パンジーは、ヘンリーが混血やマグル生まれと接することについては、許容(我慢)して黙認してきた。だが、時を経るにつれて、ヘンリーの言動は、パンジーから見ても「いただけないもの」になっていった。

 ヘンリーは、マグル生まれの者と同じグループに入って行動を共にし、純血主義者から蔑視される彼らの身を心配していた。これは、あまりにもマグル出身者の肩を持ちすぎている……純血の魔法使いの行為として逸脱したものだと、パンジーは思った。

 その想いは、パンジーとヘンリーが二年生に進級し、伝説であった「スリザリンの秘密の部屋」が開かれた年に、一層と強くなった。

 ある日、夏の風景がホグワーツ城の周りを取り巻きつつある中、パンジーはドラコたちと一緒に図書室で課題をこなしていた。ただし、ダフネは用事があるらしく、手早く課題を片づけ、去っていった。セオドールはそもそも誘いに乗ってこなかった。

「それにしても、人の声が多くて煩わしいな」

 クラッブとゴイルのいびきのせいで集中力が切れたのか、ドラコが羽根ペンを置き、周りでヒソヒソ話をする生徒を見て眉を寄せる。その横で教科書をめくったブレーズが「このごろ物騒だから、不安なんだろうさ」と笑った。ドラコがフンと鼻を鳴らす。

「だったら、さっさと荷物をまとめて出ていくべきだ。そうすれば、この『穢れた血』の粛清も早く済むだろう……そう思わないかい、フォスター?」

 突然ニヤッと笑ったドラコの言葉に驚いて、パンジーは振り向いた。ヘンリーが、友人グループと一緒に、パンジーたちのいる机を通り過ぎようとしているところだった。どうやら彼らも勉強しに来たらしい。

 声をかけられたヘンリーは立ち止まって、ドラコを見た。その横で、マクミラン、アボット、ボーンズが、非好意的な表情でこちらを見て、ヒソヒソ話を始める。その声をかき消すように、ヘンリーが口を開いた。

「やあ、ドラコ。元気そうだね」

 硬い表情でぎこちなく微笑んだヘンリーに、ドラコは「おかげさまでね」と口角を上げた。ミリセントがクスクス笑いをする。パンジーは、日頃の癖で上がりそうになる口の端を必死に抑えた。

「君も友達と集団行動かい? 心配しなくても、君のグループはもう『穢れた血』の粛清を済ませて、」

「ドラコ。それ以上は言わないで。うっかり呪いを飛ばしちゃいそうだから」

 静かな表情と声音で、ヘンリーが言った。にこにこ笑顔とほわほわ口調が消えるだけで、相当の迫力が生まれた。パンジーはぎゅっと拳を握った。ドラコは頬を引き攣らせて言葉を切ったが、すぐにまた舌を動かす。

「僕に呪いをかけるなんて、よくも言えるな。身の程知らずもいいところ、」

「君はひとに呪いをかけてる。自分に呪いをかけられても文句は言えないはずだよ」

「僕は純血で、あいつらは『穢れた血』やスクイブだ」

「ドラコ、くだらない価値観で悪に身を落とすのはよくないと思うよ」

「くだらない価値観ですって?」

 ドラコとヘンリーの応酬に、ミリセントが割って入った。空気を裂くような声に、いまだ惰眠を貪っているクラッブとゴイルがもぞもぞと身じろぐ。彼らには意識を向けず、ミリセントは眉を吊り上げて、はったとヘンリーを睨みつけた。

「純血は、至高の誇りよ!」

「どうして?」

 ヘンリーが礼儀正しく首を傾げた。ミリセントが「は?」と間抜けな顔をする。パンジーも目を丸くする。ヘンリーは質問を繰り返した。

「純血であることが、どうして誇りになるの?」

「そんなの、それが生粋の魔法族であることの証だからさ」

「その証明に、なにか意味があるの?」

「おいおい、ヘンリー、冗談だろう」

 ドラコの回答にさらなる質問を投げかけたヘンリーに、それまで聞き役に徹していたブレーズが、椅子にもたせていた上体を起こして身を乗り出した。

「意味があるかって? もちろんさ。僕ら魔法族は、マグルよりずっと優れた、崇高で特別な存在、」

「魔法族がマグルより優れてると、なぜ言えるんだい?」

「マグルたちができないことを、たくさんできるわ」

 ヘンリーがブレーズを遮って質問を重ねると、今度はミリセントが返事をした。その顔は誇らしげに輝いている。

「火を熾〔おこ〕したり、空を飛んだり、」

「マグルだって、いろいろな ――― なんだっけ、ああ、そう、技術を駆使して、それらの行為を可能にしてるよ」

「やけに『穢れた血』たちの肩を持つな。君は純血の誇りを失ったのかい?」

 ドラコがイライラと言った。ミリセントも不機嫌そうに顔をしかめ、ブレーズもやや冷めた目でヘンリーを見ている。パンジーはそっと俯いた。ヘンリーの顔を見たくなかったし、自分の顔を彼に見られるのも嫌だった。

「失ったとか言う以前に、その『純血の誇り』ってなんだろうって、疑問に思ってるんだよ。マグル出身の生徒だって純血の生徒に劣ってないんだから。ほら、僕たち全員、ハーマイオニー・グレンジャーには、」

「 ――― いい加減にしてよ!」

 聞き慣れた声がつづった名前に我慢ができず、パンジーは荒ぶった声を出した。同時に、床と椅子の足が摩擦音を発する。どうやら自分は立ち上がったらしい。頭の片隅で認識しながらも無視して、パンジーは机を睨みつけたまま舌を動かした。

「純血至上主義は、アタシたちを構成する不可欠な要素なのよ? アタシたちの身体に流れる純粋な血と同じくらい大切なものなのに、それを疑うなんて、ひどい ――― ひどい裏切り行為だわ!」

 悲鳴じみた声で言って、パンジーは何かに耐えられなくなって駆け出し、図書室を飛び出した。ヘンリーは追いかけてこようとしていたようだが、ミリセントに止められたらしい。彼らの口論とマダム・ピンスの叱責の声が聞こえてきた。

 走りながら、パンジーは唇を噛んだ。目が潤む。視界が歪む。心臓が痛い。

 ひどい。純血貴族の根本的思想を理解せず、純血のパンジーよりマグル生まれのグレンジャーを認めるなんて。同じ価値観を持ってくれないヘンリーは、ひどい。

 ヘンリーなんてきらいだ。生まれて初めて、そう思った。


 血液にも似た

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