼び出し、彼に尋ねた。質問を受けたヘンリーは、呑気にも「パンジーと話すの、すごく久しぶりだ」などと笑う。パンジーは右足の爪先で廊下をトントン叩いた。

「まじめに答えて。ヘンリー、あなた、あのダンブルドア軍団とかいうグループに、ポッターやグレンジャーたちと一緒に参加してたっていうの?」

「うん、そうだよ。ハンナが教えてくれてね、アーニーたちとみんなで入ったんだ。すごく楽しかったよ」

 ほわほわと笑うヘンリーに、パンジーは、開いた口が塞がらなかった。愕然とするパンジーの様子に気づいていないのか、ヘンリーは話し続ける。

「でも、そのせいで僕、パンジーに話しかけられなくなっちゃったんだ。組織の存在が外部の人に気づかれないようにしないとだめだって言われて。だから僕、それならパンジーも誘おうかと考えたんだけど、それもだめだって言われて、」

「なんですって?」

「うん、あの、メンバー以外の人に口外しちゃいけないルールが、」

「そっちじゃないわ。あなた、いま、アタシを誘おうとしたって言った?」

 パンジーが詰問すると、ヘンリーはきょとんとしたあと「うん、そうだよ」と肯定した。衝撃がパンジーの身体を貫く。次いで、カッと頭に血が上った。

「冗談じゃないわ! アタシが、ポッターやグレンジャーたちとつるんで、違法組織に? よくもそんなこと ――― そもそも、あなたも、よくそんな組織に入ろうと思ったわね。魔法省に歯向かう、違法な組織に!」

「僕がその話を聞いたとき、あの ――― なんだったかな、教育なんとか令は、まだ発効してなかったよ。だから、そのときは違法だと思ってなかったし、それに、防衛の力を身につけるにはすごくいい機会だって思ったんだ」

 にこにこ笑って最後の言葉をつけ加えたヘンリーに、パンジーは眩暈がした。どうして彼はこうも後先を考えないのだろう? 昔からそうだ。ふと思い立ってそのまま行動してばかり。もっとまじめに考えて行動してほしい。

 ヘンリーが習得した呪文を列挙する前で、パンジーは深々と溜め息をついた。その音を聞いて、ヘンリーが言葉を切り、不思議そうにパンジーを見つめる。

「パンジー? どうかした? もしかして、立ち話で足が疲れたとか、」

「そうじゃないわ。ただ、どうしてあなたは考えなしで行動するのかしらって、」

「僕はまじめに考えてるよ」

 ヘンリーが言った。きゅっと表情を引き締めて、まっすぐにパンジーを見据える。

「いつだって、僕は真剣に考えて行動してるよ。あの組織に参加したのも、いい加減な思いつきなんかじゃない。さっき言ったように、防衛術を身につけるためだ。いまの授業は、まったく実用的じゃない。あれじゃ僕は守れな、」

「だからって、魔法省に逆らうような組織に入るのは賢明じゃないわ!」

「それで、君はいま『尋問官親衛隊』なんてグループに入ってるのかい? その“賢明な”判断に基づいて? それとも ――― ドラコが入ったから?」

 ヘンリーが静かに言った。パンジーは瞠目して息を呑む。沈黙が流れた。「I」のバッジに触れ、そのまま答えないパンジーを見つめて、ヘンリーが眉を寄せる。

「……あんまりこういう言い方をしたくないけど、パンジー、もしドラコに従う形で『親衛隊』に入ったなら、」

「アタシが『尋問官親衛隊』になった理由が何かなんて、ヘンリーには関係ないでしょ?! あなたみたいな、血を裏切る人、」

「そういう考えはよくないと思う。もっと広く関係を築いて団結しないとだめだって、ダンブルドア校長や組分け帽子が言ってただろう? まあ、これを覚えてたのは、僕じゃなくてハーマイオニーなんだけど」

 発言の最後のほうで、ヘンリーは、どことなく恥ずかしそうに俯いて苦笑する。そこで、もともと募りつつあったパンジーの感情が、ついに爆発した。

「いいわ、けっこうよ! あなたなんてもう知らない! グレンジャーや、ほかの『穢れた血』や裏切り者と、せいぜい仲良くつるんでなさいよ!」

 ヘンリーが驚いた顔をして、パンジーの名前を呼ぶ。伸ばされた手を振り払って、パンジーは幼馴染を睨みつけた。

「汚れてる手で触らないで! 名前も呼ばないで! 絶交よ ――― 裏切り者!」

 金切り声で叫んで、パンジーは駆け出した。背後に残してきたヘンリーは、パンジーの名前を呼ぶことも、追ってくることもしなかった。


 サヨナラが聞こえる

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